ダンジョンズA 〔3〕嘆きの湖 (なげきのみずうみ)

1.挿話 寒くなってきたら、湯豆腐(そうわ さむくなってきたら、ゆどうふ)(1)

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1.〔挿話そうわさむくなってきたら、湯豆腐ゆどうふ(1)

昆布(こんぶ)は、(あら)っちゃいけない。
手渡(てわた)された布巾(ふきん)は、(かた)(しぼ)られていた。
カチカチに(かわ)いた(かい)(そう)表面(ひょうめん)を、さっと()()って、(よご)れを()とす。これでいい。

()()()()()さん。この土鍋(どなべ)昆布(こんぶ)()れとけばいいんだよね」
もう、(みず)()ってある。
旨味(うまみ)()すため、しばらく()けておくのだ。

「うん。ありがと、(あおい)ちゃん。じゃあ、(よう)は、これ、お(ねが)い」
小柄(こがら)伯母(おば)は、自分(じぶん)よりも(おお)きな息子(むすこ)に、(かわ)をむいた大根(だいこん)()(わた)した。
見事(みごと)包丁(ほうちょう)さばきだった。
しゃべっている(あいだ)に、()って()いてパスだ。

キッチンは、()()()()()さん一人(ひとり)で、ほぼ満員(まんいん)状態(じょうたい)だ。
(もう)()けられた(よう)は、数歩先(すうほさき)のリビングルームに移動(いどう)した。

()いてあるテーブルは、(すで)(だい)()調理(ちょうり)(だい)()している。
だが、ここは食事(しょくじ)をする()であると同時(どうじ)に、テレビを()(くつろ)ぎ、さらに(あに)(いもうと)勉学(べんがく)(はげ)(つくえ)でもあった。

だから、大根(だいこん)をおろす(さい)には、ペンスタンドをひっくり(かえ)さないよう、()()けなければならない。

世辞(せじ)にも(ひろ)いとは()えない(いえ)だが、利点(りてん)はあった。
()どもたちの()()り、夕飯(ゆうはん)()(たく)(すす)める(そう)()(れい)(かん)にしてみれば、非常(ひじょう)()(ごう)がよい。
キッチンから(うご)かずとも、一目(ひとめ)(せん)(きょう)()()れる。

「あれ? お(かあ)さん、唐辛子(とうがらし)(いっ)(ぽん)しか()れないの?」
(たね)()って、(みず)()けてある(もの)()て、(よう)()いてきた。

「いいでしょ、一本(いっぽん)で。あんまり(から)くすると、(あおい)ちゃんが()べられないから」
「いや、(おれ)なら、最近(さいきん)(わり)(から)いの(だい)(じょう)()だよ。あ、でも(もも)ちゃんがダメか?」

(となり)手伝(てつだ)っていた少女(しょうじょ)が、(かお)()げた。
小皿(こざら)にポテトサラダを()()けていた()を、いったん()める。

大人(おとな)しそうな容貌(ようぼう)(おんな)()だ。
()(なが)()(ちい)さめな(くち)が、(やさ)()可愛(かわい)らしい。
左右(さゆう)()けた(かみ)を、(りょう)サイドで()()げている。ヘアゴムには、ピンク(いろ)のボールが()いていた。
名前(なまえ)(おな)じ、(ちい)さな(もも)みたいな(かざ)りだ。

(あおい)より、(ひと)つだけ(とし)(した)なのだが、もっと(おさな)()える。()も、ずっと(ひく)い。

こくり
(もも)は、(うなず)いた。
「うん。あんまり(から)すぎるのは、苦手(にがて)
とても(ちい)さな(こえ)だ。
だが、はっきりと(こた)えた。

「んじゃ、やっぱり一本(いっぽん)だな。って、(よう)(なに)やってるんだよ。(あな)(ひと)つだけでいいんだろ」
ぶさぶさ
大根(だいこん)(さい)(ばし)()していた(よう)を、(あおい)(さえぎ)った。
「あ、そうかあ」

もはや、レンコンみたいにボコボコだ。
(しろ)大根(だいこん)(あな)に、(あか)(とう)(がら)()()()む。
(のこ)りはタダの空洞(くうどう)だな」
「まあ、おろせば関係(かんけい)ないだろ」
おろし(がね)に、(よう)(わん)(りょく)がフル稼働(かどう)した。

みるみるうちに、(あか)(いろ)づいた大根(だいこん)おろしが出来(でき)()がる。
ぴりっと(から)(やく)()(もみ)()おろしだ。

()()()()()さんって、ほんとに料理(りょうり)上手(じょうず)だよね」
(あおい)が、お世辞(せじ)()きで()めた。
自分(じぶん)(はは)は、()豆腐(どうふ)薬味(やくみ)に、ここまで()ったりしない。
そもそも、土鍋(どなべ)でなんか()てこない。
二人(ふたり)だけの(うち)に、(なべ)料理(りょうり)不向(ふむ)きだ。

「やあねえ、(あおい)ちゃんったら。そんな大層(たいそう)なものは(つく)れないわよ。ただ、時間(じかん)だけはあるからねえ、(わたし)は」
(ひか)()(ほほ)()みながら、一瞬(いっしゅん)たりとも調理(ちょうり)()()めない。

(たし)かに、豪華(ごうか)献立(こんだて)ではなかった。
だが、(あおい)夕食(ゆうしょく)()()(よう)()は、いつだって多彩(たさい)なメニューが(なら)ぶ。

予算面(よさんめん)での制約(せいやく)のもと、可能(かのう)(かぎ)りのバリエーションを(かな)え、栄養面(えいようめん)でも(かたよ)()く。
まさに(たくみ)(わざ)だ。

()()()()()さんは、()のひらで豆腐(とうふ)()った。
(みず)()った()(なべ)(なか)に、そっと(しず)めていく。
深緑(ふかみどり)(いろ)昆布(こんぶ)()いて、(しろ)(ちょく)(ほう)(たい)が、お行儀(ぎょうぎ)よく(なら)んだ。

(よう)()()けておいて」
土鍋(どなべ)を、テーブルに準備(じゅんび)しておいたカセットコンロに(うつ)す。

この(あと)は、()どもに(まか)せて大丈夫(だいじょうぶ)だ。
(つぎ)は、()げている(から)()げの様子(ようす)()る。
ちょうどいい。(あぶら)(なか)で、美味(おい)しそうな黄金色(こがねいろ)になっている。

したたたた……
菜箸(さいばし)が、(なべ)から(から)()げを()()げていく。
(あおい)は、(おも)わず()()ってしまった。
すごい。
連続(れんぞく)()きをする(よう)よりも、素早(すばや)(うご)きだ。
(こう)ばしい(にお)いが、(せま)()()(ただよ)った。

(よこ)では、(よう)がカセットコンロに燃料(ねんりょう)(かん)装着(そうちゃく)している。こちらも、(まよ)いのない(うご)きだ。

(よう)って、それ、できるんだ」
「おー。(あおい)、やったことないか? ()()けてみる?」
「いいの? 大丈夫(だいじょうぶ)かな?」

尻込(しりご)みする(あおい)に、(いもうと)(ほう)(こた)えた。
(はし)(なら)べながら、(つぶや)くように()う。
大丈夫(だいじょうぶ)今日(きょう)はお(とう)さんいるから」

この(ちい)さな「はとこ」()にも、(あおい)(しん)()いている。
(とき)には、不愛想(ぶあいそう)()られてしまう(おんな)()だ。
だが、無責任(むせきにん)に、楽観的(らっかんてき)(げん)(どう)をしないだけなのである。
世辞(せじ)やお(つい)(しょう)も、()わない。
今回(こんかい)も、(じつ)(きゃっ)(かん)(てき)保証(ほしょう)をしてくれたものだ。

「そうそう。(まん)が一、火事(かじ)になっちゃっても、お(とう)さんに(しょう)()してもらえばいいしなあ」
気楽(きらく)(わら)(よう)に、母親(ははおや)(するど)(かつ)()んだ。
「なに()ってるの! うちが火事(かじ)なんか()してみなさい。(だい)(ひん)(しゅく)よ」
もっともだ。

(あおい)ちゃんに、しっかり(おし)えてあげなさい」
(あぶ)ないから、やっちゃ駄目(だめ)
とは()わないのが、()()()()だ。

おっかなびっくり。(あおい)が、コンロのスイッチを(ひね)った。

バチバチバチ
(おと)(おどろ)いて、つい慎重(しんちょう)になりすぎた。
ゆっくりすぎて、点火(てんか)しない。

「もっと(おも)()(まわ)しちゃって大丈夫(だいじょうぶ)だよ、(あおい)
「このコンロ、かなり(ふる)いから。なかなか()()かない(とき)があるの」
(よこ)()ていた(もも)も、冷静(れいせい)(おし)えてくれる。

「あら、()かない? チャッカマン()ってきなさい」
包丁(ほうちょう)をふるいつつ、()()()()()さんが、(かお)()げずに()う。

「えええ! あの巨大(きょだい)ライターみたいなやつ? 使(つか)うの?」
(あおい)(こし)()けた。できる()がしない。
「いや、()くだろ。(あおい)、もう一回(いっかい)やってみな」
(よう)が、笑顔(えがお)(うなが)した。

(おも)たげな土鍋(どなべ)(そこ)(よこ)から(のぞ)()みながら、(あおい)(おも)()ってスイッチを(まわ)した。

ボッ
(おと)()てて、くるりと青白(あおじろ)(ほのお)(とも)った。
()いた!」
「な!」
(よう)が、(あおい)よりも得意(とくい)げな(かお)をする。

「あら、()いたの。チャッカマン、()らなかった?」
「うん。お(とう)さんも(たた)()こさないで()んだ」
(もも)が、(から)()げの大皿(おおざら)()()りながら、母親(ははおや)()げた。

(たた)()こすつもりだったのか」
苦笑(にがわら)いする(あおい)に、(もも)()(ごん)(うなず)く。
そんなに(あぶ)なっかしかったか。

(もも)必殺(ひっさつ)(わざ)、トトロのメイ()こしだ」
()ている(うえ)(またが)って、()きろと(みみ)(もと)(さけ)ぶ。
「あれをやられたら、寝坊(ねぼう)した(おれ)だって、一発(いっぱつ)()きる」

(あおい)()()した。
(よう)は、やられた(こと)があった模様(もよう)だ。
()()()()()さんも、()()めずに、(ほが)らかに(わら)う。

と、(ふすま)(ひら)いた。
「おー、なんだ、(おれ)()(ばん)()しかあ?」
鉄郎(てつろう)()()さん! ごめんなさい、()こしちゃった?」
(あおい)は、(あわ)てて(あやま)った。

24時間(じかん)勤務(きんむ)()けの(あるじ)()ていたのを、すっかり失念(しつねん)していた。
寝室(しんしつ)にしている和室(わしつ)は、リビングと(うす)(ふすま)仕切(しき)られているだけだ。
会話(かいわ)筒抜(つつぬ)けだったことだろう。

「いや、平気(へいき)だ。(おれ)は、(あか)るかろうが(うる)さかろうが、()るときは()れるから。それより、(から)()げのい~い(にお)いがしてきてさあ。我慢(がまん)できなくて()きた」

唐揚(からあ)げ、(おそ)るべし。目覚(めざ)まし(こう)()抜群(ばつぐん)である。

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