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10.ロージュ(1)
『到着致しました。こちらが、加羅みかげのジゼルを観劇できるボックス席です。ボックス席は、小部屋になっています。ロージュと呼称されます』
案内板が、ドアの前で止まった。
数珠繋ぎのスワンズも、順繰りに停止する。
止まった途端、巫女の帯は、みるみる薄っぺらくなっていった。
陽が、飛び降りる。
既に、床には水溜まりひとつ無い。
さっきまで、川が流れて、水浸しだったというのに。
廊下は、しん、と静まり返っていた。
階下の歌声は、もう聞こえてこない。
大階段の間で繰り広げられていたお祭り騒ぎは、終わったのだろうか。
『ロージュの中でも、ご案内を希望されますか?』
今回の案内板は、浮舟の柱に付いている。
微笑んだピエロの口から、音声が流れた。
「あ、うん。案内して欲しい」
碧が返事した。
『では、左上部に付いた髪飾りを引き抜いて下さい』
「ああ。これ、髪飾りだったのかあ」
陽が、碧の代わりに応えた。
いつの間にか、浮舟の脇からお面を覗き込んでいる。
ドレス姿の桃も、隣で一緒になって背伸びしていた。
ヒールの靴が、辛そうだ。
浮舟の板は、けっこう分厚いのだ。
床に直置きされると、ポートボールの台に乗っているくらいの高さがある。
「わかった」
碧は、言われるまま、青い髪飾りを引っこ抜いた。
カチリ
うん、お面から外れる。
くしゃくしゃの花びらみたいな飾りだ。
すっと、茎に似た細長い棒も付いてきた。
まるで、一輪の青い花だ。
『ロージュには、そちらを携帯して下さい。そこから、音声でご案内が可能です』
「胸元に挿しなさいな、碧。さ、行きましょ」
マダム・チュウ+999が、肩の上で促した。
よし。タキシードに相応しい飾りになった。
こんなにキメた格好で、すってんころりん、なんて絶対にしたくない。
碧の躊躇いを感知して、陽が抱っこで下ろそうとする。
目で断固拒否して、碧は、そろそろと台から降りた。
スワン達は、廊下に並んで待っていた。
羽毛の固まりが、四羽、もこもこと一列になっている。
水が無いと、余計に巨大に見えるものだ。
ドアが目の前にあった。
小部屋って言ってたから、これが入口だろう。
当たり前だが、普通サイズの幅だ。
マッチョ・スワンズ達に通れるのか、これ?
不安に駆られている碧とは対照的に、陽は呑気だった。
感心した様子で、ドアを眺めている。
「なるほどなあ」
「きれいね」
桃も、うっとりしている。
確かに、綺麗だ。
ドアの上部には、広い飾り窓が付いていた。扇子を広げた形をしている。
扇面の部分が、スクリーンになっていた。
そこに、美しい色彩のポスターが、映し出されているのだ。
「覗き窓で、進行状況が分かるのよん。前の人が、これから踊るみたいね」
マダム・チュウ+999が説明するまでもなかった。
外国語で書かれているのは、演目と出演者名だろう。
もちろん読めないが、演目はイラストで見当が付いた。
「くるみ割り人形」だ。
じりじりと、画像は、右へ移動していく。
右端にまだ残っていた前演目のポスターが、完全に隠れた。
仕掛け時計みたいな仕組みだ。
扇形スクリーンの下には、数字が刻まれている。時間を示しているようだ。
非常に分かりやすい。
碧は、感心しつつも、訝し気に尋ねた。
「でもさ、マダム・チュウ+999。この扉、ドアノブが付いてないよね。どうやって入るの?」
そうなのだ。
細い棒だけが、ドアから突き出している。
丸いノブを、取っ払ってしまった様子だ。
これじゃ、捻りようがない。
「ああ。チケットを示して、係に開けてもらう仕組みなのよ」
「へー。持っていない人が入れないように?」
「そうそう。それを真似して描いてるだけ」
「は?」
ピンク色のネズミは、ちょろちょろと碧の肩から降りた。
ドアの前に、二本足で立つ。
そして、両の前足で、ドアをむんずと掴んだ。
べろんっ
ずるっと、碧がずっこけた。
マダム・チュウ+999は、あたかも暖簾のように、ドアを捲り上げたのだ。
いや、ちがう。ドアじゃない。
ただの布だった。
全部が、本物と見紛うばかりに、布地に描かれていただけなのだ。
「なにやってるのよん、碧。付いてらっしゃいな」
オネエな声が、向こうから聞こえてくる。
布地を試す眺めつしている碧に、筋肉二郎が、よちよち近づいて来た。
「飾り窓のスクリーンだけは、映像だ。その宵の演目を、案内板が映している」
「なるほど」
まんまと騙された。
「先に入って席に着け、碧。俺達は、でかいからな。ロージュに入ったら、邪魔になる。ここで控えているから」
筋肉一郎が、後ろから勧めた。
マッチョスワンズ全員の頸が、こくりと頷く。
頼もしいこと、この上ない。
ちょっと怖気づいている桃の手を、お兄ちゃんが握った。
妹を連れて、ずかずかと布地の入り口を潜る。
「わかった。ありがと。じゃ、行ってくる。」
碧も続いた。



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