ダンジョンズA 〔3〕嘆きの湖 (なげきのみずうみ)

10.夢の小石(ゆめのさざれいし)(2)

当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー   

10.ゆめ小石さざれいし(2)

バシュッ
光線(こうせん)が、(おと)()てて(かべ)()たった。
だが、失敗(しっぱい)だ。(ねら)っていた小石(こいし)とは(ちが)う。
(ひか)っている(いし)にヒットした場合(ばあい)(ひかり)()()(かえ)るだけなのだ。

「ごめん。また、()たらない……」
(もも)は、(ちい)さな(こえ)(こく)(ちょう)(あやま)った。

さっきから、何度(なんど)(はず)したことだろう。
一回(いっかい)だけ成功(せいこう)したのは、完全(かんぜん)に、まぐれだった。
()(まえ)には、こんなに(ひか)っていない小石(こいし)があるのに。全然(ぜんぜん)(すす)まない。

()にしなくていいですよ。()は、まだ(はな)せなそう?」
4の首輪(くびわ)をしたマッチョ・スワンズは、(やさ)しく(たず)ねた。

「うん……ごめん、ムリ」
(もも)右手(みぎて)は、しっかりと()っかを(にぎ)りしめていた。首輪(くびわ)(くら)()いたハンドルだ。

これでも、進歩(しんぽ)したのだ。
まず、両手(りょうて)(つか)まっているのを、左手(ひだりて)だけ(はな)す。
それができるようになるまで、かなりの時間(じかん)(つい)やしてしまった。
だって、(こわ)い。()っこちちゃいそうで。

自分(じぶん)は、(みぎ)()きだ。自由(じゆう)になった左手(ひだりて)でレーザーポインターを操作(そうさ)しても、命中率(めいちゅうりつ)(のぞ)めない。
せめて、左手(ひだりて)()(つか)んで、右手(みぎて)()てばいい。()かってるんだけど。
右手(みぎて)(はな)すのは……やっぱり(こわ)い。

「そうですね……。(すこ)しリラックスして、まずは()っているのに()れることにしましょう。(いそ)がば(まわ)れ、とも()いますし」
(もも)は、素直(すなお)(うなず)いた。

ポインターの(よこ)()いている突起(とっき)を、一番下(いちばんした)()げる。これでパワーオフだ。
そうしてから、きちんとポケットにしまう。
片手(かたて)でやってるから、自分(じぶん)でも(いや)になるくらい、のろくさい。

「ゆっくりでいいですよ、(もも)
黒鳥(こくちょう)さんって、すごく(やさ)しい。

「ありがと。もう、だいじょうぶ」
すい~
スワンは、ゆっくりと(およ)()した。

(もも)は、(あわ)てて、両手(りょうて)()っかを(にぎ)(なお)した。
大丈夫(だいじょうぶ)大丈夫(だいじょうぶ)。お(かあ)さんの自転車(じてんしゃ)(うし)ろに()ってるのと(おな)じだ。
()心地(ごこち)は、こっちのほうがいい。
それに、なんていい景色(けしき)なんだろう。

(もも)は、(あらた)めて(まわ)りを見渡(みわた)した。
()んだ湖面(こめん)は、(おお)きな(かがみ)のようだ。
その(うえ)を、(うつく)しい黒鳥(こくちょう)(すべ)っていく。
()(かこ)んでいる(かべ)は、さながら巨大(きょだい)なプロジェクターだった。(いろ)づく紅葉(こうよう)を、ぐるりと(うつ)()している。

「きれいね」
やっと、(もも)()みを()かべた。
()(なが)(くろ)()が、(やわ)らかく()がる。

()れてよかった。(こわ)かったけど」
もしも、あんな絶叫(ぜっきょう)(けい)フリーフォールアトラクションが()(かま)えていると()っていたら、絶対(ぜったい)()なかった。

「そういえば、貴殿(きでん)らは(ひさ)しぶりの客人(きゃくじん)です。どうやってここまで?」
マッチョ・スワンズ4(ごう)が、(たず)ねる。

「あのね、西(にし)センターのエレベーターに()ったら、透明(とうめい)なエレベーターに()わったの。そこから、(とき)(つつ)()ちてきた」
(あおい)(たち)三人(さんにん)は、西(にし)センターの時点(じてん)で、異変(いへん)気付(きづ)いていた様子(ようす)だった。

「エレベーターには、ペラペラな(おんな)()()ってて、その()無理(むり)やり(さそ)()んだみたい」

(あおい)言動(げんどう)が、(よみがえ)る。
「みかげ、って()んでた。いなくなっちゃったんだけど、どこ()っちゃったのかな」

「ああ。そいつは()(ちょう)だから。この地宮(ちきゅう)の、どこにでも()けるのです。肉体(にくたい)()たない、意識(いしき)だけの存在(そんざい)だから」
黒鳥(こくちょう)は、即答(そくとう)した。
住人(じゅうにん)にとっては、簡単(かんたん)謎解(なぞと)きだったらしい。

「こちょう?」
「ええ。我々(われわれ)は、ずうっと、そう()んでいます。こんな(はなし)があるのです」

中国(ちゅうごく)の、(ふる)(はなし)だ。
()は、荘子(そうし)思想家(しそうか)だった。
(かれ)が、こんな(ゆめ)()た。
自分(じぶん)胡蝶(こちょう)、つまり一羽(いちわ)蝶々(ちょうちょう)になって、()(あそ)んでいる(ゆめ)だ。

はっと目覚(めざ)めた。
()()がる。
周囲(しゅうい)見渡(みわた)すが、(まわ)りにあるのは、見慣(みな)れた調度品(ちょうどひん)ばかりだ。

(ゆめ)だったのか……。
ふう、と(いき)をついた。
(てのひら)()(おお)って、(くび)()る。
寝汗(ねあせ)をかいていた。(かる)(はし)った(あと)のように。

いや。本当(ほんとう)(ゆめ)だったのか?
(おぼ)えている。(うす)羽根(はね)(ふる)わす感覚(かんかく)を。
(くう)()()がる(うご)きも。

(わたし)胡蝶(こちょう)だった。
そうだ。そして、この(いま)(わたし)こそ。
胡蝶(こちょう)()ている(ゆめ)なのではないだろうか?

「この(ゆめ)世界(せかい)には、人間(にんげん)意識(いしき)が、しょっちゅう(まよ)()みます。()ている(とき)()て、大抵(たいてい)(ゆめ)だと(おも)()んでいる」

ガルニエ(きゅう)舞台(ぶたい)に。
百階(ひゃっかい)()ての、双子(ふたご)迷宮(めいきゅう)に。
そして、この(なげ)きの(みずうみ)に。
(ちょう)は、姿(すがた)(あらわ)す。

(むかし)は、(ちょう)だけでした。ところが、つい最近(さいきん)からです。いろんな姿(すがた)胡蝶(こちょう)が、やって()るようになったのは」

みかげのように、ペラペラな(かげ)
(しろ)(けむり)が、(ひと)(かたち)をしている(やつ)にも()いました。
()(くろ)な、(すす)(かた)まりにも。
そして、厄介(やっかい)なのは、(はち)です。()(とう)()んで、うわんうわん()()う。

「それでも、胡蝶(こちょう)は、しばらくしたら姿(すがた)()します。ああ、ピョートルには()った?」
「うん」

(とこし)えのピョートル。
そういえば、(かれ)()っていた。
(ゆめ)で、この世界(せかい)(まよ)()んだと。

マッチョ・スワンズは、うにょんと(くび)()げて()(かえ)った。(もも)(わら)いかける。
とってもハンサムさんだ。(とり)だけど。

「あの御仁(ごじん)は、例外中(れいがいちゅう)例外(れいがい)です。胡蝶(こちょう)のくせに、もとから(ひと)姿(すがた)をしていたのです。そして、そのまま、この世界(せかい)居座(いすわ)った。そんなの、あの御仁(ごじん)だけです」

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー。
バレエ音楽(おんがく)(おお)手掛(てが)けた、作曲家(さっきょくか)

「きっと、この世界(せかい)(つく)()げた(もの)一人(ひとり)だからでしょう。そして、ここにいたい、という意思(いし)があった。ただ()うだけの(ちょう)ではない。人間(にんげん)創作(そうさく)(よく)、しかも並外(なみはず)れたやつを()って、この(ゆめ)世界(せかい)帰化(きか)したのです」

(はなし)をしつつ、(もも)()せた黒鳥(こくちょう)は、(みずうみ)(しず)かに(すす)んで()った。
前方(ぜんぽう)に、(あかつき)がいる。
(かべ)()かって、光線(こうせん)発射(はっしゃ)していた。
孤高(ここう)のガンマンも(あお)ざめるほどの、早打(はやう)ちだ。

(あかつき)!」
(もも)は、(おも)()って、右手(みぎて)(はな)してみた。
()()って、すぐに(もど)す。
ちょっとだけど、できた。

(あかつき)が、笑顔(えがお)()(かえ)った。
ぶんぶんと、両手(りょうて)()って(こた)える。
レーザーポインターは、凶器(きょうき)だ。
それを()ったままだから、かなり(あぶ)ない。

両手(りょうて)(はな)すのなんて、(あかつき)にとっては、ハードルでもなんでもないんだろう。
たとえ、(みずうみ)(ころ)()ちたとしても。(あかつき)のことだ、びしょ()れで大笑(おおわら)いするに()まっている。

ふう
ため(いき)()れた。
「どうしたの?」
(もも)()っているスワンは、つくづく(やさ)しい(たち)らしい。ゆっくり(およ)ぎながら、気遣(きづか)わし()()()けて()る。

(もも)は、()みを()かべて、(くび)()って()せた。
(とき)(つつ)()た、みかげの(ゆめ)(おも)()す。

たぶん、(わたし)()かる。
他人(たにん)が、あっさりとできることが、自分(じぶん)にとっては()()せないハードルになることが、しょっちゅうだから。

どうして、(わたし)だけ、できないんだろう。
(なさ)けなくて。(うらや)ましいなって(おも)う。
その気持(きも)ちが、たぶん(わたし)には、よく()かる。

案内板(あんないばん)復旧(ふっきゅう)したら、アクセスを(たず)ねて、すぐに(かえ)ったほうがいいでしょう。ここは(うつく)しいが、危険(きけん)場所(ばしょ)です。客人(まろうど)にとっては」

「まろうど?」
(ふる)言葉(ことば)です。お客人(きゃくじん)のことを、我々(われわれ)はそう()んでいる。胡蝶(こちょう)とは(こと)なり、(からだ)ごと、ここに(まよ)()んだ(しゃ)のことです」
(たし)かに、自分(じぶん)(たち)がそうだ。

「ここに()るのは、(きゃく)だけではない。迷宮(めいきゅう)財宝(ざいほう)目当(めあ)てに、根性(こんじょう)辿(たど)()人間(にんげん)もいます。(むかし)から。そいつらは、盗人(ぬすっと)という」
なるほど。お(きゃく)さんではない。ただの泥棒(どろぼう)だ。

(おも)わず(わら)ってしまった。
だが、マッチョ・スワンズは(かた)表情(ひょうじょう)だ。
「どうしたの?」
(かえ)れなくなることがある」
ぽつり
(おさな)子供(こども)(うった)えるように、黒鳥(こくちょう)(つぶや)いた。
ここには、()まった(かえ)(みち)()いのだから。

(かえ)れなくなったら、客人(まろうど)盗人(ぬすっと)胡蝶(こちょう)も、みんな、おんなじです」
この迷宮(めいきゅう)に、()()められる。
永遠(えいえん)虜囚(りょしゅう)となって。

出口(でぐち)(もと)めて()(つづ)ける(ちい)さな(もの)は、いつしか(つか)()てて、()ちるだろう。
もう(うご)けない。だが、(だれ)(すく)わない。

その末路(まつろ)を、つぶさに()にしたことは()い。
ただ、気付(きづ)くのだ。
もう、どこにもいないと。

間仕切り線

んでくださって、有難ありがとうございます!
いかがだったでしょうか。
以下のサイトあてに感想かんそう評価ひょうか・スキなどをおいただけましたら、とてもうれしいです。

ロゴ画像がぞうからかくサイトの著者ちょしゃページへと移動いどうします

ランキングサイトにも参加さんかしています。
クリックすると応援おうえんになります。どうぞよろしくおねがいします↓

小説全しょうせつすべての目次もくじページへ

免責事項・著作権について リンクについて