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10.フラワーシャワー(2)
「やったあ!」
花吹雪の中、暁が、ぴょんぴょん跳ねる。
「よかったなあ」
のんびり微笑む陽に、碧は悲鳴交じりの声で返した。
「やっと終わったあ……!」
「みんな、お疲れさま~。全員、生きてて、よかったわん」
膨れたネズミが、よちよち近づいてきた。
さり気なく、物騒な台詞を口にする。
三人は、苦笑いを浮かべた。
それ、誇張や冗談じゃないよね。
絶対、本音だ。
ともあれ、これで、無事おしまいである。
「はい、マダム・チュウ+999」
暁が、最後の反物を手渡した。
ぼよん!
また膨らんだ。
妖怪ピンク風船ネズミである。
陽よりは小さいが、暁・碧ペアとは同じ背丈になった。
いったい、どこまでいけるのだろう。
花びらの雨は、次第に小降りになり、やがて止んだ。
しゅるしゅる……
祝辞を述べ終えた貴婦人が、粛々と退場していく。
床に散らばった花吹雪を、蔓の葉っぱで搔き集めながらだ。
「あ、どうもありがと」
体に張り付いた花びらも取ってもらって、暁が礼を述べる。
ひょこ
細い蔓が、お辞儀をした。
「おお~」
ほどなく、三人は、揃って感嘆の声を上げた。
部屋中、ピカピカだ。
わざと紙片を撒いてから掃く、おばあちゃんの掃除方法と同じ効果である。
しかも、バラの残り香の、おまけ付きだ。
立つ鳥、跡を濁さず。
さすが、貴婦人なだけある。
最後に出て行った蔓を、暁が、元気な子犬みたいに追っかけていった。
うねうね
大群は、外廊下を進んで手摺に這い上がり、緑色の滝となって流れ落ちていく。
吹き抜けの底は、緑色の海だ。
そこに、全ての蔓が還った。
暁は、目を見張った。
みるみるうちに、埋め尽くすほどだった蔓の嵩が減っていく。
あっという間に、黒い岩肌が露になった。
薄く残った蔓は、真ん中で、きっぱりと二手に分かれた。
それぞれ、左右の土壁に、へばりつくように這い上がってゆく。
やがて、ゆっくりと動きを止めた。
そうか、お別れなんだ。
「さよ~なら~、貴婦人さん!」
手摺から身を乗り出さんばかりにして、暁は、ぶんぶんと手を振った。
あれだけ痛い目に合っておきながら、笑顔で見送れる奴がいるとは。
隣にやって来た碧が、驚きの顔で見ていた。
しかも、二人いる。
隣に並んだ陽まで、勢いよく手を振り出した。
地顔じゃない。特上の笑みだ。
二人に挟まれた碧は、げんなりした。
こいつらの真似なんて、到底むりだ。
「じゃ、もう、俺たち帰っていいよね」
振り返れば、案内板も、ちゃんと後を付いてきていた。
お面の顔に張り付いていた花びらも、ちゃんと除去済みだ。
「アクセスを教えて、案内板。ここから西センター1階エントランスまで」
疲れ切った声で、碧が問い合わせているところに、最後のメンバーが部屋から出てきた。
最終形態のマダム・チュウ+999だ。
纏足、もしくはピンヒールを履いた美女の足取りでやって来る。
もはや、ネズミとはかけ離れた存在である。
「あらん、その前に、裁縫部屋に戻らなくっちゃ」
「マダム・チュウ+999だけ帰れば、大丈夫だろ。材料は全部、体の中に入ってるんだから」
碧も、つい、ぞんざいな言い方になる。
いいかげん、もう帰りたいのだ。
くいくい
後ろから、暁が腕を引っ張ってきた。
「でもさ、碧。私達も、いったん戻らなきゃダメだよ」
何故か、ひどく驚いた顔で見つめてくる。
陽もだった。隣から伸ばされた腕が、碧の額に当てられた。
ほっとした表情を浮かべて、こんなことを言う。
「よかった、熱はないな」
「いや、なんでだよ」
「だって。私達、バッグ、裁縫部屋に置きっぱなしだよ?」
「ああ!」
すっかり忘れていた。
「碧、よっぽど疲れてるんだなあ」
「私、碧が自分の持ち物を忘れるところ、初めて見たよ!」
暁は、なんだか感動した様子だ。
だが、ショックで放心している碧を見ると、慌ててフォローする。
「気にすることないよ、碧! 私、プールバッグを丸ごと学校に忘れてったことあるよ」
「ああ……。しかも使用後のやつをな」
萎れながらも、ツッコむことは忘れない碧だ。
その肩を、陽が、ぽんぽんと叩いた。
とにかく、裁縫部屋に戻るしかない。
でないと、帰れない。
「案内板さん。さっきのは、なし。とりあえず、裁縫部屋が何階にあるか教えて」
暁が、浮かんでいるピエロのお面に尋ねた。
『ご案内致します。裁縫部屋は、西館最上階の地下1階です』
「ド・ジョー! こっちに来てー」
暁は、またもや手摺から身を乗り出した。
高らかに呼ばわる。
ひょろひょろひょろ
水鉄砲が、放たれてきた。
どうしたことだろう。明らかに勢いが衰えている。
それもそのはず。碧よりも、遥かに疲れたドジョウが、その上に乗っていた。
げっそりしている。水で出来たトレンチコートとソフト帽も、歪んで、よれよれだ。
「ご、ごめんね、疲れてるのに。あのね、裁縫部屋に戻りたいの。シャッフルしてくれる?」
遠慮がちに頼んだ暁に、ド・ジョーは溜息をついた。
「そいつがなあ、やっかいな状態になっちまってて……」
三人は、顔を見合わせた。
予想もしていなかった返答である。
「できないのか?」
陽の顔から、すっと笑みが消える。
調達を無事に終えたと思いきや、まさかの非常事態だ。
「やっかいな状態って?」
碧も畳みかける。
ド・ジョーの低い声が、重く響いた。
「ああ。スプリットだ」
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