ダンジョンズA〔1〕ガルニエ宮(裏メニュー)

11.退場(1)裏メニュー

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11.退場(1)

(あおい)は、一目散に(あかつき)の元へと駆け寄った。

トウシューズを履かされた暁は、お尻をぺたんと着いて座り込んでいる。
戸惑った目で、碧を見上げてきた。

「碧、これって……どうやって脱ぐの?」
さっぱり分からない。
まさか、こんなふうに自分の足に装着されてくるとは、思ってもみなかった。

「はあっ? 知らないよ、俺だって」
こんなに近くで見たことすらない。

碧は、暁の傍らに屈み込んだ。
間近で見ても、本物のトウシューズだ。
信じられない。
重なって付着した花びらが、靴に変わる魔法だ。

「まず、このリボンを解くんじゃないか?」
靴に縫い付けられた幅広のリボンが、くるくると足首に巻き付いている。

「そっか。端っこは……どこだろ?」
言いながら、すぐに、暁が自分で探り当てた。
下に入れ込んであるのを、引っ張り出す。

くるり
めくった、その時だった。

ぱあぁっ……
ピンク色のリボンの裏側が、青白い光を放った。
若い恒星のように、鮮やかな輝きだ。

「うわっ」
叫んだのは、碧の方だった。
暁は、驚きながらも、手を止めずにリボンを解いていく。

あっという間に右足を解き終えると、左足に取り掛かる。
やっぱり同じだ。
めくっていく端から、裏側が青白く光る。

初めてのくせに、やたら手早い。
リボンが全て解かれると、今度はシューズ自体も光り出した。

「なんか光ってるけど、やっちゃダメだったのかな」
やっちゃった後に言うな。

「止まんないね。なんでだと思う?」
いや、俺が聞きたい。

そう言いたいのだが、碧の口から、言葉は出てこなかった。
引きつった顔が、十分、返事になっている。

会話を交わしている間にも、青白い光は、どんどん強くなっていった。
もはや、トウシューズ型の強力ライトだ。
暁の(ふくら)(はぎ)まで、光が包み込んでいるように見える。

「……そ、それ、熱くないのか?」
心配になってきて、碧が指さして尋ねた。
触る勇気はない。
「あ、うん、大丈夫。ちょっとだけ、ピリピリしてきた。正座で痺れた時みたいな感じ」

暁が言い終えた途端。
いきなり、光は輝きを増した。

ぼおおおおっっ!
ここまでくると、青白い炎と同じだ。

まぶしい!
二人は、思わず顔を背けた。
キャンプファイアーが、舞台の真ん中で、ぼうぼうと立ち上っているような眺めである。

「げっ! おい、よせ! やめろ!」
そこに、焦った声が聞こえてきた。
ド・ジョーだ。

暁と碧は、同時に顔を向けた。
舞台前方だ。オーケストラボックスから立ち上る水柱に、金色ドジョウが立っている。

必死の形相だった。
ステージの天井を見上げて、叫ぶ。
「オーロラ! やめるんだ!」

え? なに?
碧が尋ねようとした。
その前に、声が(さえぎ)った。

『じゃま、しないで』
鏡の方からだ。

はっと、碧は振り返った。
鏡が、7枚とも真っ黒だ。
バレリーナ達が、いない。一人も。

それなのに、声だけが返って来た。
怒りを含んだ、女の子の声が。

『せっかく上手くいったのよ。じゃま、しないで』

ぱあぁっ……!
今度は、鏡が光り始めた。
鏡面は、黒いままだ。
四辺を縁どる黄金の枠が、青白く発光している。7枚ともだ。

しゅうぅ……
入れ替わりに、トウシューズの激烈な光が収まっていく。

あれよあれよという間だ。
暁は、床に腰を下ろしたまま、トウシューズを見つめていた。
光、消えちゃった。
また、普通のシューズに戻っている。

いったい、なんなんだ?
碧の頭の中は、疑問符だらけだ。
だが、一つも口に出せないうちに、次々と事が起きていく。

鏡から、女の子の声が、冷たく言い放った。
『あんたなんて、いらない。消えて』

その途端。
ごおおぉ……
不吉な音が、聞こえてきた。

ド・ジョーが、目を剥く。
「いかん! 俺は退場になっちまう!」

ごおおおお……っ!
どんどん、水音が迫って来る。
ド・ジョーは、負けじと大声を張り上げた。
「いいか、暁、碧! すぐに元の世界に戻るんだ。戻る方法を、」

「ド・ジョー?!」
振り返った二人が、揃って叫んだ。

細い水柱が、ぐらんぐらんと揺らいでいた。
ド・ジョーは、天辺で、落とされまいと踏んばっている。

だが、それも束の間だった。

しゅうんっ
水柱が、急に引っ込んだ。
ド・ジョーの姿が、ステージから消える。
叫び声だけが、下から聞こえてきた。

「案内板だ! 案内板に聞くんだ!」

暁が、先に飛び出した。
しゃがんだ状態から、綺麗なクラウチングスタートを切る。

だが、派手に、すっ転んだ。

ポアントは、バレリーナが爪先で立って踊るために作られた靴だ。
爪先部分は長く、固くなっている。
初心者では、二足歩行も覚束(おぼつか)ないものなのだ。

しかも、暁は足に括り付いていたリボンも解いてしまっていた。
転んで当たり前である。

「痛たた……」
暁は、顔をしかめつつ、素早くシューズをすっぽ脱いだ。

ごごごおおぉっ……
水音は、さらに激しさを増していく。

出遅れた碧の方が、先に辿り着いていた。
舞台ギリギリから、泉を見下ろす。

いまや、水面は荒れ狂っていた。
まるで嵐だ。泉が、激しく渦を巻いている。

ド・ジョーは……いた。真ん中だ。
そこだけ、動かない水の円柱が残されている。

「ド・ジョー! 待って! 案内板って何?」
碧が、大声を上げた。

ド・ジョーは、口を開きかけて、よろけた。
足場の水柱は、激しい渦に、どんどん削り取られていく。
抗っても、時間の問題だ。

「ド・ジョー!」
暁も、駆け寄ってきた。裸足だ。
トウシューズを手に持っている。

並んだ二人の子どもを見上げると、ド・ジョーは、にやりと片目を上げた。
ここまでか。
見届けたかったが、しかたがねえ。
でも、この二人なら、なんとかするだろうさ。

「案内板は、」
ごおっ!!!
渦が襲い掛かった。

わずかに残った足場が、一瞬で掻っ攫われた。

ド・ジョーのトレンチコートとソフト帽が、形を歪ませて、渦に吸い取られていく。
金色の紐のような体が、激流に引きずり込まれていった。

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