ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

12.胡蝶の門出(1)裏メニュー

当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー   

12.胡蝶こちょう門出かどで(1)

優雅な曲に合わせて、金平糖の精が王子と踊っている。

『ここは、クララ達が訪れたお菓子の国です。金平糖の精は、そこの女王です』
(あおい)の胸元から、解説が流れて来る。

だからか。美しさのなかに、凛とした威厳がある。
王子に体を委ねながらも、ピンと崩れない品が薫る。

「うーん。後ろ向きだと、見づらいなあ」
(よう)が零した。

そりゃそうだ。
普通なら、ボックス席はプレミアムシートだ。
最高に見やすいことだろう。

だが、オーロラの地宮(ちきゅう)で催される「花束(はなたば)(うたげ)」では。舞台の奥に広がる「観客」に向けて、踊ることになる。

つまり、本来の客席からだと、後ろから観劇しているような状態になってしまうのだ。

「あー。何か見やすくなる方法はないかな?」
碧が、胸元の花に向かって尋ねた。

青い、くちゃくちゃした花びらから、応答があった。

『なにかスクリーンにするものがあれば、そこに正面からの映像を映すことができます』

「スクリーンか……」
碧は、ロージュの中を見渡した。
あいにく、そんなものは無い。

「どんなものなら使える?」
『平らで、ある程度の面積があれば、対応可能です』

碧の横に座っていたマダム・チュウ+(プラス)999(スリーナイン)が、ちょろちょろと隣の席に渡った。

「桃ちゃんのハンカチでいいんじゃないかしら?」
ピンク色のネズミは、桃の横っちょに立って、赤いドレスを指さしている。
右腰の部分だ。

「ああ」
桃が、納得した顔で頷いた。
手を、そこに差し込む。
白いハンカチが出てきた。小さな刺繍が、ワンポイントだけしてある。桃の柄だ。

「へえ。ポケット付いてるんだ、そのドレス」
「付けたのよ! アタシが! 急遽(きゅうきょ)!」
小さなネズミが、碧に食って掛かる。
迫力は、ライオンレベルだ。もしくは、闘牛場の怒り狂う雄牛である。

「あー、ハイハイ。すごいすごい」
ほぼ棒読みで、碧が(かわ)した。
こちらは堂に()った闘牛士だ。

「アタシの手にかかれば、このくらい朝飯前よん」
悦に()っているピンクネズミに、すまなそうに桃が詫びた。

「ごめんね。バッグだと、いざってときに荷物になっちゃうし。これは必ず持って行ったほうがいいと思ったの」

なんだろう?
目で問いかける碧に、桃はポケットの中身を取り出して見せた。

ティアラだ。
オーロラが暁に贈った、小さな王冠型の髪飾り。
なるほど、これならポケットに入る。

「よく持ってきたね、桃ちゃん。すごいよ」
お手柄だ。碧に褒められて、桃は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

前回、このティアラは、暁を救った。
きっと、今回も役に立つに違いない。

「桃、それはお前のポッケに入れておいてくれ。大事にな。あとは何持ってる?」
陽が、妹に尋ねた。
保持しているアイテムは、確認しておきたい。

「え、もうないよ。ティッシュは水でぐちゃぐちゃだったから、捨てたし。このハンカチは、マダム・チュウ+999がアイロンして乾かしてくれたの」
えへん、と胸を張るピンクネズミ。
白く染め抜かれたハート型が誇らしげだ。

そんなことまでしていたのか。
支度に時間がかかったわけだ。

「後は、自分の髪ゴムだけ。失くしちゃうと、お母さんに怒られるから」

普段は、顔にかかる横の髪を束ねている桃だ。
桃色の丸い飾りが、頭の右と左にちょこんとくっ付く。
可愛いが、この深紅のフォーマルドレスには合わないだろう。

見れば、きちんと髪型もセットされている。
マダム・チュウ+999、恐るべし技量の持ち主だ。

「じゃ、これ借りるね。ありがと、マダムチュウ+999、桃ちゃん」
碧は、ハンカチを受け取って広げた。
胸元の案内板に尋ねる。
「これでどう?」
『はい。映写を実行します』

ういーん
青い花びらの真ん中から、細い棒が一本、出てきた。お花の雌蕊(めしべ)みたいだ。
天辺には、小さなお面が付いている。
いつものピエロの顔だった。すごく小さいが、ちゃんと右半分が白く、左半分が青い。

かっ
小さな目から、光が放たれた。
ハンカチのスクリーンに、映像がくっきりと映し出される。
完璧だ。小さくとも、案内板としての性能は、同等らしい。

「じゃあ、こっち端は俺が持つな」
左端に座る陽が、ハンカチの端っこを摘まんだ。
マダム・チュウ+999が、ちょろちょろと真ん中の席へ移る。碧の膝の上で、もう片方を捧げ持った。

「でも、マダム・チュウ+999が大変なんじゃない?」
隣から気遣う桃に、
「うふふふふ、陽とアタシの共同作業よ~ん。すてき、すばらしいわあ」
オネエなネズミは、聞いていない。
踊り出さんばかりに浮かれている。

「よし、これでいこう」
碧が即決した。

『パ・ド・ドゥの最初は、男女二人が踊ります。アダージオといいます』

花の雌蕊に付いたミニチュアお面が、解説をする。
そうか、ここから音声が出ていたんだ。
納得しつつ、碧は胸元を眺めた。
便利だけど、目から光線が出ている姿は、ちょっと怪人っぽい。

『その後は、男性、女性の順に、ソロで踊ります。バリエーションといいます』

「じゃあ、今やってるのが、女性のバリエーション?」
『はい。その通りです』

確認している碧の両端で、桃と陽は、ただただ感心していた。
ハンカチの映像と舞台を、代わる代わる見ている。

正確なステップ。美しいポーズ。軽々とこなす跳躍。
その全てが、極限まで研ぎ澄まされている。

さすがは、国際的に活躍しているプリンシパルだった。
積み重ねてきた練習の中で、磨き続け、ついに光沢を放つまでに至った、珠玉の踊りだ。

バリエーションが終わった。
ひときわ大きな歓声が、劇場に響き渡る。

『最後に、また男女で踊ります。これはコーダといいます。ラストに相応(ふさわ)しく、華麗なテクニックが披露され、盛り上がる踊りになります』

確かに、わくわくするような音楽が始まった。
王子が、軽々と舞台の上を回る。
跳躍が、高い。羽でも生えているみたいだ。

続いて、金平糖の精も回り出した。
「すごいなあ、あれ」
陽が、思わず感嘆した。
「なんで目が回らないんだろうなあ?」
情緒の欠片もない感想だ。

「きれい……」
桃が、無意識に兄をスルーして呟いた。

うわあぁ……っ
舞台奥の壁スクリーンからも、どよめきが広がる。
すばらしい!
なんて見事な踊りだ!

様々な言語で、賞賛が紡がれる。
大勢の声が、劇場を揺るがしていく。

がたり
がたり

「なんだ?」
陽が、いち早く気付いた。
本来の、客席側からだ。
無人なのに、何かが音を立てている。

がたり!
赤い布張りの椅子が、飛び上がった。

間仕切り線

読んで下さって、有難うございます! 以下のサイトあてに感想・評価・スキなどをお寄せ頂けましたら、とても嬉しいです。

ロゴ画像からサイトの著者ページへと移動します

ランキングサイトにも参加しています。
クリックすると応援になります。どうぞよろしくおいします↓

小説全ての目次ページへ

免責事項・著作権について リンクについて