ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

13.住人(じゅうにん)(1)

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13.住人じゅうにん(1)

「え? どういうこと? いなくなっちゃったの?」
(あおい)が、()頓狂(とんきょう)(こえ)をあげた。
まるで手品(てじな)だ。プリンシパルの姿(すがた)()えて、()わりに電球(でんきゅう)だけが(のこ)されている。

『ご質問(しつもん)意味(いみ)が、()かりませんでした。もう一度(いちど)(くわ)しく、明確(めいかく)にお()()わせ(くだ)さい』
案内板(あんないばん)は、綺麗(きれい)(こえ)(きび)しいことを()う。

だが、()わりに(こた)えた(こえ)があった。
胡蝶(こちょう)門出(かどで)(むか)えるとき、その姿(すがた)は、あんなふうに()わるのさ」

バリトンボイスよりも(ひく)い。こんな(こえ)()(ぬし)は、ただ一人(ひとり)、いや一匹(いっぴき)だ。

「ド・ジョー!」
三人(さんにん)合唱(がっしょう)した。
椅子(いす)から()()がったタイミングまで、みごとに同時(どうじ)だ。

「ちょっとお、(あおい)ったら」
ころころと(ひざ)から(ころ)()ちたピンクネズミが、(うら)めしそうに見上(みあ)げてくる。

「あ~、ごめんごめん」
(あやま)(あおい)は、なんだか(かる)い。
(もも)は、(あわ)ててネズミを(すく)()げると、椅子(いす)腰掛(こしか)けてドレスの(ひざ)()せた。
「マダム・チュウ+999、大丈夫(だいじょうぶ)?」

「あー……、大丈夫(だいじょうぶ)()まってるぜ、お(じょう)ちゃん。そいつはな、富士(ふじ)山頂(さんちょう)から(ころ)()ちたって、けろっとしてる(やつ)だ」
(みず)(たま)()っかったド・ジョーは、()()った。
皮肉(ひにく)()(ぐさ)だが、いつものキレがない。
かなり(つか)れている様子(ようす)だ。

()っている水球(すいきゅう)は、(はじ)めて()()(もの)だった。
(あか)(あお)(みどり)様々(さまざま)原色(げんしょく)が、くるくると(たま)(なか)(まわ)っている。
カラフルなバレーボールみたいだ。

曲芸(きょくげい)よろしく(たま)直立(ちょくりつ)したドジョウは、ピンクネズミに()かって()()てた。

「おら、仕事(しごと)だぜ、ネズミの(おく)さんよ。(おれ)ばっかり(いそが)しいんじゃ、かなわねえ。お(まえ)さんもキリキリ(はげ)め」

「いやあね~、わかってるわよん。じゃ、ちょっと()ってくるわね」
マダム・チュウ+999は、(もも)のドレスから自発的(じはつてき)(すべ)()ちた。

ちょろちょろ
桟敷席(さじきせき)のバルコニーを(つた)って、(した)()りていく。
(すべ)(ぼう)出動(しゅつどう)する消防士(しょうぼうし)(おな)じくらい、果敢(かかん)でスピーディーだ。

「ド・ジョー、大丈夫(だいじょうぶ)? やっぱり(いそが)しい?」
(あおい)が、()()がったまま()いかけた。
水製(みずせい)燕尾服(えんびふく)は、もう、よれよれだ。

「そりゃあなあ。花束(はなたば)(うたげ)にエントリーするのは、自由(じゆう)だがな。こちとら、全部(ぜんぶ)演目(えんもく)指揮(しき)しなきゃならないんだぜ」
ちょいちょい
(むね)ビレで椅子(いす)()(しめ)して、(あおい)(よう)(うなが)す。
「まあ、(すわ)れや」

素直(すなお)(こし)()ろしながら、(あおい)(くび)(かし)げた。
「ってことは。この地宮(ちきゅう)には、劇場(げきじょう)がいくつもあるわけ?」
それならば、ここ(ひと)つだけでは、とても()りないだろう。

「いや、劇場(げきじょう)は、この(ひと)つだけだ。時間(じかん)がな、いくつもの(なが)れに()ける。一本(いっぽん)のサキイカを、(いと)みたいに(こま)かく()くみたいに。(おれ)は、その(すべ)ての(なが)れの音楽(おんがく)(あやつ)っているのさ」

(むずか)しい。よく()からない。
三ツ矢(みつや)兄妹(きょうだい)は、(そろ)って(くび)をひねっている。
(あおい)眉間(みけん)にも、シワが()っていた。一生懸命(いっしょうけんめい)(かんが)えている様子(ようす)だ。

そんな()ども(たち)(まえ)にして、金色(きんいろ)のドジョウは(すこ)苦笑(くしょう)した。
素直(すなお)()たちだ。自分(じぶん)のプライドのために、()かったふりなんてしないのだな。

こっちが直球(ちょっきゅう)()げれば、きちんと()()めようとする。
たとえそれが、(ごう)速球(そっきゅう)だとしてもだ。

「ま、そんな大層(たいそう)なもんじゃねえよ。沢山(たくさん)人間(にんげん)が、同時(どうじ)(おな)場所(ばしょ)(ゆめ)()ているようなもんだ」

(よう)は、あっさりと納得(なっとく)した。
「そうかあ。それじゃ、ド・ジョーも大変(たいへん)だろ。(からだ)(いく)つあっても()りないよなあ」
大丈夫(だいじょうぶ)?」
(もも)気遣(きづか)う。

ただ一人(ひとり)(あおい)(かんが)(つづ)けていた。
ふっと(かお)()げて、ぽつりと(たず)ねた。
「じゃ、ド・ジョーも沢山(たくさん)になるの?」

ぎょっとした表情(ひょうじょう)は、一瞬(いっしゅん)だった。
「いい質問(しつもん)だ、(あおい)
自然(しぜん)口角(こうかく)()がってしまう。

いいぞ、こいつも。納得(なっとく)できるまで、きちんと自分(じぶん)(あたま)(かんが)えようとする。

ニヤリとした()みを()かべながら、ド・ジョーは続投(ぞくとう)することに()めた。
何本(なんぼん)()えているヒゲが、ひょこひょこと(うごめ)く。(なが)()る、(ひく)い、(ひく)(こえ)()わせて。

(おれ)はな、この地宮(ちきゅう)住人(じゅうにん)だ。人間(にんげん)がみる『(ゆめ)世界(せかい)』にいる。マダム・チュウ+999も、マッチョ・スワンズもそうだ」

オーロラの地宮(ちきゅう)。それは、人間(にんげん)の、クラシックバレエを(あい)する(ゆめ)(つく)()した時空(じくう)

俺達(おれたち)正体(しょうたい)は、本物(ほんもの)のドジョウや、ネズミや、白鳥(はくちょう)なんかじゃない。俺達(おれたち)住人(じゅうにん)は、大多数(だいたすう)人間(にんげん)()く『観念(かんねん)』だ。イデアの具象化(ぐしょうか)であり、表象(ひょうしょう)だ」

難易度(なんいど)飛躍的(ひやくてき)()がった。
中学(ちゅうがく)進学(しんがく)(じゅく)難関(なんかん)コースレベルだ。
(かんが)えようとしても、そもそも(あたま)(はい)っていかない。

「ごめん! ひとつも()からなかった」
(よう)は、一秒(いちびょう)(こう)(さん)した。
(わたし)も」
(もも)も、お手上(てあ)げだ。

(あおい)ですら、白旗(しろはた)()りたくなっていた。
どうしよう。

ド・ジョーは、まっすぐに、こっちを()ている。
表情(ひょうじょう)からは、いつものニヒルさが()()えていた。
こんなに真剣(しんけん)口調(くちょう)も、これまでに()いたことがない。

(つた)えたい、大事(だいじ)なことなんだ。
()どもだからって手加減(てかげん)せずに、()ってくれた。だから、あんな(むずか)しい()(ほう)になった。
それなのに。

「ド・ジョー、(おれ)も……なんとなくしか……。ううん、(ちが)う。(おれ)も、よく()からない」
(あおい)が、(うつむ)いた。
(うそ)なんか、つけない。ごまかしたくもない。
(あやま)るしか、できない。
「ごめん」

「ん、そうか」
ド・ジョーが、(かる)相槌(あいづち)()った。

(よう)も、ぼんくらではない。(もも)だって、そうだ。
(あおい)とド・ジョーのやりとりで、(さと)った。
これ、すごく、大切(たいせつ)なことだったんだ……。

()ども(たち)は、全員(ぜんいん)(しず)まり(かえ)ってしまった。
無言(むごん)で、(ふか)()()んでいる。
葬式(そうしき)もかくやといった風情(ふぜい)だ。

(ちゅう)()かぶ水球(すいきゅう)(うえ)から、(ちい)さな魚体(ぎょたい)は、その様子(ようす)見守(みまも)っていた。
(うつむ)いている(あおい)(たち)は、気付(きづ)かない。
その眼差(まなざ)しが、とても(やさ)しいことに。

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