ダンジョンズA〔3〕嘆きの湖(裏メニュー)

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ぺたんと、みかげはベッドに腰を下ろした。
再び、ピエロのお面に顔を当ててみる。
また見えた。やっぱり同じだ。

チュチュを着た自分は、鏡の縁に付いたお面に手を触れた。色が分かれている、ちょうど真ん中の辺りだ。
そして、すっと左側に指を払った。

さあっ……
お面の色が、白一色に塗り替わった。
まるで、スライドさせたみたいに。

ぱっ
唐突に、映像が変わった。
自分が立っている。
今度は、普段着だ。
周りには、背もたれの無いソファーが、いくつも並んでいた。何かの待合室みたいだ。

待って!
目の前にあるのは、西センターの電子案内板。
デジタルサイネージだわ!

みかげは、息を呑んだ。
お面を顔から外す。
そして、思わず話しかけていた。
「行けるの? あの世界に」

ピエロが微笑んでいる。

みかげは、頭の中で映像を(はん)(すう)した。
さっきのは、「帰り方」というわけだろう。
だったら。
「行き方を教えて。お願い。私、あそこに行ってみたい」
みかげは、ベッドから立ち上がった。
どうしようもないほど、気持ちが(はや)った。

お面を顔に当てた。
だが、何も映らない。こんなの初めてだ。
ありきたりのお面のように、両目の穴からは、自分の部屋しか見えない。
どうして?

「お願い!」
みかげは、うろうろと室内を歩き回った。
お面を外しては、それに向かって(こん)(がん)し、また付ける。

パステルカラーで揃えた可愛らしい部屋なのに、お嬢様がやってることは、ほとんど怪しげな儀式だ。

行きたい。映って。お願い。

ざあああっ……
突然。風が、みかげの長い髪を(なび)かせた。
(かざ)したお面の内側から、冷気が噴き出してきたのだ。

見える!
映し出された。
そして、何もかも、一発で分かった。

そう。「これ」が鍵だったのね。
こうすれば、私は、この夢の世界に行くことができる。
すてき。なんて、すてきなの。
あそこで、踊れるなんて。

そう……。
最初は、確かに、そう思っていたのだ。
でも、今は違う。
踊るのが楽しいって、もう思えない。

ブンッ
休日診療所の待合室で、デジタルサイネージが起動音を立てた。

センサーが、前に立った少女を認識したのだ。
画面を縁どっている桜の花びらに、ピンク色の明かりが灯る。

画面右下に、キツネのお面。
案内役を務める、区のキャラクターだ。

『館内のご案内を致します。ご希望の階をタッチして下さい。音声によるご案内をご希望の場合は、』
可愛い声が、途中で、ぶった切られた。
みかげの指が、画面を操作したせいだ。

メニュー → 問合せ方法 → 文字入力

画面に、五十音とアルファベット、数字のキーが表示される。
みかげの細い指が、迷いなく画面を走った。

AARROU
『エイ・エイ・アール・アール・オウ・ユー』
読み上げてから、キツネのお面が答えた。
『該当のサービスは、ありません』

構わずに、また入力する。
AURROA
『エイ・ユー・アール・アール・オー・エイ……該当のサービスは、ありません』

もう一度。
AURRAO
『エイ・ユー・アール・アール・エイ・オー……該当のサービスは、ありません』

わざと、三回、間違えるのだ。
正しく入力するのは、その後でなければいけない。

AUROR……
みかげの指が、一瞬止まった。
そして最後は、


『エイ・ユー・アール・オー・アール・エイ……』
キツネの声が、止まった。
動いていた口も、笑顔のまま凍り付いている。

不具合だろうか。
だが、音声だけが、電子案内板から流れ出た。
案内ギツネとは違う声。
アナウンサーのように綺麗で、明瞭な発音。

『オーロラ』

それが合図だった。

カッ
電子案内板の画面が、まばゆい光を放った。
文字入力画面が、消し飛んだ。
代わりに、無数の桜の花びらが、画面に広がったのだ。
薄ピンク色だが、画像の輝きが強すぎて、ほとんど白に見えている。

スクリーンを飾る桜の縁飾りには、さっきまで、ピンク色の稼働ライトが灯っていた筈だ。
そっちの明かりは、消えている。

みかげは、左手に持ったお面を顔に付けた。
耳に掛ける紐は、後から自分で取り付けたものだ。

ざああっ……

この時、いつも感じるのは、冷たい風。
そして、ひたりと、お面が顔に吸い付く感触。

ぱあぁっ

画面の光が、変わった。
映し出された白い桜の花びらが、青く染まっていく。
全部ではない。いつも、ちょうど半分だ。
画面の右半分が白、左半分が青。

え?
半分じゃない。
4分の3くらいが、青だ。

みかげは、お面の下で驚いた顔をした。
くり抜かれた目の穴から、画面が見えている。

なんで、いつもと違うのかしら。
よく分からない。

まあ、そもそも、分からないことだらけだ。
構わず、お面を被ったみかげは、電子案内板の画面に触れた。
人差し指を、ゆっくりと右へ動かす。

ざああぁっ……
青が、白の領域を塗り潰していった。
今日は、最初から残りわずかだったから、あっという間だ。

スクリーンは、一面、青色になった。
青い花びらの海だ。
じっと見つめていると、それは、くちゃくちゃに丸まりだした。
形を作る。数字だ。

10
埋もれて消えた。
また浮かび上がる。違う形になって。


みかげは、突っ立ったまま、画面を見つめ続けた。
顔に着けたお面は、特に変わりはない。
青と白、半々に塗り分けられた顔は、赤い口で、ずっと笑っている。





もうすぐ。もうすぐだわ。




みかげの体は、ゆらゆらと揺れていた。
どんどん、意識が(かす)んでいく。
もう立っていられない。

みかげは、後ずさりして、どさりとベンチに腰掛けた。
それでも、画面を見続ける。




(まぶた)が、勝手にシャッターを下ろした。

ふっ
上体が傾いだ。ゆっくりと倒れこんだ体を、ベンチの座面が受け止めた。

どさり

衝撃で、ピエロのお面が剥がれ落ちた。
ころころと、床を転げていく。
現れたみかげの顔も、微笑を浮かべていた。

私、こっちの世界で待ってるわ。
今日は、迎えに行くわね。
そして、ずっと一緒にいましょう。
ねえ、暁……。
大丈夫よ。やりかたは、全部、教えてもらったもの。

画面には、何の映像も映し出されていない。
電子案内板は、待合室のベンチに横たわる少女を、ただ青白く照らし出していた。

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