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14.回し車(1)
やることがない。
暁と陽は、壁際に追いやられた形で、突っ立っていた。
二人とも手伝う気はあるのだが、誰からも声が掛からない。無言の戦力外通告だ。
裁縫部屋には、ペラペラ人間が犇めいていた。
それぞれ、がんがん、お仕事中だ。
碧も、次々と飛ばされる指示を、黙々とこなしている。色々と諦めたらしい。
その間から、ピンクネズミが飛び出してきた。
「ちょっと、ごめんあそばせ!」
「うわっ」
声を上げた陽の足元に、マダム・チュウ+999がスライディングした。
壁面に作りつけられたトンネルに入ったのだ。
そうだ。この壁面は、素材棚になってるんだった。
前に立っていたら、邪魔になってしまう。
陽と暁は、慌てて壁から離れた。
壁面に巡らされた移動用トンネルを、ピンク色の毛玉が進んで行く。
透明チューブ製だから、一目瞭然だ。
かくん かくん
あみだクジを下から辿っていく動きだ。
ひょこっと、ピンクネズミの頭が、トンネルに空いた穴から出てきた。
ちょろちょろ、のれん式のガラス扉をくぐって入る。
壁面に幾つも作りつけられた、小さな収納庫の入り口なのだ。
「あったわん!」
マダム・チュウ+999の声が、中から響いた。ガラス扉が、内側から跳ね上がる。
しゃっ
ピンクの四肢が広がって、宙を飛んだ。
モモンガ、顔負けだ。弧を描いて、しゅたっと床に着地する。
「碧! この糸巻を、ミシンにいるみかげに渡して頂戴」
ピンクの体の脇から、ピンクの糸巻が取り出された。またもや、保護色状態だ。
「あー、はいはい」
さっさと、碧が言われた通りにする。
ばびゅん
マダム・チュウ+999は、再び駆け出した。
一直線に、向かい側の壁面に向かう。
そっちも、同じ作りの収納棚だった。
カラフルなガラス扉が、壁を埋め尽くしている。
すりガラスに描かれた収納物のイラストは、バリエーション豊かだ。
なんて沢山の小物があるんだろう。
かくかく かくかく しゃっ ばびゅん
速い。ピンクの残像しか見えない。
両側の壁を行ったり来たりしている模様だ。
「あれ?」
暁が、目をこすった。
なんだか、マダム・チュウ+999まで、複数いるように見えてきた。
「忙しそうだなあ」
陽が、裁縫部屋の面々を見渡して言う。
案内板のお面まで、忙しそうだ。
「今の、もう一度、巻き戻して」
「ここ確認したい。停止して」
「ここは分かるから、早送りして」
鏡の前で、三人のみかげが、ばらばらに要望を述べていた。
鏡面は三分割されて、別々の動画が再生されている。
鏡の縁に付いた案内板は、ただ一つきりで対応しているのだ。
暁は心配になった。
「案内板さん、目が回ったりしないかな」
「う~ん、外見じゃ分からないよなあ」
なにしろ、案内板さんは、お面なのだ。
どんな時でも、口は、赤く弧を描いて笑っている。
白と青、真っ二つに塗り分けられた顔は、フランス国旗の配色になっている。
三色のトリコロールは、相変わらず鮮やかだ。
特に変わった様子は、見受けられない。
案内板が起動中だからだろう。鏡を縁どる蔓バラの意匠は、緑と深紅に彩色されていた。
まるで、ピエロの顔が、本物の蔓バラに埋もれているように見える。
「暁、ちょっとどいて。トルソーの横に行って」
みかげの一人が、ペラペラ近づいて命じた。
「あ、ごめんね。ここも邪魔だった?」
暁は、素直に移動した。
トルソー?
フィルムの手が指さしているのは、胴体だけのマネキンだ。これのことか。
「へえ、洋裁用なの? これ」
初めて見た。頭や足が付いていない。
布製ボディの部分だけが、木で出来た一本足で立っている。から傘お化けっぽい。
物珍しそうな暁に、みかげが鋭い目を向けた。
トルソーに並んだ暁の体を、ボディに入った赤いラインと、素早く見比べる。
うん。ほぼ、ジャストサイズだ。
ウエストは、ちょっとだけ大きめ。
バストは、ちょうど同じくらいね。
みかげが、もう一人やって来た。
制作途中のチュチュを、トルソーに纏わせる。
もう、かなり出来上がっていた。
体を裂いて、無理やり人手を増やした成果だ。
「わあ! みかげちゃん、あの布で、こんなものが作れるんだ。すごいね」
変な感心の仕方をしている暁を、そのみかげも、ちらちらと見ていた。
あ、腕は、結構、逞しいかも。
腕飾りは、少し大きくした方がよさそうだわ。
「綺麗だなあ」
陽も、近寄って来た。
大きな図体が、トルソーと暁に被さる。
「「「「じゃま!」」」」
みかげ達から、同時に声が飛んだ。
「ああ、ごめん」
陽も、素直に謝った。
「ええと、どこなら邪魔じゃないんだ?」
部屋を見渡していると、暁が提案してきた。
「あそこは?」
鏡の隣だ。
その前には、みかげ達が鈴なりだが、隣は空いている。
壁は収納になっていないし、うってつけだ。
「でも何だ、これ?」
陽が、首を傾げながら近づいた。
確かに、一目見ただけじゃ、何だかよく分からない。
だだっ広い盥みたいな代物が、木の壁に打ち付けられているのだ。
暁も、興味津々で寄って行く。
みかげ達は、揃って舌打ちでもしそうな表情を浮かべた。
もうちょっと、確かめたかったのに……。
だが、当の本人は、まったく気付いていなかった。
ちょろちょろと壁のオブジェを眺めまわしたあげく、丸い縁に手を触れてみた。
ゆらゆら
左右に揺れた。ブランコみたいだ。
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