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14.替え玉(1)
ブー
劇場に、ブザーが鳴り響いた。
『次の演目に移ります』
碧の胸元に挿した花もどきが、告げる。
花びらの間から、ピエロのミニチュアお面が顔を覗かせていた。
両目からは、光線が放たれている。
映写モード、続行中だ。
ガタガタガタッ
胡蝶の花道を形作っていた椅子が、一気に崩れた。
一脚一脚、宙を飛んで、戻っていく。
それぞれ、自分の場所を記憶しているのか、どれも迷うことは無い。
あっという間に、びしっと整列した。
まさに、魔法のようなスピードだ。
原状回復のさなか。ロージュの小部屋には、野太い声の主たちが乱入してきた。
「おら、仕事にいくぜ!」
「押忍!!!」
マッチョ・スワンズだ。
筋肉一郎、二郎、三郎、四郎五郎マッスル左衛門の順番で、四羽。
リーダーの掛け声とともに、一列縦隊で、どやどや入ってくる。
とたんに部屋は満杯だ。
ばさっ……
先頭の白鳥が、羽ばたいた。
バルコニーに乗っかり、そこから客席へダイブしていく。
後ろも、次々と続いた。
びゃんびゃん
劇場内に、風が巻き起こる。
なにしろ、筋肉一家は、でかい。
三羽の白鳥と一羽の黒鳥が飛び廻ると、ほとんどミニサイズの台風である。
きらり
時折、瞳を煌めかせて、マッチョ・スワンズは急降下する。
ステージの床を掠めていく。かと思うと、客席の合間をついばむ。
そして、また上昇する。
「なにしてるの、あれ?」
指を指して問いかけた碧に、三者が同時に返答した。
ド・ジョー。マダム・チュウ+999。案内板だ。
「掃除だ」
「掃除よん」
『掃除です』
「よーし! 完了だ。撤収!」
リーダーの筋肉一郎が、上空からメンバーに告げる。
「押忍!!!」
ばさばさばさっ
帰ってきた。バルコニーに、順番に飛び込んでくる。
『ジゼル 第1幕より、ジゼルのヴァリエーションが始まります。エントリーは、ジゼル、加羅みかげ』
いよいよだ。
碧は、椅子から立ち上がった。
ロージュから出て行こうとするスワン達を呼び止める。
「ちょっと待って。ここにいて。みかげが出てきたら、捕まえて暁の居場所を吐かせるから」
そうだ。エントリーなんて、知ったこっちゃない。
ステージに乗り込んでやる。
暁を攫っておいて、のうのうと自分はコンテストに参加するつもりか?
陽の顔からも、標準装備の微笑が消えていた。
『3』の首輪をした白鳥に近づき、口早に問いかける。
「三郎、俺を乗せて、ここから飛べそうか?」
巨大な白鳥の頸が、うにょんと曲がった。
首を捻って考えたらしい。
「うーん。すまないが、厳しそうだ。助走ができないからな」
陽は重い。そして、このロージュは、そう高いところに設置されているわけではない。
足掻いて羽ばたく間もなく、すとん、と落っこちるだろう。
「そうかあ。じゃあ、自力で降りるか」
『天井をご覧下さい。登場です』
「おっと、出番だ。俺は、いったん戻るぜ。また合間をみて来るからな」
ボックス席は、一気に忙しなくなった。
カラフルな水球で飛んで戻ろうとするド・ジョーに、碧が慌てて頼む。
「あ、ド・ジョー! スクリーン、そのままにしていって!」
「おうよ! じゃあな!」
「あらん、じゃあ、もうアタシの出番はないのね。残念だわあ」
マダム・チュウ+999は、ちゃっかりと桃の膝に戻っていた。
映写に使っていたハンカチを畳みながら、陽に流し目を送る。
ピンク色の小さなハートが連射されているような視線だ。
だが、タキシードを身に纏った小学6年生は、それどころではない。
バルコニーに手をかけ、乗り出して下を確かめている。
「うん。なんとか降りられそうだなあ」
その格好で、伝って降りる気まんまんだ。
「俺も行く」
碧が自らアクションを申し出るのは、非常にに珍しい。明日は、きっと大雨だ。
桃が、バルコニーに並んだ二人に、そっと近づいた。
ちょん、と碧のタキシードの後ろを引っ張っると、小さな声で伝える。
「碧、天井の絵が、変わってる」
みんな、並んで天井を見上げた。
今度は、女性の絵。ジゼルだ。
無数の蝶が織りなすモザイク画は、演目ごとに変わる仕組みらしい。
オーケストラボックスから、華やかな音色がこぼれ出した。
ド・ジョーは、猛スピードで戻った様子だ。
泉に浮かぶ楽器たちが、水柱に乗っかって、嬉し気に上下している。
ばさあぁっ……!
天井画から、蝶の群れが飛び立った。
さっきと同じだ。極彩色の雲になって、ステージに伸びていく。
辿り着いた数羽が、人の形を取り始めた。
「みかげは最後に飛んで来るのかな」
「いや。みかげは、既に囚人だ。もう、蝶の姿を取ることができない」
碧に異議を唱えた者がいた。『2』の首輪をした白鳥だ。
「天井からは現れないだろう。名花の坑道は、胡蝶でなければ通れぬ道だ」
年輪を重ねた、落ち着いた声だ。
二郎の冷静な言葉を聞いて、碧も腹が座ってくる。
「じゃあ、他の方法で登場するんだな。陽、俺達はとにかくステージに行こう。先に降りて。真似していくから」
碧は、ロージュに揃った面々を見回した。
小部屋は、もう、みっちりだ。
「一、二、三郎さんは、客席に降りて。俺達を手助けして欲しい。四郎五郎マッスル左衛門さんは、桃ちゃんと一緒に、ここで待機」
さくさくと指示する。
遠慮なんかしている場合じゃない。
時間が無いのだ。
「マダム・チュウ+999は、どうする?」
尋ねた碧に、ピンク色のネズミは首を傾げた。
「そうねえ。アタシは、とりあえずここで状況を見て、それに応じて動くわ。それでどう?」
遊軍ということか。
碧は頷いた。
舞台装置も出そろった。ステージは、村の風景に変わっている。
配置された演者たちの背中は、みな、ぴくりとも動かない。
待っているのだ。主役の登場を。
「よし、行こう」
碧が号令をかけた。
その時だった。
「暁?!」
居残り組三人の声が、重なった。



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