ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

14.替え玉(2)裏メニュー

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14.替え玉(2)

マダム・チュウ+999の小さな手と、黒鳥の羽が、舞台を指さしている。
桃が指さしているのは、浮かんだスクリーンの方だ。

びっくりして振り向いた陽と碧も、それぞれ違う方を見た。陽は舞台、碧は画面の方だ。

だが、同時に、同じ名を口にした。
「暁!」

見間違えるわけはない。
いくら、見たことが無い恰好をしていようとも。

愛らしく膨らんだ袖に、胴を飾るクロスしたリボン。ふんわりと広がるスカートは、暁が死んだって着ない類の衣服だ。

可憐な村娘の衣裳を身に着けた暁が、そこにいた。
舞台の袖から、小走りで登場してきたのだ。

『止まりなさい、そこで』

音楽が、主役を迎えて派手に盛り上がる。

『踊るのよ。ここで。いま』
その声は、みかげだった。
だが、聞こえているのは、命ぜられた者だけ。

……踊る? うん。踊るのね……。

ぱあぁっ
ポアントが、暁の足に一瞬で現れた。
手品なら、第一級のトリックだ。
皮膚から浮かび上がってきたようにしか見えなかった。

だが、誰も気付いていない。
そもそも、裸足で登場してきたことすら悟られないまま、ジゼルのマイムが始まった。

脇役たちも動き出す。
すごいわ、ジゼル。がんばってね、ジゼル。
大公の前で、踊りを披露するなんて。
なんと栄誉なことでしょう。

身振りでそう告げるのは、友達の村娘だろうか。
母親役だけは、心配そうな表情を浮かべて、娘に取りすがる。

大丈夫よ。心配ないわ。
笑顔で伝えると、ジゼルは御前に進んだ。

そして、踊り始めた。

「……なにやってるんだ、あいつ」
呆然と、碧が呟く。

「無事でよかったなあ」
陽が、胸をなでおろす。

碧は、安堵するより、気が抜けていくのを感じていた。
なんだ、この元気いっぱい、溌剌としたステップは。
しかも、とんでもなく上手い。

「でも、どうして踊ってるんだ、碧?」
「いや、俺だって聞きたいよ」
「すごいなあ。暁って、バレエできたんだなあ」
陽は、ひたすら感心して見入っている。

桃も同様だった。いや、兄以上だ。
まるで魅入られたかのように、スクリーンを見つめていた。
ほっぺが、ぽうっと赤く染まっている。
「きれい、暁……、すてき」

「いやいやいや、ちょっと待って、二人とも。冷静になってよ。暁がバレエなんか習ってるわけないだろ」

そうだ。最初に、この地宮(ちきゅう)に来た時と、同じなんだ。

「脚をクローズアップして」
碧が、胸元に向かって素早く指示した。
案内板の反応も早い。暁のポアントを履いた脚が、スクリーンに映し出される。

光っている。やっぱり。
あの、おなじみの青白い光だ。

「これって……」
桃が、すうっと真顔に戻る。
すぐに答えが分かったようだ。

陽も理解が早かった。
「オーロラ、だよなあ」

どこにいるかは分からない。変幻自在の地宮の主だ。
「そう。オーロラが、力を与えているんだよ。前もそうだったんだ」

種明かしをしてしまえば、なんということはない。

「ほんと、またぞろ、傍迷惑よねえ」
マダム・チュウ+999が、嘆いた。
マッチョスワンズの頸も、揃って、こくりと動く。
自分のところのトップに対して、厳しい住人たちだ。

だが、なんと強大な力だろう。
跳躍も、回転も、非の打ち所がない。
踊る暁は、愛らしい村娘そのものだ。

舞台の端に座っていた一人の男が、投げキスを寄越した。
初々しい微笑みを浮かべながらも、暁がキスを投げ返す。
相思相愛の者同士が交わす愛情表現だ。

「……誰だあ、あいつは?」
思わず、陽が間の抜けた声をあげた。

暁の正体は、空手で回し蹴りを決める小学5年女子だ。
その真実を知る者が、あっけに取られても仕方が無いだろう。

スクリーンに映る少女からは、瑞々しい感情が溢れ出ている。
あなたに恋しています、と。

「あのジゼル役をしている暁が投げキッスを送った相手の男は誰だ?」
すかさず、碧が言い直した。
ほとんど早口言葉だ。案内板が、曖昧な陽の質問にダメ出しを入れる暇もなかった。

はたして、胸元から、正確で詳しい回答が流れてきた。
『アルブレヒト公です。ジゼルの前では、貴族の身分を隠して、ロイスと名乗っています。婚約者がいますが、村娘のジゼルと恋仲になっています』

「……最低」
桃が、短く感想を述べた。ばっさりだ。

ジゼルは、片足立ちのまま、小刻みに舞い進んでみせた。
ほとんどアクロバットだ。なんで、そんなことができるのか、まったく分からない。

わああっ……
舞台奥の壁に映った数多の観客から、歓声が上がった。
大人しく並んでいた椅子が、がたがたと震え始める。

がたり!
とうとう、飛び上がった。
『観客からの評価が、一定数を超えました』

「あらん、もう? すごいわねえ」
マダム・チュウ+999ですら、感心する。
すごいのは、暁ではなく、オーロラの力なのだが。

『ちなみに、先ほどのご質問に、一か所、間違いがありました。ご指摘致します』

思いがけないダメ出しがきた。

『ジゼル役は、加羅みかげです。暁ではありません』

へ?
ロージュの小部屋に集った面々は、全員同じ顔をした。

陽が、舞台を指さす。
「いや、あれは暁だよ?」

碧の胸元に挿した花もどきは、譲らない。
『エントリーは、加羅みかげとなっています』

がたり! がたり!
花道を構築すべく、どんどん積み上がる椅子。
うわあぁぁ……っ!
途切れず響く、観客の歓声。
そして、称える声、声、声……。

すばらしい!
加羅みかげというのか。
こんな才能が埋もれていたとは。
加羅みかげ!
最高のプリンシパルだ!

「ちがう。暁よ。暁なのに……」
桃が首を振る。

「……そうか、分かった。これが狙いだったんだ」
碧が唸った。

自分の名前でエントリーし、代わりに暁を出演させる。オーロラが、勝手に助力するのを見越して。
つまりは。

「みかげは、暁を、自分の替え玉に仕立てるつもりだったんだ」

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