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15.かしまし雀(1)
「あれ? この部屋、なんだか暖かい?」
半袖で、ちょうどいいかも。長袖のカットソーだと、ちょっと暑く感じるほどだ。
ついて来たピエロのお面が、すかさず案内を始めた。
『箪笥部屋は、着替えや衣裳の管理のため、室温ならびに湿度を適正に保つよう、工夫されています。天井をご覧下さい』
暁は、言われた通り見上げてみた。
小さな木製の扇風機が、お行儀よく並んで付いている。
花びらみたいな羽が、揃って、ゆったりと回っていた。
『天上のお花畑、と呼ばれています。ヘブンズ フラワー ガーデン』
「天井」と「天上」を掛けているらしい。
ぽうっ
羽の中心は、優し気に光っていた。橙色の、暖かそうな灯りだ。
『花芯から生み出された暖かい空気を、花びらが攪拌するように出来ています』
「ふう~ん」
暁は、見上げたまま感心した。
シーリングファンってわけかあ。
だが、そろそろ首が痛くなってきた。
あ、ちょうどいいものがある。
暁は、すたすた、部屋の真ん中まで進んだ。
背もたれのないソファーが、一つ置いてある。
すぽんとした切り株の形だ。
暁は、躊躇なく、ぽすんと腰を掛けた。
意外だ。柔らかすぎない、ほどよい硬さだ。
そのまま、ぱたんと引っくり返った。
余裕の大きさである。暁の上半身よりも、ソファーの直径の方が長い。
くすくす
暁は、思わず笑みを零した。
本当に、切り株みたいだ。焦げ茶色だし。
深緑の絨毯は、野原に見えてくる。
『この部屋は、中央の試着スペースを挟んで、左右に間仕切りされています』
案内板の声が、上から降ってくる。
暁は、寝っ転がったまま、左右に首を傾けた。
間仕切りの壁は、両側とも木で出来ていた。
なぜか、あちこち、壁面がボコボコ盛り上がっている。
そこに、アーチ型の入り口が、いくつも刳り貫かれていた。
『入り口の先は、小部屋になっています。そこに、衣裳が収納されています。役柄ごとに分けられているため、各小部屋は役名で呼ばれています。ジゼルの部屋、オデットの部屋、などです』
「へえー」
暁は、ぱっと切り株ソファーから起き上がった。
壁に近づいて、入り口から覗き込んでみる。
室内には、色とりどりの衣装が、びっしり吊り下げられていた。すごい密度だ。
ひっくり返されて、スカート部分が花のように広がっているものもある。
お隣は?
入り込んで、暁は息を呑んだ。
がらりと違う。白の衣装ばっかりだ。
すっかり夢中になって、暁はダッシュで小部屋を覗いて回った。
赤が大部分だったり、黒一色だったり。
ふわりと丈の長いロマンティックチュチュに、スカートがボンと張り出したクラシックチュチュ。
デザインも色々だ。
真ん中の試着スペースに戻って、左右に居並ぶ入口を見渡すと、暁は少し不思議そうな顔になった。
木壁の入り口には、アーチに沿って、それぞれ文字が彫られている。
お部屋の名前だよね。
どうして、子どもが書いたような字体なんだろう。
それに、尖った何かで、突っついて彫ったみたい……。
「オデット……オディール、えーとジゼル? キトリかな、オーロラ……」
外国語なんて読めないけど、衣裳で、だいたい当たりをつけられる。
その程度にはバレエに詳しい暁だ。母親のお陰である。
『各小部屋の案内を希望しますか?』
ひゅん
ピエロのお面が、開きっぱなしのドアから箪笥部屋に飛び込んできた。
うわ、速い。気づかなかった、どこかに行っていたのかな。
「ううん、だいたい分かるから大丈夫」
返事をすると、またもや切り株ソファーにダイブする。
やっぱり、これ大好き。ふわふわした布張りの肌触りが、抜群だ。
ひとしきり、ごろごろ堪能していた暁だったが、ぴたりと止まった。
「ねえ、案内板さん?」
話しかけながら、身を起こす。
そして、ソファーに腰かけたまま、両手を後ろに着いて、両脚とも上げて見せた。
綺麗なV字だ。
かあっ……
青白い光が、辺りを照らした。
「なんか……足が光ってるんだけど、なんで?」
ジーンズの脹脛から運動靴までが、すっぽりと光に包まれている。
騒ぐでもなく、暁は脚をバタバタさせた。
ペンライトを交互に振っているような塩梅だ。
一拍、あった。
まさか呆れたわけではあるまい。だが、案内板にしては、返答に時間がかかった。
ピエロのお面は、ようやく、こう言った。
『オーロラです。こちらに来たようです』
「オーロラ? って誰? どこ?」
暁は、べかべか光る脚を気にせずに、立ち上がった。きょろきょろする。
誰も、いない。
自分と、宙に浮かぶお面だけだ。
『オーロラは、決まった姿をもっていません。ですが、思念の具象化として、年若い女性の姿で現れる場合が多くあります』
しねんのぐしょうか? としわかい女性?
暁は首を傾げた。難しい。碧がいたら、すぐ分かるだろうに。
ふと、奥の壁一面を占める鏡が、暁の視界に入った。
縁が、金の蔓バラだ。同じデザインだが、段違いに大きい。
それに、鏡面も真っ暗じゃない。普通に、前のものを映している。
「あ! あの、のっぺらぼうの子がオーロラなの?」
『違います』
「あれ? 違うんだ」
じゃあ、あれはなんだろう。
しゅうう……
「あ、消えてく」
両脚の光は、みるみる弱まっていくと、すっと消えた。
ちょっとだけ、ぴりぴり痺れている感じだ。
暁は、ほっと息をついた、次の瞬間。
ぶんっ
目の前に、何かが飛んできた。
「え? チュチュ?」
ピンク色の、かわいらしいチュチュだ。
なぜか、目の前に浮かんでいる。
透明のハンガーに吊り下げられたみたいに。
チュチュは、戸惑う暁を相手に、ずいずいと寄って来た。
体に宛てがう位置で、止まる。
すると。
チュン チュン
鳥のさえずりが、木の壁から聞こえてきた。
「えっ?」
両側からだ。
暁は、目を疑った。
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