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15.かしまし雀(2)
ぽこ ぽこ ぽこ ぽこ
固い木の壁から、泡が盛り上がってきた。
茶色い小さな玉になると、蠢きながら、一つ一つ、その姿を現していく。
鳥だ。
何羽もの茶色い鳥が、木の壁から生えている。
両側の壁に、勢揃いした。
みんなで、暁をじいっと見つめてくる。
「えっと、何これ?」
たじろいだ暁が、案内板に救いを求める。
だが、説明の音声は、凄まじい風の音に搔き消された。
びゅわーっ……
「うわ!」
ジゼルの部屋からは、純白のロマンチックチュチュ。
キトリの部屋からは、赤を基調とした派手なクラシックチュチュ。
次から次へと、飛び出してくる。
舞台衣装の群れだ。暴風を巻き起こしながら、暁に襲い掛かってくる。
いや、違う。
順繰りに、暁の体に宛がわれていくのだ。
チュンチュン チュンチュン
壁から生えた鳥も、大騒ぎだ。
その度に囃し立てた。
どうやら、鳴き声の大きさや調子が、その都度違う様子だ。
リーズの衣裳が、暁の体に押し付けられた。
素朴な村娘のチュチュである。
チュン……
木から浮き出た鳥たちは、不満そうに囀りを止めた。
クチュクチュ、隣同士で呟き合っている。
たいへん感じが悪い。
「だからなんなの? 案内板さん!」
たまらずに、暁が叫んだ。
『オーロラが、はしゃいでいます。暁に似合う衣裳を探しているそうです』
「そんなのいいから!」
暁は、次に来ようとする衣裳を手で避けながら、続けて聞いた。
「この鳥は、なに?」
『箪笥部屋に生息しています。かしまし雀と呼ばれています』
「かしまし?」
『姦しい、の意味です。うるさい、やかましい、とても耳障り』
チュンチュン チュンチュン!
「そうだね、ほんとに!」
びゃん!
ひときわ勢いよく、オーロラの部屋から、白いクラシックチュチュが飛んできた。
これでどうだ! と言わんばかりだ。
ボディ一面に、キラキラ光る金糸の刺繍が施されている。ゴージャス極まりない。
でも、暁は心底嫌そうな顔だ。
構わずに、ぐいぐい押し当ててくる。
チュンチュンチュンチュン!!!
かしまし雀も、大喝采だ。
どうやら、合格らしい。
「ちょっと待ってってば、もう!」
『では、陽の現在位置を確認しに行きます』
「えええ! この状況で? 待ってよ!」
『何か、お問い合わせがありましたか?』
「ないけど! あ、いや待って、あった!」
暁は、鏡の前を指さした。
試着後の試し用だろう。レッスンバーが置いてある。
ガルニエ宮の舞台袖に置いてあったのと同じ、一見、鉄棒に見える代物だ。
「これで前回りをしたら、また西センターのエントランスホールに帰れるの? 今度は、三人同時でやればいいのかな?」
『その可能性はあります』
よく分からない返答だ。
「う~ん」
目を伏せて考え込む暁に、勝手に衣装が宛がわれ、チュンチュン合唱が続行していく。
「……じゃ、帰れるってこと?」
暁は、顔を上げた。
既に、ピエロのお面は、いなかった。
「しまったあ!」
肝心なことを聞きそびれた。
「オーロラを止めるには、どうしたらいいの?!」
『陽を外廊下で確認しました』
もう驚かない。陽は、ひゅんと飛んできたピエロのお面に笑顔を向けた。
「ああ、ご苦労さま。暁は箪笥部屋にいる?」
『はい』
よかった。
別行動は避けたほうがいいのだが、どうしても鬼門なのだ。「女性用」は。
自分は、赤ちゃんの頃から、ずば抜けて大きかったそうだ。
母親は言う。
実際の年齢よりも、大きい子に見られちゃうでしょ。だから困ったものよ。
女性用のトイレとか女湯に連れていくと、「えっ?」って顔されちゃってねえ。
何となく覚えているのだ。
上から、じろじろと注がれる視線。
幼いなりに感じた、居心地の悪さ。
完全にトラウマだ。
だから、「女性用」と表記された場所には、足を踏み入れないと心を決めている。
女性用トイレ。女性用浴室。女性用更衣室。女性用車両。などなど。
気をつけなくちゃいけない。この世界は、鬼門だらけだ。
『碧に報告します。陽は今、何をしているところですか?』
「筋トレ」
何故ここで? どうして今?
などと、案内板は詮索しない。
外廊下で黙々とヒンズースクワットを繰り返す陽を、ただ無言で見下ろした。
うん。大丈夫だ。しゃんとしてきた。
陽は、反復動作を止めて、息を整えた。
額の汗を、手の甲で拭う。
平常心が大事なんだ。
ピンチの時は、なおさらだ。
師匠の声が、聞こえる。
それって、どうやればいいのかなあ?
自分に答えてくれた父親の、笑顔が蘇る。
そうだなあ。
気持ちが楽になることを考えるとか。
心が無になることをしたりするなあ、俺は。
じゃあ、筋トレだ。
この「夢の世界」とやらは、綺麗だし、楽しかったけど、大ピンチなのは間違いない。
ちゃんと帰れるのかさえ、分からない状況なんだから。
でも、しっかりしなきゃ、俺が。
必ず、碧と暁を無事に帰すんだ。絶対に。
陽は、宙に浮かぶお面を見据えた。
「質問がある」
『どうぞ』
「どうやったら帰れる? 来た時と同じで、裁縫部屋の扉からか? なにか特別なやり方でもあるのか?」
『アクセスのお問い合わせですか? 目的地を教えて下さい』
「西センター」
『西センターの、どの場所へのアクセスをご希望ですか?』
「うーん? じゃあ、とりあえず、8階のトレーニングルームまで」
なんとなく、会話が嚙み合わない。
本当に話が通じているのだろうか。
ピエロのお面は、相変わらず貼り付いた笑顔を浮かべている。
『扉を3回、ノックする。帰る者全員が、続けて同様にノックする。その後に扉を開けると、トレーニングルームの備品室に繋がった。そのような例が、過去にあります』
「そうか。分かった。ありがとう」
まあ、いいか。
碧と違って、あれこれ考えるのは得意じゃない。試してみればいいか。
チュンチュン チュンチュン
「ところでさあ、」
チュンチュン! チュンチュン!!
「鳥が鳴いてるけど、」
チュンチュン!!! チュンチュン!!!!
「何かあったのかなあ?」
「あああ! もう、しつこーい!」
暁の雄叫びが、響いてきた。
「暁?!」
箪笥部屋からだ。
駆け出そうとして、陽は急停止した。
勢いよく、暁が出てきた。
珍しい。かなり怒った様子だ。
後ろから、なぜか宙に浮かんだ舞台衣装が、ずらずらと付いて来る。
カラフルなパレード状態だ。
先頭の暁が、くるりと振り返った。
憤然と言い放つ。
「綺麗だけど、私は着たくはないの。見に来ただけだから。箪笥部屋に戻って!」
行列を作った衣裳たちは、もじもじと身悶えている。
『着て欲しい。オーロラは願っています』
案内板が翻訳するまでもない。様子を見れば分かる。
『かしまし雀も盛り上がって収まりがつかないし、いい退屈しのぎだし。オーロラは、そう主張しています』
「いや、本音炸裂すぎるだろ」
「碧!」
行列の最後尾から、ひょっこりと人間が顔を出した。
一人、使役されていた幼馴染だ。
衣裳たちは、ぴたりと止まった。
冷静なツッコミを受けて、固まった様子だ。
「それに、もう帰るから。悪いけど、そんな時間はない。暁、陽、裁縫部屋に戻って。出来上がったよ」
ぐうの音も出ない。一ミリの隙も無い返答だ。
オーロラが操る衣裳たちは、すごすごと退却を始めた。
ふわふわ、箪笥部屋へと一列縦隊で戻っていく。
「助かった~。ありがと、碧」
暁が、碧に駆け寄った。
すると。
ひゅん!
行列から、淡いブルーの衣装が離脱して飛んできた。
くるみ割り人形の、クララお嬢様が着るドレスだ。
碧の体に宛がわれる。
『よく似合う、とオーロラが言っています』
暁と陽は、同時に吹き出した。
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