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15.シャットダウン(2)
桃も、ひとまず落ち着いていた。
とにかく、じっとしていよう。
大丈夫。黒鳥さんもいる。お兄ちゃんも、碧も、暁も。見えないけど近くにいるんだから。
「桃ちゃん……」
あ、呼ばれた。すぐそばだ。
「暁?」
心配して、来てくれたんだ。
暁は、いつだって優しい。
そして、恐れを知らない女の子だ。
すごいなあ。こんな暗闇なんか、へっちゃらなんだ。
「それを渡して」
急かすように言われて、桃は、はっとした。
そうだ。バトンパスの途中だった。
このティアラを、第一走者の暁に還さなくちゃ。現実の世界には、帰れない。
桃は、おずおずと手を差し出した。
自分の手すら見えないけど、金属の固い感触がある。大丈夫、落としてなんかいない。
「わかった。暁、手を伸ばして」
ぬっ
闇から、腕が伸びてきた。
手のひらを上にしているのが見える。
あせっちゃダメだ。
桃は、ゆっくりと、ティアラを手渡そうとした。
あれ?
何かが、キラキラ光った。
桃は、暗闇の中、目を凝らした。
糸だ。
透明な細い糸が、自分の手に何本も付いている。それが光っているのだ。
「何、これ?」
戸惑った桃が、ティアラを握った手を揺すった。
やっぱり。この小さな髪飾りに、くっ付いているんだ。
クモの糸みたいだ。キラキラで、長い。
すると、闇から出た手のひらが、慌ただしく上下に動いた。
「早く」
苛立たし気に、急かす。
「えっ?」
桃は、自分に突き出された手を、改めて見た。
違う。
暁は、絶対に、こんなふうに言ったりしない。
空手でペアを組むとき、もたついてしまっても、いつだって笑顔で待ってくれるのだ。
桃は、固い声で返した。
「……だれ? 暁じゃないでしょ」
そう。それに、変だもの。
自分の手すら見えない暗闇で。
どうして、この手だけ、見えているの?
「桃?!」
黒鳥が、異変を察知して、声をあげた。
だが、遅かった。
闇に浮んだ手が、いきなり桃を襲った。
悲鳴を上げる間も与えずに、握ったティアラを、ひったくる。
ぶちっ
音を立てて、ティアラに付いていた糸が切れた。はらはらと落ちていく。
桃は、声もなく、それを見つめた。
糸の光が、全て闇に溶けていく。
あとは、暗闇が、ただ、自分を取り囲んでいるばかりだった。
「……だれ?」
今度は暁だ。不思議そうに、闇に向かって尋ねた。
誰かが、自分の手を触ってきたのだ。
肩を撫でてくる。今度は腕だ。
顎に手がかかり、頬をさすってくる。
なんだろう。猫でも構っている仕草だ。
「オーロラ?」
また来たのかな。
「暁……」
耳元で、名を呼ばれた。
あれ? この声って。
「みかげちゃん?」
「ねえ。私、ずっと待ってたの」
甘えるように呟く。
やっぱり、みかげだ。
「私、あなたが大好きよ。この腕も、脚も、この顔も」
見えない手が、体に纏わりついてくる。
「ちょ、ちょっと、みかげちゃん。なに?」
当惑する暁の声だけが、暗闇から聞こえて来て、下の白鳥が慌てた。
「暁! どうした?」
するり
何かが、暁の右手首に嵌められた。
すっと、それを上腕に動かしていく。
ずしり
いきなり、腕が重たくなった。
えっ?
なに、これ。ぜんぜん動かせない。
何十キロもある鉛の輪でも、嵌められたかのようだ。
「暁! どうした?」
筋肉一郎が、自分の背中に向かって叫んだ。
何が起こっている? 全然見えない。
暁の息が、苦し気に歪んでいく。
どうしてだろう。急に気分が悪い。
「みかげ、ちゃん……。なに、これ? どうして?」
闇からは、なんの応えもない。
だが、突然、耳元に小声が吹き込まれた。
暁の体が、びくっとする。
すぐ近くにいる!
「ねえ、帰らないで、暁。私と一緒に、ずうっとここにいて。ほら、この腕飾り、とっても似合ってるわよ」
「うで、かざり……?」
言われてみれば、確かに布地の感触だ。
でも、どうして、こんなに重いの?
それに、どうしてだか、べちゃべちゃに濡れている。
気持ちが悪い……。
「私の思いが籠っているんだもの。それを嘆きの湖に浸したら、すごく重たくなるんですって。教えてもらった通りだわ」
心を読み取ったように、みかげの声が答えた。
「さあ、左腕にも着けてあげる。私、ずうっと待っていたのよ」
左腕に、みかげが触れた。
暁は、思わず左手で振り払っていた。
でも、よろよろの防御だ。
うっとりと、みかげの声が歌う。
「拒まないで、暁。あなたは、私になって、ここで生きていくのよ」
ぞっとした。
なにを言っているの?
「いや! みかげちゃん、やめて!」
一方。
ド・ジョーは、湖をぐんぐん泳ぎながら、点検を進めていた。
この地底湖は、オーロラの地宮を支える力の源泉だ。
夢の小石が生み出す、石の力。
そして、自然がもたらす、水の力。
その二つの力は、互いに影響しあっている。
石の力を、水の力が増幅し。
水の力を、石の力が操る。
こっちに流れろ。あっちに行け、と。
複雑だが、きちんと並べられた回路となっているのだ。
それが、どこか歪んでしまっている。
真っ暗闇の中、ド・ジョーは片っ端から探し回った。
そもそも、視覚に頼らない能力だ。
支障は無い。
……きた。この辺りだ。
叫び声が聞こえたのは、その時だった。
「いや! みかげちゃん、やめて!」
暁?
まずい。何か起こった。
だが、こっちが先だ。
ド・ジョーの魚体が、暗闇の中で跳ねた。
「ここだ!」
バシッ……!
水の矢が、壁を目掛けて放たれた。
ばちん!
ひときわ大きな音が、地底湖に響き渡った。
その途端。
一瞬で、地底湖の明かりが戻った。
端っこから、青と白の光が、ぐるりと壁を染めていく。
湖底の色も、応じた。
再び、二色に真っ二つ。
起動状態に戻ったのだ。
「……やれやれ」
ド・ジョーは、水柱の上から見渡して、息を着いた。
とりあえず、全員、いるな。
振り返ると、放った水の矢が、一本、青い壁に突き刺さっていた。
さわさわ
縫い付けられた青い石が、動いていた。
もしゃもしゃした黒い脚が、何本も下から生えている。
それが、今わの際に、足掻いている。
「虫、か?」
ド・ジョーが、あっけにとられた。
こんなの、見たことがねえ。
それは、水の矢ごと、そのまま湖面に落ちた。
ぽちゃり……
ひくひく動く、真っ黒な裏側を見せながら。
その瞬間。
ド・ジョーの感じていた水脈の歪みは、跡形もなく消え去っていた。
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