ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

16.狂乱の場(きょうらんのば)(1)

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16.狂乱きょうらんの場ば(1)

陽(よう)と自分(じぶん)の、運動(うんどう)神経(しんけい)の差(さ)。
もちろん、碧(あおい)は自覚(じかく)していた。
それは、両者(りょうしゃ)の学力差(がくりょくさ)よりも、大(おお)きく開(ひら)く。
今(いま)まさに、思(おも)い知(し)らされているところだ。

ひょい
事(こと)も無(な)げに、陽(よう)はバルコニーを跨(また)いだ。

横(よこ)の柱(はしら)には、凝(こ)った彫刻(ちょうこく)が施(ほどこ)されている。
柱(はしら)の一部(いちぶ)が、女性(じょせい)の立像(りつぞう)になっているのだ。

ひょい ひょい
柱(ばしら)の凹凸(おうとつ)をフル活用(かつよう)して、陽(よう)は降(お)りて行(い)く。
ボルダリングの要領(ようりょう)だ。上手(うま)い。

ひとまず一(いち)階下(かいした)のロージュに飛(と)び込(こ)むと、陽(よう)は碧(あおい)を見上(みあ)げてきた。
「碧(あおい)、来(こ)れそうか?」

そこは2階席(かいせき)。下(した)は、もうフロアーだ。
陽(よう)なら、造作(ぞうさ)もない。一気(いっき)に降(お)りられただろう。
きっと、自分(じぶん)を助(たす)けて、順々(じゅんじゅん)に降(お)りようと思(おも)っているんだ。

「うん、行(い)く」
本当(ほんとう)は、全(まった)く行(い)ける気(き)がしない。
だが、そんなこと言(い)っている場合(ばあい)じゃない。
陽(よう)の手順(てじゅん)は、しっかりと見(み)て、完璧(かんぺき)に覚(おぼ)えていた。同(おな)じようにやればいいんだ。

碧(あおい)は、バルコニーを慎重(しんちょう)に跨(また)いだ。
ゆっくり、そうだ確実(かくじつ)に。最初(さいしょ)は、ここを掴(つか)んで……、足(あし)は横(よこ)の柱(はしら)へ。

そう思(おも)って実行(じっこう)した瞬間(しゅんかん)、ずるりと体(からだ)が勝手(かって)に落(お)っこちた。
なんのことはない。陽(よう)と碧(あお)では、体格(たいかく)が違(ちが)うのだ。
残念(ざんねん)なことに、足(あし)が目当(めあ)ての場所(ばしょ)に届(とど)いていなかった。

「うわっ!」
ずるずるずるっ

はっし!
それでも、碧(あおい)は、柱(はしら)の出(で)っ張(ば)りにしがみ付(つ)いた。ナイスファイトだ。

つるり
だが、すぐに滑(すべ)った。
でこぼこしているが、きちんと掴(つか)めるような形状(けいじょう)ではない。
足(あし)も、ひっかかったかと思(おも)うと、すぐに滑(すべ)り落(お)ちてしまう。

どすん どすん どすん
故障(こしょう)したエレベーターみたいだ。柱(はしら)にへばりついた碧(あおい)は、小休止(しょうきゅうし)を挟(はさ)みつつも、どんどん落下(らっか)していく。

「碧(あおい)!」
それでも、健闘(けんとう)賞(しょう)だった。
ようやくストップした碧(あおい)に、陽(よう)は安堵(あんど)の溜息(ためいき)をついた。

だが、滑(すべ)り落(お)ち過(す)ぎて、2階席(かいせき)を通(とお)り越(こ)していた。ここのバルコニーに、ぶら下(さ)がっている状態(じょうたい)だ。
これでは、遅(おそ)かれ早(はや)かれ落(お)っこちてしまう。

「掴(つか)まれ!」
陽(よう)が、手(て)を差(さ)し伸(の)べた。
いったん、このロージュに引(ひ)っ張(ぱ)り上(あ)げよう。

その時(とき)、白(しろ)い影(かげ)が舞(ま)い降(お)りて来(き)た。
ばさばさばさっ
「碧(あおい)! 飛(と)び乗(の)れ!」
筋肉(きんにく)二郎(じろう)だ。

碧(あおい)の判断(はんだん)と決断(けつだん)も、速(はや)かった。
ぱっと手(て)を離(はな)した。

どさり!
絶妙(ぜつみょう)のタイミングだった。キャッチ成功(せいこう)だ。
だが、重(おも)い。飛(と)び移(うつ)った勢(いきお)いもある。
スワンは、ほとんど飛(と)べずに、そのまま落下(らっか)した。

びーんっ……
フロアに着地(ちゃくち)した巨大(きょだい)白鳥(はくちょう)の足(あし)が、震(ふる)えている。
さぞかし痺(しび)れていることだろう。

「ごめん! 二郎(じろう)、大丈夫(だいじょうぶ)?!」
しがみ付(つ)いたまま、碧(あおい)が謝(あやま)った。
うにょんと、白鳥(はくちょう)の頸(くび)が曲(ま)がった。

「大丈夫(だいじょうぶ)だ。行(い)け、碧(あおい)」
痛(いた)みを堪(こら)えている表情(ひょうじょう)ながら、二郎(じろう)は落(お)ち着(つ)いた声(こえ)で促(うなが)した。
体(からだ)を傾(かたむ)けて、碧(あおい)が降(ふ)りやすいようにしてくれる。

陽(よう)が、あっという間(ま)に自力(じりき)で降(お)りて来(き)た。
駆(か)け寄(よ)って碧(あおい)達(たち)の無事(ぶじ)を確(たし)かめると、手短(てみじか)に言(い)う。
「よかった。行(い)こう」

「うん。ありがと、二郎(じろう)」
碧(あおい)は、巨大(きょだい)な白鳥(はくちょう)から滑(すべ)り降(お)りた。

「碧(あおい)! 大丈夫(だいじょうぶ)?」
待(ま)っていたように、上(うえ)から声(こえ)が降(ふ)ってきた。
深紅(しんく)のドレスを着(き)た桃(もも)が、バルコニーから身(み)を乗(の)り出(だ)している。

ピンク色(いろ)のネズミも、手摺(てすり)の上(うえ)に立(た)っていた。
白鳥(はくちょう)と黒鳥(こくちょう)の頸(くび)も、にょっきり飛(と)び出(で)ている。
バルコニーは、鈴(すず)なりでカラフルだ。

さぞかし、はらはらと見守(みまも)ってくれていたのだろう。心配(しんぱい)そうな面々(めんめん)に、碧(あおい)は力強(ちからづよ)く頷(うなず)いて見(み)せた。

勢(いきお)いよく、陽(よう)が駆(か)け出(だ)して行(い)く。
碧(あおい)も続(つづ)いた。
椅子(いす)の無(な)いフロアーだ。グラウンドみたいに走(はし)りやすい。

タキシード姿(すがた)の二人(ふたり)は、すぐにオーケストラボックスの泉(いずみ)に到(とう)着(ちゃく)した。
椅子(いす)が積(つ)み上(あ)がって、泉(いずみ)に橋(はし)を架(か)けている。
ここを渡(わた)って行(い)けば、ステージだ。

「気(き)を付(つ)けろよ、碧(あおい)。お前(まえ)は、ゆっくりでいいからな」
陽(よう)が、振(ふ)り返(かえ)って念(ねん)を押(お)した。
時間(じかん)はかかるかもしれないが、もう、碧(あおい)一人(ひとり)でも大丈夫(だいじょうぶ)だろう。

そして、いきなり自分(じぶん)はダッシュした。

椅子(いす)が、踏(ふ)みしめる度(たび)に、頼(たよ)りなく沈(しず)む。
水(みず)に浮(う)かぶ浮橋(うきはし)なのだ。
アスレチックの橋(はし)を渡(わた)る時(とき)と、同(おな)じだ。バランス感覚(かんかく)が要求(ようきゅう)される。

だが、距離(きょり)は短(みじか)い。
勢(いきお)いに任(まか)せて、陽(よう)は一気(いっき)に渡(わた)り切(き)った。

「暁(あかつき)!」
陽(よう)の大音声(だいおんじょう)が、優美(ゆうび)な音楽(おんがく)もお構(かま)いなしに響(ひび)き渡(わた)る。

なんて広(ひろ)いステージだろう。体育館(たいいくかん)とは桁(けた)が違(ちが)う。
磨(みが)き抜(ぬ)かれた木(き)の床(ゆか)に、プロが作(つく)った大道具(おおどうぐ)、衣裳(いしょう)を身(み)に着(つ)けた出演者(しゅつえんしゃ)たち。
舞台(ぶたい)は、まさに上演中(じょうえんちゅう)なのだ。

それがどうした!
陽(よう)は、かまわず突入(とつにゅう)した。
何度(なんど)も名前(なまえ)を叫(さけ)びながら、暁(あかつき)に近(ちか)づいていく。
言(い)いなり茸(だけ)の解除(かいじょ)方法(ほうほう)、その1だ。

だが、耳(みみ)に届(とど)いた様子(ようす)はない。
暁(あかつき)は、恋人(こいびと)に裏切(うらぎ)られたジゼルを続行中(ぞっこうちゅう)だ。

それなら、その2だ!

「暁(あかつき)! 目(め)を覚(さ)ませ!」
やはり、目(め)が虚(うつ)ろだ。
目(め)の前(まえ)にすると、はっきりと分(わ)かった。
耳(みみ)の茸(きのこ)が、ぽあんぽあんと緑色(みどりいろ)に光(ひか)っている。

陽(よう)は、暁(あかつき)の肩(かた)を掴(つか)んだ。演技(えんぎ)している暁(あかつき)を、強制的(きょうせいてき)に止(と)める。
そして、体(からだ)を揺(ゆ)さぶる、つもりだった。

ぐいっ
その寸前(すんぜん)に、腕(うで)を掴(つか)まれた。

はっと見返(みかえ)した瞬間(しゅんかん)には、もう遅(おそ)い。
陽(よう)は、有無(うむ)を言(い)わさず、強(つよ)い力(ちから)で引(ひ)っ張(ぱ)られていた。

村人(むらびと)役(やく)の男(おとこ)だ。
無言(むごん)の顔(かお)に、「てめえ、何(なに)してやがる」と書(か)いてある。

その間(あいだ)に、暁(あかつき)が、陽(よう)の腕(うで)をすり抜(ぬ)けた。
しまった!

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