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16.ティアラ(1)
「暁!」
陽が叫んだ。
暁は、ぐったりと白鳥の頸に凭れかかっていた。
顔が真っ白だ。血の気を失っている。
一目でわかる、緊急事態だ。
マッチョ・スワンズを駆り、陽と碧が、暁の元に駆け付けた。猛スピードだ。
「どうした?!」
二人と二羽、合わせて4つの声が揃った。
暁は、息も絶え絶えだ。
「みかげちゃんが、私に腕飾りを嵌めたの。そうしたら、腕が、とっても重くなって。気分も、悪くなって……」
「みかげが?」
陽が、素早く辺りを見渡した。
みかげの姿は、ない。
いや、見えないだけか?
「すまん。俺がいながら、止められなかった」
暁の白鳥、筋肉一郎が詫びる。
自責の念で、暁に劣らず苦し気な様子だ。
「それ、外せばいいんじゃ」
碧が、白鳥の鞍上から手を伸ばした。
暁の上腕に、洋服の上から、レースの腕飾りが付けられている。
これが元凶なら、取ってしまえばいい。
だが、いくら碧が引っ張っても、腕飾りは、びくともしなかった。
陽も、身を乗り出して加勢した。
渾身の力を込めたが、レース生地のくせに破れもしない。
「だめだ。なんだ、これ」
力の問題じゃなさそうだ。
暁は、力なく首を振った。
声を出すのも辛そうだ。
碧は、あせった。
「マダム・チュウ+999、ド・ジョーも、なにか分かる?」
自分の肩にいるネズミは、暁を心配げに覗き込んでいた。でも、黙って首を横に振る。
水柱で駆け付けたドジョウも、金色の体を振った。
そうだよな。分かるなら、言ってくれる筈だ。
「暁!」
そこに、遅れた桃が、黒鳥で割り込んできた。
しゃにむに、暁の腕飾りを掴んで、引っ張り出す。
「も、桃ちゃん……」
両手、離して怖くないの?
碧は、そう続けようとして、やめた。
怖いに決まっている。
桃は、ぎゅうっと目を瞑りながら、引っ張っていた。必死の形相だ。
「桃、ティアラは?」
陽が、妹に近づいて、気付いた。
桃が持っている筈のティアラが、ない。
「……取られちゃったの。暗くなった時。たぶん、みかげだと思う」
皆、一様に驚いた顔をした。
いったん、桃は引っ張る手を止めた。
「ごめんなさい。私のせいで。ほんとに、ごめんなさい」
取り囲む面々に、頭を下げる。
今にも泣き出しそうだ。
「いや。時間の制限は無いって言ってたから、大丈夫だよ。またトライすればいい。それより、暁をなんとかするのが先だ」
碧は、口早に言った。
暁は瞳を閉じて、白鳥の頸に、ぐったりと身を預けている。
インフルエンザで39度の熱を出した時ですら、部屋で走り回って怒られた奴なのに。
「みかげ! 出てこい! 暁の腕飾りを外せ!」
陽が、湖をぐるりと見渡して怒鳴った。
ここまで怒った陽は、碧も見たことがない。妹の桃ですら、だ。
すると。
「きゃあああ!」
桃が、真っ先に叫んだ。
先んじられたお陰で、碧は、なんとか悲鳴を上げずに済んだ。
ぷかり
湖の中から、何か浮き出て来たのだ。
みかげではなかった。
真っ白なチュチュを身に着けている、小柄なバレリーナだ。
でも、つるりと、顔には目も鼻もない。
のっぺらぼうだ。
鏡で、さんざん目にしてきた、例のやつ。
でも、現実に出て来られると、桁違いの怖さである。
碧が、さらに目を剥いた。
「また出た!」
ぷかり ぷかり
次々に浮かび出てくる。
判で押したように、全員、同じ姿だ。
トウシューズの足は、湖面の上に立っている。
やはり、人ではない。
あっという間に、スワンに乗った四人は、のっぺらぼうのバレリーナに取り囲まれていた。
桃は、目を見開いて震えていた。
怖すぎて、もう、叫び声も出ない。
「……こいつら、襲ってくるか?」
陽が、横にいたド・ジョーに小声で尋ねた。
360度、どっちを向いても、のっぺらぼうのバレリーナだ。
碧と桃は、すっかり怯えてしまっている。
暁は、戦闘不能状態だ。
何よりも、この数で来られたら……。
「その心配は無えな。湖は案内板になってる。こいつらは、ただ映っているだけさ」
ド・ジョーが保証する。
陽は、ひとまず安堵した。
なるほど、3D映像ってわけか。
計ったようなタイミングで、上空から音楽が流れ出した。
時の筒で聞いたばかりだから、みんな分かる。
「白鳥の湖」だ。
バレリーナ達は、踊りだした。
すごい。本物の白鳥が、群れて羽ばたいている。踊りなのに、そう見える。
碧に桃、陽までが、あまりの見事さに呑まれて見入った。
ぱさ
小さな音がした。
暁だけが気づいて、ぴくりとした。
他の皆は、踊りに気を取られていて、気付かない。
ぱさ ぱさ
衣擦れの音だ。何かが、近づいて来る。
体が重たい。瞼も重たい。
でも、なんとか暁は目を開いた。
自分を囲むように、残りのスワン達が、寄り集まっていた。
羽毛で出来た浮島みたいになっている。
桃ちゃんが右にいる。跨っているのは黒鳥だ。
え?
隣接している自分の白鳥が、すうっとセピア色に染まった。
刷毛で塗っているみたいに、染みが細長く広がる。
……ちがう。
染まっているんじゃない。
こっちに、来てるんだ。
セピア色の染みは、腕の形になった。
ペラペラと、どんどん伸びてくる。
みかげだ!
ぺらり
あっという間に、ペラペラの体が、暁の乗る白鳥に、しなだれかかってきた。
スワン達の隙間から侵入し、黒鳥側に身を寄せて、今まで隠れていたのだ。
フィルムのように薄っぺらい顔が、暁を見て、目を細めた。嫌な笑いだ。
声が出ない。
碧は? 陽は? 桃ちゃん?
マダム・チュウ+999、ド・ジョー、マッチョ・スワンズまで。みんな、バレリーナの群舞に目を奪われている。
みかげの長い腕が、へらへらと波うちながら伸びて来た。
暁の左腕を狙っている。
反物みたいな手に、何か持っている。
腕飾りだ!
左にも付けようとしてるんだ!
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