ダンジョンズA〔3〕嘆きの湖(裏メニュー)

16.ティアラ(2)裏メニュー

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16.ティアラ(2)

ほとんど反射的に、暁は動いた。
体を、わざと傾げたのだ。
湖に落ちよう。そうすれば、みんな気が付いてくれる。

「暁!」
筋肉一郎が、慌てて叫んだ。
翼を広げて、落っこちそうになった暁を止める。間一髪だ。

はっ
皆が、我に返った。
振り向いた碧が、目にした者の名前を叫んだ。
「みかげ?!」

ばしっ
間髪入れず、陽が、白鳥から身を乗り出してペラペラの手を払った。
絶好のポジションからの、素早い攻撃だ。

薄っぺらい手から、腕飾りが撥ね飛ばされた。
ぽちゃん
落っこちた。
軽い布地だ。沈まず、ぷかぷか湖面に浮かんでいる。

桃は、目を見開いて、セピア色のフィルム人間を凝視していた。
ぜんぜん気付かなかった。こんなに近くにいたなんて。

べしっ
間髪入れず、碧の乗った白鳥が、みかげを翼で払い落とした。
手荒ではないが、必要な際は容赦がない性格なのである。

ゆらり
フィルム人間は、湖面に立ち上がった。
「じゃま、しないで」
口をきいた。
陽を憎々しげに睨みつける。

「暁に嵌めた腕飾りを外せ」
陽は、動じずに言い返した。
空手の試合に臨む時の顔をしている。
ひと時も目を離さずに、みかげの動きを追っているのだ。

暁は、白鳥に体を預けて、ぐったりと目を閉じている。
まずい。顔が、いよいよ白い。

みかげも、陽の迫力に、全く動じなかった。
「……すごい度胸だな」
内心、碧が感嘆した。
小声で漏らす()(しゅ)に、乗っている筋肉二郎が促す。
「いや。気を付けろ、碧」

下から、ド・ジョーが同意した。
「ああ。あの腕飾りを探している」
本当だ。フィルムに描かれた目が、きょろきょろと動いている。

びよ~ん
うわ。薄い体が、二倍ほどに伸びた。
大きくなったセピア色の手が、うろうろする。
伸びた頭が、上から湖面を忙しなく見渡していた。
見つからない様子だ。

それもそのはず。ド・ジョーが、巧みにスワンの下に流していたのだ。

「下手に刺激しないほうが、いいわ」
マダム・チュウ+999が、碧の肩で、静かに(ささや)く。
「今は様子を見ましょう。まずくなったら、急いで逃げるのよ。いいわね、みんな」
マッチョ・スワンズが、全羽、無言で頷く。

果たして、交渉して暁の腕飾りを外してもらえるか。
無理なら、荒事に突入か。
「桃、しっかり掴まっていて下さい」
小さく言う黒鳥に、桃が、こくりと頷いた。
大丈夫。黒鳥さんが、きっと守ってくれる。

ふら~
桃の真上に、みかげの頭がきた。
ぶつぶつ、呟いている。
「もうすぐ。あと、ちょっとなのに」

はっと、桃は息を呑んだ。
ティアラだ。みかげの後頭部に、ぶらぶら、ぶら下がっている。
なにこれ。フィルムを裂いて、強引に結び付けてる。
本来なら、付いている(くし)で、髪に挿すものだろうに。

きっ
桃は、顔を引き締めた。
ティアラに手を伸ばす。届く距離だ。

ぶちっ
簡単に、薄いフィルムは、ちぎれた。

「……え?」
警戒態勢を取っていた全員が、あっけに取られた。黒鳥も、目を()いている。
あの桃ちゃんが、まさかの反撃だ。

ぺらり
みかげが振り返った。
こんなに薄いのに、前と後ろがある。
画像が両面コピーされているみたいだ。

「なにするのよ」
完全に相手を下にみている口調だった。
痛かったのかな?
桃は、(ひる)みそうになりながらも、小さな声でペラペラ人間に言い返した。

「これは、あなたのじゃないもの」
「あんたのでもないんでしょ。せっかくだから、私が付けてあげようと思ったのに」
カチンときた。
と同時に、すっと冷静になる自分がいた。
「これは、暁の物よ。あなたになんか、似合わない」

いきなり始まった女の子同士の言い争いに、他の野郎どもは困惑した。
なんか、下手に口も出せない。

桃が、ここまで頑張るのも珍しい。
だが、碧と陽には、よく分かった。
桃にとって、暁は特別だからだ。
優しいし、元気と勢いは、ちょっと(あふ)れすぎてるけど、理想なんだろう。

「あらそう。あんたには、絶対、似合わないわよね」
うん。みかげは、完全に桃を馬鹿にしている。

「関係ないでしょ。暁なら似合うわ。ぴったりよ。お姫様みたいだもの」
桃は、胸を張って暁を指さした。

瞳を閉じて、白鳥の頸に(もた)れている姿に、キラキラと星が舞っている。
憧れというフィルターが、補正効果をもたらしている状態だ。

「それに、それはオーロラがくれたのよ。暁だから貰えた物なんだって、ド・ジョーが言ってた」
桃は、ぐいっと隣に体を伸ばした。

輪っかハンドルから手を離す怖さは、怒りで吹っ飛んでいた。
暁の髪に、ティアラを近づける。
実際に挿して、見せつけてあげるんだ。

その時だった。
すっ
「えっ?」
桃が、とまどった声をあげた。

ティアラが、ひとりでに桃の手から飛び出したのだ。
そして、まるで吸い付くように、暁の髪に挿さった。

見ていた碧も、内心で流れるようにツッコんでいた。
いや。どうして、しっかりと挿さるんだ。
暁の髪は、ぴょんぴょん跳ねているショートヘアーだ。ヘアピンも無しだぞ。
しかも、頭上中央、ばっちりの位置じゃないか。

唖然としている面々の前で、続けて不思議が起こった。
ぱっちり
ティアラを(かん)した暁が、目を開いたのだ。

その瞬間、碧には分かった。
この顔。
完全に普段通り、出力100パーセントの暁だ!

「あれ? なんか急に楽になった」
そう言いながら、白鳥の頸に凭れていた体を、しゃんと起こす。

暁は、不思議そうに首を傾げながら、腕飾りに手を掛けた。
するり
自分で外せた。
そして、あっさりと言った。
「これ、返すね、みかげちゃん」

くしゃり
浮かんだセピア色の顔が、忌々し気に歪んだ。
ペラペラの腕が、(むち)のように(しな)る。

「痛っ」
ひったくられた。
暁が、差し出していた右手を引っ込める。
ゴムぱっちんをくらったみたいに、ひりひりした。勢いがつくと、ほぼ凶器だ。

「どうして、どうしてなの。私は、あなたになるのよ。帰さない。帰さない……!」
うわ言のように、みかげは繰り返した。
狂気が、じわじわと(にじ)み出てくる。
どす黒く、声を染め上げていく。

すると。
みかげのフィルムみたいな体が、さらに伸び出した。さっきの比ではないスピードだ。

腕が、上空に伸びていく。
脚が、湖面に根を張るように沈んでいく。
そして、何本にも裂けた。
もはや、人間のフォルムではない。

全員が、同時に思った。
これは、もう駄目だ。

散開(さんかい)! みんな逃げろ!」
マッチョ・スワンズのリーダーが、叫んだ。

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