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17.爆走(1)
「あ~れ~!」
オネエ声の悲鳴が、上がった。
マダム・チュウ+999だ。
ピンク色の体が、軽々と風に持ち上げられた。
ひゅう~ん
宙を飛んでいく。
びたん!
回し車の中に、叩き込まれた。
ナイスシュート。そうとう痛そうだ。
「マダム・チュウ+999! 大丈夫か?」
床に伏せた状態のまま、陽は、声だけ張り上げた。
助けには行けない。
暁と碧を暴風から庇うので、手一杯だ。
動いたら、三人とも吹っ飛ばされる。
予測に反して、ピンクネズミは、すちゃっと着地した。
信じられない。ノーダメージだ。
高速回転する車の中を、四つ足で駆け始めた。
いや待て、速すぎるだろう。足の動きが見えない。
「アタシは大丈夫よ~ん。どうやら退場らしいわん。いいこと、あなたたち。元の世界に帰る方法を、」
色々、ツッコミたい。
碧の顔は、そう言っていた。
だが、圧迫されて声が出ない。上で重しになってくれている陽が、重すぎる。
マダム・チュウ+999は、ちらちらと子供たちに視線を投げながら、疾走しつつ喋っていた。
よくできるものだ。
ごうごうと、風は吹き荒れている。
同じく潰されかけている暁が、かろうじて声を振り絞った。
「なあにい?! よく聞こえない!」
「案内板よ! あ・ん・な・い・ば・ん!」
案内板?
ぺしゃんこの状態で、碧は、なんとか首だけ動かした。
ピエロのお面は、鏡の前に浮かんでいた。
他の備品類と同じだ。今にも吹っ飛ばされそうな自分達とは違って、なぜか微動だにしていない。
……あれ? 違う。変わってる。
碧の観察眼が、再び、ピンと警告音を鳴らした。
顔の配色が、違っている。
二色にカラーリングされた顔面は、右半分が白で、左半分が青。ちょうど顔の真ん中で、真っ二つに分かれていた筈だ。
なんだ?
明らかに、青の部分が、大きくなっている。
境目の中心線が、ずれているんだ。
赤い口の端まで。
ゴゴゴゴォー……!
さらに風が強さを増した。
舞い上がったコルクチップも、ますます生き生きと暴れ出す。
床に伏せた三人は、思わず縮こまった。
冗談じゃない、どれだけ強くなるんだ?!
ところが、まだ終わりじゃなかった。
回し車も、もう一段階、速度を上げたのだ。
キーンと、高い音が発生する。
回し車が出しちゃいけない音だ。
さすがのマダム・チュウ+999も、苦戦し始めた。
「案内板に、アクセスを、聞くのよ!」
くるん くるん
動きについて行けず、時折、ぐるりとネズミの体が回し車の中を舞う。強制バク転だ。
「いい? あなた達、正確に聞かなくちゃダメなのよ。それから、」
くるん くるん くるん くるん
言ってる間に、ほとんど追い付けなくなった。
もはや、洗濯機で回されているピンク色の洗濯物だ。ネズミの姿が視認できない。
ひゅう~ん!
とうとう、その物体が、回し車から放り出された。
「マダム・チュウ+999!!!」
積まれた米俵みたいな恰好の三人が、声を揃えて叫ぶ。
しかし、マダム・チュウ+999のオネエ魂は、並みではない。
宙を舞いつつ、ポーズを取って応えた。
「アッデュー! 美しいアタシのこと、忘れないで頂戴~!」
飛んだ先は、壁面収納になっている壁だった。
色とりどり、大小さまざまなガラスが、一面を埋め尽くしている。
ぱかり
一枚、上に上がった。それぞれ、のれん式の扉になっているのだ。
壁の中央に位置する、ピンクのガラス。
ハートのイラスト付きのやつだ。
ぽいっ
同じ色と模様のネズミが、中に放り込まれた。
まるで、透明な手が捕まえて片付けたみたいに、不自然な軌道を描いて。
パタン
扉が閉まった。その瞬間。
ぴたり
暴風が止まった。
そして、回し車も動きを止めた。
瞬間冷凍されたかのごとく、瞬時に。
ばさばさばさ……
コルクチップが、床に降り積もっていく。
茶色い雪、さながらだ。
陽が、呆然としつつ、碧と暁の上から退いた。
「なんだったんだ、いったい……」
とりあえず、ぶるぶる体を震わせて、コルクの破片を払い落とす。大型犬みたいだ。
重しが取れて自由になった暁が、転がり出た。
ハートの扉に走り寄ると、中を覗き込む。
小さなベッドにドレッサー、キャビネット。
しゃれた趣味の小部屋だ。
でも、部屋の主は、いない。
「いなくなっちゃった」
振り向いて、暁は寂しそうに告げた。
まだ床に伏せていた碧は、とりあえず頷いてみせた。
どいつもこいつも、なんですぐに動けるんだよ。
お前たちの神経は、ナイロンザイル製か。
助け起こそうとする陽を、さすがに断って、ゆっくりと身を起こす。
立ち上がると、膝が少しガクガクした。
ふう、と息をつく。
よかった。吹き飛ばされるかと思った。
見守っていた陽も、ほっとした表情を浮かべる。これなら尋ねても平気そうだ。
「なあ、碧。たしか、退場って言ってたよな。どういうことなんだ?」
暁と碧が、顔を見合わせた。
「そっか。ド・ジョーの時も、退場って言ってたよね。急に泉が荒れて、吞み込まれて、いなくなっちゃって……」
前回、陽はいなかった。暁の発言だけでは、なんのことだか分かるまい。
碧が補足説明した。
「よく分からないけど、住人がダンジョンからいなくなる時のことを、退場って言うらしいんだ」
そうだ。あの時と同じだ。
見渡す室内は、すっかり元通りだ。
退場した後は、急に薄暗くなった気がする。
そこも同じだ。
みかげの姿も、見えなくなっていた。
「みかげちゃん?」
暁が、きょろきょろしたが、返事がない。
いない? それとも薄くなっただけ?
「陽、ド・ジョーも、いなくなってるかも」
碧は、さらに推測を述べた。
彼もまた、ダンジョンの住人だからだ。
外廊下の手摺で、のんきに寝ているとは考えにくい。
影響が無かったのなら、先刻の暴風の時、自分たちを助けに来た筈だ。
「だからまず、案内板に帰るアクセスを聞いてみてさ。暁のクリティカルヒットで、壊れてるかもしれないし。ド・ジョーがまだいるかどうかは、それから確認して……」
自分で言っておきながら、碧の顔からは、どんどん血の気が引いていく。
そうだ。もし、案内板が壊れてたら?
アウトだ。直せるド・ジョーはいない。
縋るような気持ちで、碧はピエロのお面に視線を走らせた。
鏡の前に浮かんだままだ。特に動いていない。
見たところは、変わりなかった。
あれ? 戻ってる。
色の分け目は、顔の中心だ。
さっきのは、見間違いだったのか?
いや……。確かに、暴風の最中は、青の部分が広くなっていた。
どういうことだろう。
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