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17.リトライ(1)
「みかげ! やめろ、落ち着け!」
ド・ジョーの声が、地底湖に響き渡る。
言葉だけでは、無理だろう。そう判断した地宮の住人は、叫ぶと同時に、水を操っていた。
ぶわっ
湖面から、水が沸き上がる。
分厚い水の絨毯を、立てたような状態だ。
くるん
みかげの巨体に巻き付いた。物理的な拘束だ。
ばしゃあっ……!
だが、ペラペラな腕は、ものともしなかった。
薄いが、今は桁外れに大きくなっている。
しかも、複数枚だ。
それが、扇風機の羽みたいに、ぐるんぐるん回った。
かたっぱしから、水の壁をカットしていく。
さああ……
地底湖の空間に、雨が降りしきった。
ド・ジョーが建てても建てても、水の壁は粉砕されていく。
「うーるーさーいー!」
みかげの声も、変化していた。
まるで、怪物の野太い咆哮だ。
体だけではなく、心までが、元の自分を失いつつある証拠だ。
「こりゃ、だめだ。おおい、碧! なんか策を出せ!」
ド・ジョーの低い声が、大浴場にいるみたいに響いてくる。
雨に紛れて、金色の小さな姿は見えない。
「わかった!」
碧が、どなった。
みんな、バラバラに散っている。
マッチョ・スワンズは、みかげの攻撃を分散させる意図で、散開したのだろう。
だが、ここは閉鎖空間だ。
結局は、ただ逃げ惑うしかない。
「バトンパスだ! もう一回やろう!」
碧は、即断した。言っている傍から、しっとりと髪が濡れていく。
「ここは、逃げ場がない。とにかく帰ろう!」
「よし、分かった!」
陽の返事があった。
「暁! 桃ちゃんも! いいか!」
碧は、声を張り上げた。
みかげの耳にも入ってしまうが、しかたない。
「わかった~」
陽より遠い場所から、暁が、ぶんぶん腕を振って寄越す。
この危機的状況において、悠然たる態度だ。
実に頼もしい。
そのまた遥か遠くに、黒鳥は逃げ去っていた。
乗っている桃が振り向いて、大きく頷いて見せる。
よし。開始だ!
陽が、スタートを切った。
「俺から始めるぞ! バトンは、何でもいいんだよな」
陽の行動も、早い。言いながら、白鳥を駆って碧に近づいてきた。超特急だ。
「速攻で行くぜえ!」
喚く筋肉三郎の目に、炎が宿っている。
熱血野郎の魂に、火をつけてしまったようだ。
「ちょ、ちょっと! 速すぎるって!」
碧が、たじろいだ。
陽は、右腕を突き出した格好で、やって来る。
バトン代わりの物を握っている様子だ。
レーザーポインターか!
気付いた碧は、慌てて身構えた。
小さい。まずい。これは難しいぞ。
どうすればいい?
「碧、パス!」
考える間もない。
すれ違った。
その瞬間、陽は、碧の手のひらに、しっかりとペンを押し付けた。
絶妙のタイミングだ。そして、すぐに自分の手で碧の手を包み、ぐっと握らせた。
時間にして、数秒。
限界まで碧の手を握っていた陽の手が、離れていく。
成功だ。
ほっとしたのも束の間だった。
「碧、避けろ!」
爆走する白鳥の鞍上から、陽が振り返って叫ぶ。
「へ?」
レーザーポインターを手に、碧は、きょとんとした。
「掴まれ!」
碧が乗っている白鳥も、叫んだ。
慌てて碧が首輪を握ったのと、筋肉二郎が急発進したのと、何かが飛んで来たのは、ほとんど同時だった。
ひゅるるるっ!
間一髪だ。碧の真横を掠めて飛んでいく。
「なっ、なに?!」
ひゅるるるっ!
「また来た?!」
「いや。さっきのが、戻ってきたのだ」
碧のスワンは、高速で避けつつ、冷静に判断する。
「みかげよ! 碧、狙われてるわ!」
「また来るぞ! 気を付けろ!」
マダム・チュウ+999と、ド・ジョーだ。
いつの間に、ピンクネズミは自分の肩から降りたんだろう。仲良く、水柱に二人乗りだ。
真横を並走している。
「あれは、あいつの腕だ。見ろ!」
ド・ジョーが促した。
碧は、息を呑んだ。
湖の真ん中に、ばかでかいペラペラ人間が、ふらふらと立っている。
セピア色の長い腕は、裂けて、何本にも分かれていた。
ひゅるるるっ!
そのうちの一本が、こっちに向かって突き出されてくる!
「うわっ」
碧が、悲鳴を上げた。
だが、白鳥の筋肉二郎は、また避けた。
速い。無駄のない動きだ。
空振りに終わった腕は、くるくると丸まりながら、音を立てて戻っていく。
縁日の玩具、「吹き戻し」の動きに似ていた。
空気を吹き込むと、ぴょろんと伸び、口を離すと戻っていく、あれだ。
「碧、次は暁にパスだ」
逃げながら、筋肉二郎は進言した。
頼もしい相棒である。
暁の白鳥が、遥か向こうから、高らかに応えた。
「俺らだな! よーし! 今、そっちに行ってやる。待ってろ!」
筋肉一郎は、一気に加速した。
乗っている主は、暁だ。もちろん、動じない。
堂に入ったロデオライダーだ。
ひゅるるるっ! ひゅるるるっ!
ペラペラの腕が、続けざまに襲い掛かる。
それを察知して、碧を乗せた筋肉二郎も、更にぶっ飛ばした。
ド・ジョー達の乗った水柱が、みるみる後方に離されていく。
執拗な攻撃だ。
二羽の巨大白鳥は、それぞれ、ジグザグに避けながら、湖面を滑走した。
もはや、鳥類のスピードではない。
碧は、死に物狂いで首輪に齧り付いた。
「碧! パス!」
暁だ。横に着いてきた。
二羽のマッチョ・スワンズは、スピードを合わせた。並んで爆走する。
「暁! 手、伸ばせる?」
「うん!」
二人の手が、合わさろうとした。
だが。
ひゅるるるっ!
「うわっ!」
みかげの巻き腕が、妨害した。
薄っぺらいフィルムが、ちょうど手と手の間に割り込んできたのだ。
危うくレーザーポインターを落としそうになって、碧が声を上げる。
「碧、もう一回!」
暁が、もう一度手を伸ばした。
だが。
キキィ……ッ
筋肉一郎が、急停止した。
「暁!」
あっという間に、暁達が取り残される。
「どうしたの? 一郎さん、大丈夫?」
白鳥は、羽をジタバタさせて、もがいている。
暴れ牛ならぬ、暴れ白鳥だ。
ロデオ状態で揺さぶられても、暁は余裕だ。
心配して、一郎に声を掛ける。
頭上のティアラも、びくともしていない。
「二郎! 気を付けろ、下だ!」
もがきながらも、一郎が、声を張り上げた。
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