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17.リトライ(2)
「そうか!」
碧の白鳥、二郎が、はっと気づいた。
「飛ぶぞ。掴まれ、碧!」
「ええっ!?」
ばさり ばさり……っ
ひときわ力強く、スワンが羽ばたいた。
湖面を滑っていく。
さらに速くなった。
ばさりばさりばさりっ!
ふわり
碧のお腹のあたりが、すうっとした。
視界が、徐々に上へとずれていく。
飛んでるんだ!
ぴゅるるるっ
フィルムが、下から襲ってきた。
感動している暇もない。
「うわっ」
碧は叫んだ。だが、二郎が難なく躱す。
碧は、湖面を見下ろして、納得した。
スワンが飛ぼうと判断したわけだ。
あちこちから、セピア色のフィルムが突き出ていた。まるで巨大蛸の足だ。
「水の中から襲われたら、見えやしない。飛んだ方が、まだ避けようがある」
羽ばたきながら、筋肉二郎が説明する。
「待たせたな!」
そこに、リーダーの力強い声が響いた。
斜め下を飛行している。
野太い脚には、ずたぼろになったフィルムを棚引かせていた。
力尽くで引きちぎって、飛び立ったらしい。
さすがは、筋肉の申し子だ。
「碧! 投げて!」
暁が、片手を伸ばした。
バトンパス再開だ。
だが、レーザーポインターは、あまりにも小さい。
碧は、なるべくペンの端っこを持った。
身を乗り出して、暁の手のひらに落とそうとする。
かなり怖い体勢だ。
でも、やらなきゃ帰れない……!
ぴゅるるるっ
まただ!
碧は、慌ててペンを引っ込めた。
セピア色のフィルムが、二羽の間を裂くように放たれた。これは腕なのか、足なのか。
もう、どっちでも同じだ。
「碧、しっかり掴まれ。旋回する」
筋肉二郎は、落ち着いた声で、はっきりと指示をした。
歴戦の強者といった風格だ。
熱く滾る1号とは対照的に、あくまでも冷静な2号。
マッチョ・スワンズのツートップは、揃って綺麗に中空をターンした。
「完全にマークされちまったな」
見下ろして、リーダーが零す。
嘆きの湖は、セピア色のフィルムに侵食されていた。まずい。どんどん増えている。
埒が明かない。
そう思ったのは、みかげも同じだったらしい。
うねうねしていたフィルムの帯が、突然、動きを合わせた。
ぴゅるるるるっ!!!!!
一斉に襲い掛かってくる!
「いいっ?」
スワンズのリーダーですら、ひきつった。
物量攻撃だ。
避け切れない。叩き落とされる!
「暁! 碧!」
ばさり!
陽を乗せた筋肉三郎だ。このコンビも飛んできたのだ。
「うおお!」
陽が、気合を込めて何かをぶん投げた。
びろんと伸びたフィルムを、薙ぎ倒していく。
ボウリングならば、ストライクだ。
「バーベルか!」
筋肉二郎が、感嘆する。
その通り。白鳥に跨った陽は、もう一本、バーベルを手にしていた。
マッチョ・スワンズの巣から、小さめの物をチョイスしてきたのだ。
ただし、両端のディスクは減らした。
でなきゃ、とうてい扱えない重量だったのだ。
「俺達が援護する! バトンパスを続けろ!」
筋肉三郎が、大音声を上げた。
「ようし、もう一回だ。いくぞ!」
マッチョ・スワンズのリーダーが、皆に言い放つ。
「押忍!!!」
暁、碧、筋肉二郎の声が、揃った。
うおおぉぉ……
雄叫びが、上から聞こえてくる。
桃は、はらはらしながら、戦う仲間たちを見上げていた。
ここは、メンテナンスモードの時に連れてきてもらった、マッチョ・スワンズの巣だ。
大小のバーベルが積み重なって出来ている。
トレーニング道具=住居という、マッチョの巣窟だ。
「桃は、ここにいろ」
バーベルを携えた兄は、そう言い置いて、白鳥で飛び立っていった。
でも。私だけ、ここに隠れてて、いいのかな。
バトンパスには、自分も含まれている。
全員が受け渡しに参加しないと、みんな、現実の世界には帰れないのだ。
「黒鳥さん、あのね……」
声が震えた。
でも、言わなくちゃ。
黒鳥の名は、筋肉四郎五郎マッスル左衛門。
厳つい名前に反して、マッチョ・スワンズ随一の穏やかな筋肉野郎だ。
うにょんと頸を曲げて、乗せている桃を見た。
優しい目だ。
「怖いけど、私も、あそこに行かなくちゃ。お願い。飛んでもらえる?」
こくり
黒鳥が頷いた。
ついーっ
黒鳥は、滑るように巣を出た。
巣は、湖の端っこだ。
みかげの手足も、ここまでは来ていない。
「桃、大丈夫だよ。必ず、僕が守るから。しっかりと捕まっていて」
「目、つぶっててもいい?」
開けている自信はない。小さく、桃が尋ねた。
「うん。いくよ」
穏やかに、マッスル左衛門が応えた。
だが、口調とは真逆に、激しく加速した。
目を固く瞑った桃が、鞍上で縮こまる。
ばさ ばさ ばさっっ!
黒鳥も飛び上がった。
上空では、乱戦が繰り広げられていた。
「今だ、暁!」
「待って、また来る!」
「まかせろ!」
もはや、誰の声だか分からない。
てんでんばらばらに喚き合う。
バーベルを振り回して、ペラペラフィルムを退けていた陽が、声を上げた。
「しまった!」
ぴゅるるるるっ!
巻き舌フィルムが、バーベルを搔っ攫った。
スペアは、もうない。
どうする? 取りに降りるか?
その時。オネエな声が割って入った。
「陽~。はい、ど・う・ぞ!」
マダム・チュウ+999だ。
ド・ジョーが操っているのだろう。高く聳えた水柱の天辺に、突っ立っている。
ピンクネズミは、軽々とバーベルを担いでいた。二本もだ。
「あ、ありがとう」
さすがの陽も、どもった。
自分でも、かろうじて扱える重さのバーベルだ。それを、小さなネズミが、もじもじと差し出している。
「いや~ん。お礼なんていいのよ、陽」
オネエネズミは、くねくねと身を捩った。
一本、陽に手渡す。
すると、下からフィルムの攻撃音が響いた。
ぴゅるるるるっ!
マダム・チュウ+999が、キッと睨みつけた。野太い掛け声が、オネエネズミの喉から迸る。
「ゥオラァ!」
すぱーん
ネズミが放り投げたバーベルが、フィルムを根こそぎ薙ぎ払った。
陽よりも切れのある音を立てて、瞬殺する。
明らかに、みかげが怯んだ。
フィルムの手足が、一瞬、すべて固まる。
この機を逃す筋肉二郎ではなかった。
「今だ、碧。暁にパスしろ」
言いながら、暁の白鳥に急接近する。
「暁、パス!」
碧が、上から、暁を目掛けて落っことした。
ペンが、暁の手のひらでバウンドする。
だめか?
「っととと。大丈夫、受け取ったよ!」
ぐおおおお!
咆哮が、湖中に響き渡った。
みかげが、悔し紛れに喚いているのだ。
「次は? 誰に渡すんだっけ?」
暁が、上を飛んでいる碧に尋ねる。
陽→碧→暁、ときたから。
「桃ちゃんだ。いったん降りないと」
そう答えた碧は、信じられない光景を目にして、絶句した。
黒鳥だ。桃が乗っている。
こっちに飛んで来る!
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