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18.ラストチャンス(1)
「四郎五郎マッスル左衛門!」
マッチョ・スワンズのリーダーが、黒鳥に呼びかけた。長い名前なので、早口でだ。
黒鳥も、早口で言う。
「みんな、援護して。桃は目を開けられない」
本当だ。桃は、固く目をつぶって、首輪にしがみ付いている。
飛んでいるスワンに乗っているだけで、精一杯なのだろう。
「押忍!」
二郎と三郎が、了解した。
「黒鳥さんの左下に行って、一郎さん!」
暁が、乗っている白鳥に頼む。
「おう!」
筋肉一郎は、減速しながら近づいた。
黒鳥のスピードは、かなり、ゆっくりだ。
桃を気遣っているのだろう。
暁は、大きな声で呼びかけた。
「桃ちゃん。目は閉じたままでいいから、ゆっくりと前に屈んでみて。そうしたら、黒鳥さんの頸に、両腕を回すの。やってみて」
桃の喉からは、すすり泣くような声しか出てこなかった。
だが、暁には伝わった。
だめ。むり。できない。こわい。
「ゆっくりでいいよ。待ってるから」
ああ、暁だ。閉ざした桃の瞼に、にこにこ笑う姿が浮かんだ。
暁は、稽古中も、よくこの台詞を口にする。
そして、こう繰り返すのだ。
「焦らなくていいよ」
ゆっくり、ゆっくり。
桃は、体を折り曲げた。
右手を頸に回す。そして、左手も。
ふわふわの羽毛が、顔に触れた。
ほっとした。うん、できた。大丈夫。
そうこうしている間も、周りでは激しい戦いが繰り広げられていた。
フィルムが、次々、下から襲い掛かってくる。
桃と暁を真ん中に守って、碧と陽の白鳥が、ぐるぐると飛ぶ。
べしっ
碧の白鳥が、フィルムを叩き落とした。
「ふんっ!」
陽は、バーベルを槍のように扱って、蹴散らす。戦国武将さながらだ。
「ん?」
筋肉二郎が、気付いた。
こちら目掛けて襲ってきたフィルムが、途中で、うろうろと戻って行ったのだ。
ああ違った、とでもいうように。
そうか。暁と判別がつかないのだな。
同じような背格好だし、スワンも白だ。
暁はティアラをしているが、小さくて目印になるほどではない。
「碧。攪乱するぞ」
白鳥がニヤリと笑うのを、碧は初めて見た。
筋肉二郎は、わざと黒鳥の傍をうろちょろ飛び始めた。
擬態だ。みかげのフィルム手足は、まんまと翻弄された。
加えて、主力の攻撃が熾烈を極めた。
ド・ジョーが、縦横無尽に水柱を操る。
それに同乗したマダム・チュウ+999が、バーベルを連投するのだ。
「オラオラオラァ!」
まるっきり、オネエの仮面が剥がれ落ちている。だが、誰一人、笑う余裕なんてない。
「はい、陽、ど・う・ぞ。うふん」
攻撃の合間に、陽が放り投げてしまったバーベルも、いそいそと回収しては手渡している。
一番、敵に回してはいけない猛者が、このピンクネズミだ。
「桃ちゃん。左手を、少しだけ降ろしてみて」
暁が、黒鳥の下に付いて促した。
桃の手が震えている。だが、黒鳥の頸に回した左手の指が、少しだけ浮いた。
暁が、白鳥の鞍上から伸び上がった。
レーザーポインターを、桃の左手に突っ込もうと頑張る。
一郎と四郎五郎マッスル左衛門は、羽ばたきのリズムを合わせて、可能な限り接近した。
一郎が尋ねる。
「いけるか? 暁」
「ん~っ。あと、もうちょっと!」
ぴゅるるるるっ!
「しまった!」
碧と二郎が、同時に叫んだ。
ひときわ細い帯が、バーベル攻撃をかいくぐって、稲妻のように走ったのだ。
暁の手から小さなペンを奪い去ると、くるくると丸まりながら戻って行く。
カメレオンの舌、さながらだ。
暁も叫んだ。
「あーっ。取られちゃった!」
「あ~」
一斉に、がっかりした声がスワンズと搭乗者達から上がった。
キキキキキ!
みかげが、あざ笑う。
熱帯のジャングルで聞こえてきそうな、野獣の哄笑だ。
「しかたがない。仕切り直しだ」
リーダーが、いち早く気を取り直した。
マッチョ・スワンズは、綺麗なV字の隊列を組んだ。暁を先頭に、湖の上空を大きく旋回する。
「みんな、ごめんね。せっかく上手くいってたのに」
暁が、振り返って謝った。
桃をみじんも責めたりしない。
「いや、しかたないよ。こっちも防御しきれなかったし」
碧も本心から言う。
それが申し訳なくて、桃は黒鳥の鞍上で縮こまった。
ちゃんと目を開いて、みんなの顔を見て謝りたい。でも、それすらできないなんて。
「ごめん……。ほんと、ごめんなさい」
目をつむったまま、呟くように謝罪する桃に、勇仁会のメンバーは声を揃えた。
「大丈夫! 次、決めよう!」
遥か下に、みかげの本体が見えた。
湖の中央に、ふらふらと聳え立っている。
攻撃は止んでいた。
帰るのを妨害する意思はあっても、危害を加える気は無いらしい。
「やっぱり、レーザーポインターだと小さすぎたかなあ」
陽が、ぼやいた。反省しきりだ。
「あらん。陽は悪くないわ」
マダム・チュウ+999が、慰めた。
ネズミとドジョウは、ひょろひょろ伸びた水柱に乗っかっている。
細長い竜巻が、スワンの追っかけをしているような塩梅だ。
「何事も、やってみなくちゃ分からないわよ。はい、バーベル」
小さな片手で、軽々と陽にバーベルを手渡す。
隣のド・ジョーは、げんなりした表情だ。
「おい、ネズミの奥さんよ。ちょっと降りろ。俺の視界から、そのピンク色を、いっとき消してくれ。目がチカチカして敵わねえ」
気の毒に。高速で動き回るピンクネズミによる、眼精疲労だ。
「あらん。失礼ねえ」
そう言いながらも、マダム・チュウ+999は、ぴょんとジャンプした。碧のフードに飛び込む。
「ちょっとお、マダム・チュウ+999!」
「あ~。ふわふわで気持ちいいわあ。一休み、一休みっと」
「……まったくもう」
ぶつぶつ言いながらも、碧は何もしない。
なんだかんだ言って、すっかり慣らされてしまっている。
陽が、いきなり言い出した。
「そうだ。大きい方が、みかげに取られにくいんじゃないか? バーベルは、どうだろう」
横を飛ぶ碧に、ひょいと投げて寄越した。
さっき戦ってた時の物より、小さめサイズだ。
「う~ん、どうかなあ」
ずしり
「うわっ」
「碧~!」
重い。体ごと持っていかれた。そのまま落っこちそうになる碧に、全員が慌てて叫ぶ。
ほとんど意地で、碧は体勢を立て直した。
死ぬかと思った。
陽とネズミは、片手で持ってたじゃないか。
「……無理だよ、重すぎる。これ、桃ちゃんが片手で持てると思うか?」
自分も持てないとは、死んでも言いたくない碧である。
「そうかあ。じゃあ、別の物にしよう。何がいいかなあ」
考え込んだ陽に、碧は、なんとかバーベルを返した。大切な武器だ。
陽は、なんの造作もなく、片手で受け取る。
ピロピロリン
可愛らしいチャイム音が、上から降ってきた。
『3回のトライに失敗しました。湖の恩恵は、もう受けられません。次のトライで最後となります』
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