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18.かぼちゃ(1)
その時。暁が、みかげの隙を突いた。
みかげの意識が、開き始めたドアに向く。
その一瞬を狙って、思いっきり体を反らせたのだ。
鯱のポーズだ。
かわいいチュチュが、台無しである。
ぼとり
さすがに、みかげが暁を落っことした。
すかさず、暁がこっちに逃げ出して来る。
今だ!
「ふん……っ」
ド・ジョーの声と水の矢が、同時に飛んだ。
絶妙のタイミングだ。
だが。すべて無駄だった。
みかげは、ゆっくりと振り返った。
飛んで来る水流を前にしても、動じる様子はない。
ふっ
唇に浮かんだのは、冷笑だ。
その直後に、みかげの姿が消えた。
「え?!」
陽が、目標を見失って、たたらを踏む。
どこだ?
慌てて見渡す。
いた。まずい。暁の後ろを取っている!
ほとんど瞬間移動だ。
「暁、うしろ!」
陽が叫んだ瞬間。
暁の体が、扉に向かって吹っ飛んでいった。
みかげが、片手で掴んで放り投げたのだ。
だが、その手の動きひとつすら、陽の目に留まらなかった。あり得ない素早さだ。
ばしぃ……!
飛んでいった水の矢が、開いた扉の中に消えていく。
標的は、もうそこにはいない。空振りだ。
ごろんごろん
代わりに、放り出された暁が、木の床を転がって、扉に入って行った。
ボーリングだったら、ストライクだ。
「暁!」
碧が叫んだ。
扉の遥か奥に、倒れこんでいる姿が見える。
ずいぶん、ふっ飛ばされたものだ。
綺麗に張り出していたスカートが、つぶれてぐちゃぐちゃになっている。
「……う」
か細い唸り声が、答えた。
大丈夫だ。意識はある。
陽が、はっと我に返った。
今だ! 扉が開いているうちに。
駆けこめ! 暁のところへ!
ひゅんっ
またもや瞬間移動だった。
みかげだ。目の前にいる!
気付いたときには、陽は弾き飛ばされていた。
「陽っ」
碧も一緒に吹っ飛ぶ。
みかげは、ご丁寧にも、陽を碧に向かって投げつけたのだ。
受け止めきれるはずがない。
ダダンッ
二人揃って、固い床に叩きつけられる。
碧に至っては、二回目の転倒だ。しかも、今回は陽が上に乗っかっている。
特大の重しだ。さっきより痛い。
ちっくしょう。タキシードの下に、耐衝撃のプロテクターを装着しておくんだった!
「みかげ、もうよせ」
諭す声が聞こえてきた。
「もう、何をしても無駄だ。自分の足首を見てみろ」
ド・ジョーが、淡々と語りかけている。
その声からは、怒りが失せていた。
嘲りすら混じっていない。
「ごめん碧、大丈夫か?」
口早に詫びながら、陽が上から飛び退いた。
痛みのあまり、唸り声が勝手に口から洩れてくる。
それでも、歯を食いしばって身を起こそうとすると、陽がすぐに手助けしてくれた。
右手に、素早く何か手渡してくる。
眼鏡だ。
衝撃で吹っ飛んで、床に落ちたらしい。
陽が、電光石火の早業で拾ってくれたのだ。
急げ。扉が開いているうちに入るんだ!
顔を見なくたって、陽もそう思っているのが分かる。
すちゃっと眼鏡をかけ直して、碧も駆け出した。
ツートンカラーの巨大な両引き戸は、白い側だけが開いて、止まっていた。
そこに、救世主がいた。
その隙間の手前に浮かんでいる。
ド・ジョーだ!
乗り物の球は赤や緑とカラフルだが、水製の燕尾服とシルクハットは透明だった。
金色の魚体に、きらきらと纏わりついている。
みかげは、対峙するドジョウを睨みつけた。
相手は、ちょうど目の前にいる。
近いが、手を伸ばしても、ほんのちょっとだけ届かないだろう。絶妙の距離だ。
計算尽くのド・ジョーだった。
これ以上近づいたら、自分も吹っ飛ばされる。
みかげは扉に入り、力ずくで閉めるだろう。
それで、おしまいだ。
ぎりぎりの間合いを取って、ド・ジョーは語り続けた。
「いいから、ちゃんと足首を見ろ。どんどん大きくなっているだろう?」
身の内に溜まる不満や怒りを養分にして、そいつは育った。
たっぷり、あったことだろうよ。
だから、きっと、まだ大きくなる。
「それは、お前が生み出してしまった足枷だ。人のせいで科せられた罰ではない。わかるな、自分自身から生えた鎖だ」
足首?
今さら見たって、どうなるっていうのよ?
隙を狙っているのね。その手は食わないわ。
みかげは、一言も返事をしない。
だが、憎々し気な眼差しが、そう答えていた。
やはり、だめか。
ド・ジョーは、小さく溜息をついた。
まだ、こちらの声は聞こえているようだが。
それも……時間の問題だ。
陽と碧が、駆け寄ってきた。
扉の前で仁王立ちしたみかげが、油断なく目だけを動かす。
すぐに気づいて、陽の腕が碧を止めた。
ド・ジョーと並んで立つ。
相手の動きを見ろ。チャンスを窺うんだ。
ぴくん
ド・ジョーのヒゲが、かすかに動く。
さあぁ……
後ろから、一筋の水がやって来た。
オーケストラボックスの泉から引かれた川だ。
ド・ジョーと陽の間を、静かに走っていく。
細い。流れも緩やかだ。
攻撃の目的ではないのが、誰の目にもはっきりと分かった。
川の先っぽが、みかげの足元に届いた。
そこからは、噴水のように上に湧き上がる。
「なんだ?」
陽が目を見開く。みかげを刺激しないように、自然と小声になった。
噴水の上に、何かが乗っかっている。
薄い黄色の、でこぼこした物だ。
それは、どう見ても。
「かぼちゃだ」
碧が、ぽつりと言った。



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