ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

18.かぼちゃ(1)

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18.かぼちゃ(1)

その時(とき)。暁(あかつき)が、みかげの隙(すき)を突(つ)いた。
みかげの意識(いしき)が、開(ひら)き始(はじ)めたドアに向(む)く。
その一瞬(いっしゅん)を狙(ねら)って、思(おも)いっきり体(からだ)を反(そ)らせたのだ。

鯱(しゃちほこ)のポーズだ。
かわいいチュチュが、台無(だいな)しである。

ぼとり
さすがに、みかげが暁(あかつき)を落(お)っことした。
すかさず、暁(あかつき)がこっちに逃(に)げ出(だ)して来(く)る。
今(いま)だ!

「ふん……っ」
ド・ジョーの声(こえ)と水(みず)の矢(や)が、同時(どうじ)に飛(と)んだ。
絶妙(ぜつみょう)のタイミングだ。

だが。すべて無駄(むだ)だった。
みかげは、ゆっくりと振(ふ)り返(かえ)った。
飛(と)んで来(く)る水流(すいりゅう)を前(まえ)にしても、動(どう)じる様子(ようす)はない。

ふっ
唇(くちびる)に浮(う)かんだのは、冷笑(れいしょう)だ。

その直後(ちょくご)に、みかげの姿(すがた)が消(き)えた。

「え?!」
陽(よう)が、目標(もくひょう)を見失(みうしな)って、たたらを踏(ふ)む。

どこだ?
慌(あわ)てて見渡(みわた)す。
いた。まずい。暁(あかつき)の後(うし)ろを取(と)っている!
ほとんど瞬間(しゅんかん)移動(いどう)だ。

「暁(あかつき)、うしろ!」
陽(よう)が叫(さけ)んだ瞬間(しゅんかん)。
暁(あかつき)の体(からだ)が、扉(とびら)に向(む)かって吹(ふ)っ飛(と)んでいった。
みかげが、片手(かたて)で掴(つか)んで放(ほう)り投(な)げたのだ。
だが、その手(て)の動(うご)きひとつすら、陽(よう)の目(め)に留(とど)まらなかった。あり得(え)ない素早(すばや)さだ。

ばしぃ……!
飛(と)んでいった水(みず)の矢(や)が、開(ひら)いた扉(とびら)の中(なか)に消(き)えていく。
標的(ひょうてき)は、もうそこにはいない。空振(からぶ)りだ。

ごろんごろん
代(か)わりに、放(ほう)り出(だ)された暁(あかつき)が、木(き)の床(ゆか)を転(ころ)がって、扉(とびら)に入(はい)って行(い)った。
ボーリングだったら、ストライクだ。

「暁(あかつき)!」
碧(あおい)が叫(さけ)んだ。
扉(とびら)の遥(はる)か奥(おく)に、倒(たお)れこんでいる姿(すがた)が見(み)える。
ずいぶん、ふっ飛(と)ばされたものだ。
綺麗(きれい)に張(は)り出(だ)していたスカートが、つぶれてぐちゃぐちゃになっている。

「……う」
か細(ぼそ)い唸(うな)り声(ごえ)が、答(こた)えた。
大丈夫(だいじょうぶ)だ。意識(いしき)はある。

陽(よう)が、はっと我(われ)に返(かえ)った。

今(いま)だ! 扉(とびら)が開(ひら)いているうちに。
駆(か)けこめ! 暁(あかつき)のところへ!

ひゅんっ
またもや瞬間(しゅんかん)移動(いどう)だった。
みかげだ。目(め)の前(まえ)にいる!
気付(きづ)いたときには、陽(よう)は弾(はじ)き飛(と)ばされていた。

「陽(よう)っ」
碧(あおい)も一緒(いっしょ)に吹(ふ)っ飛(と)ぶ。
みかげは、ご丁寧(ていねい)にも、陽(よう)を碧(あおい)に向(む)かって投(な)げつけたのだ。
受(う)け止(と)めきれるはずがない。

ダダンッ
二人(ふたり)揃(そろ)って、固(かた)い床(ゆか)に叩(たた)きつけられる。
碧(あおい)に至(いた)っては、二回目(にかいめ)の転倒(てんとう)だ。しかも、今回(こんかい)は陽(よう)が上(うえ)に乗(の)っかっている。
特大(とくだい)の重(おも)しだ。さっきより痛(いた)い。

ちっくしょう。タキシードの下(した)に、耐(たい)衝撃(しょうげき)のプロテクターを装着(そうちゃく)しておくんだった!

「みかげ、もうよせ」
諭(さと)す声(こえ)が聞(き)こえてきた。

「もう、何(なに)をしても無駄(むだ)だ。自分(じぶん)の足首(あしくび)を見(み)てみろ」
ド・ジョーが、淡々(たんたん)と語(かた)りかけている。
その声(こえ)からは、怒(いか)りが失(う)せていた。
嘲(あざけ)りすら混(ま)じっていない。

「ごめん碧(あおい)、大丈夫(だいじょうぶ)か?」
口早(くちばや)に詫(わ)びながら、陽(よう)が上(うえ)から飛(と)び退(の)いた。
痛(いた)みのあまり、唸(うな)り声(こえ)が勝手(かって)に口(くち)から洩(も)れてくる。
それでも、歯(は)を食(く)いしばって身(み)を起(お)こそうとすると、陽(よう)がすぐに手助(てだす)けしてくれた。

右手(みぎて)に、素早(すばや)く何(なに)か手渡(てわた)してくる。

眼鏡(めがね)だ。
衝撃(しょうげき)で吹(ふ)っ飛(と)んで、床(ゆか)に落(お)ちたらしい。
陽(よう)が、電光(でんこう)石火(せっか)の早業(はやわざ)で拾(ひろ)ってくれたのだ。

急(いそ)げ。扉(とびら)が開(ひら)いているうちに入(はい)るんだ!

顔(かお)を見(み)なくたって、陽(よう)もそう思(おも)っているのが分(わ)かる。
すちゃっと眼鏡(めがね)をかけ直(なお)して、碧(あおい)も駆(か)け出(だ)した。

ツートンカラーの巨大(きょだい)な両引(りょうひ)き戸(ど)は、白(しろ)い側(がわ)だけが開(あ)いて、止(と)まっていた。

そこに、救世(きゅうせい)主(しゅ)がいた。
その隙間(すきま)の手前(てまえ)に浮(う)かんでいる。

ド・ジョーだ!
乗(の)り物(もの)の球(たま)は赤(あか)や緑(みどり)とカラフルだが、水製(みずせい)の燕尾服(えんびふく)とシルクハットは透明(とうめい)だった。
金色(きんいろ)の魚体(ぎょたい)に、きらきらと纏(まと)わりついている。

みかげは、対峙(たいじ)するドジョウを睨(にら)みつけた。
相手(あいて)は、ちょうど目(め)の前(まえ)にいる。
近(ちか)いが、手(て)を伸(の)ばしても、ほんのちょっとだけ届(とど)かないだろう。絶妙(ぜつみょう)の距離(きょり)だ。

計算(けいさん)尽(づ)くのド・ジョーだった。
これ以上(いじょう)近(ちか)づいたら、自分(じぶん)も吹(ふ)っ飛(と)ばされる。
みかげは扉(とびら)に入(い)り、力(ちから)ずくで閉(し)めるだろう。
それで、おしまいだ。

ぎりぎりの間(ま)合(あ)いを取(と)って、ド・ジョーは語(かた)り続(つづ)けた。

「いいから、ちゃんと足首(あしくび)を見(み)ろ。どんどん大(おお)きくなっているだろう?」
身(み)の内(うち)に溜(た)まる不満(ふまん)や怒(いか)りを養分(ようぶん)にして、そいつは育(そだ)った。
たっぷり、あったことだろうよ。
だから、きっと、まだ大(おお)きくなる。

「それは、お前(まえ)が生(う)み出(だ)してしまった足(あし)枷(かせ)だ。人(ひと)のせいで科(か)せられた罰(ばつ)ではない。わかるな、自分(じぶん)自身(じしん)から生(は)えた鎖(くさり)だ」

足首(あしくび)?
今(いま)さら見(み)たって、どうなるっていうのよ?
隙(すき)を狙(ねら)っているのね。その手(て)は食(く)わないわ。

みかげは、一言(ひとこと)も返事(へんじ)をしない。
だが、憎々(にくにく)し気(げ)な眼差(まなざ)しが、そう答(こた)えていた。

やはり、だめか。
ド・ジョーは、小(ちい)さく溜息(ためいき)をついた。
まだ、こちらの声(こえ)は聞(き)こえているようだが。
それも……時間(じかん)の問題(もんだい)だ。

陽(よう)と碧(あおい)が、駆(か)け寄(よ)ってきた。
扉(とびら)の前(まえ)で仁王(におう)立(だ)ちしたみかげが、油断(ゆだん)なく目(め)だけを動(うご)かす。

すぐに気(き)づいて、陽(よう)の腕(うで)が碧(あおい)を止(と)めた。
ド・ジョーと並(なら)んで立(た)つ。
相手(あいて)の動(うご)きを見(み)ろ。チャンスを窺(うかが)うんだ。

ぴくん
ド・ジョーのヒゲが、かすかに動(うご)く。

さあぁ……
後(うし)ろから、一筋(ひとすじ)の水(みず)がやって来(き)た。
オーケストラボックスの泉(いずみ)から引(ひ)かれた川(かわ)だ。
ド・ジョーと陽(よう)の間(あいだ)を、静(しず)かに走(はし)っていく。

細(ほそ)い。流(なが)れも緩(ゆる)やかだ。
攻撃(こうげき)の目的(もくてき)ではないのが、誰(だれ)の目(め)にもはっきりと分(わ)かった。

川(かわ)の先(さき)っぽが、みかげの足元(あしもと)に届(とど)いた。
そこからは、噴水(ふんすい)のように上(うえ)に湧(わ)き上(あ)がる。

「なんだ?」
陽(よう)が目(め)を見開(みひら)く。みかげを刺激(しげき)しないように、自然(しぜん)と小声(こごえ)になった。

噴水(ふんすい)の上(うえ)に、何(なに)かが乗(の)っかっている。
薄(うす)い黄色(きいろ)の、でこぼこした物(もの)だ。

それは、どう見(み)ても。
「かぼちゃだ」
碧(あおい)が、ぽつりと言(い)った。

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