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18.かぼちゃ(2)
持ち上げて眼前に突き付けられては、見ないわけにはいかない。
もはや、ドッジボール大だった。
最初は、つるっとした、緑色のピンポン玉だったのに。
形も変わった。歪になっている。
いつのまに?
こんなに大きくなっていたの?
みかげの目が、揺らいだ。動揺している。
陽と碧が、目を見合わせる。
ド・ジョーは、みかげを説得するつもりだ。
その糸口が、これなんだ。
噴水に乗っかった、薄黄色のかぼちゃ。
てっぺんから、太い蔓が伸びていた。
葉っぱは、付いていない。まるで一本の縄だ。
それが繋がっている。みかげの足首に。
にゅうっ
水の柱から、小さな腕が二本生えた。
水の手が、緑の鎖を掴む。
そして、左右に動いた。引きちぎろうとする所作だ。
だが、びくともしない。
水の両手は、水柱に消えていく。
そこから、右手だけが、また現れた。
水でできたナイフを握っている。
切りつけた。
だが、だめだ。切れ目すらできない。
みかげの表情が、こわばっていく。
のこぎりが現れた。
それも歯が立たない。
今度はチェーンソーだ。
次々と、より強力な獲物が水の柱から現れ、挑んでは引っ込んでいく。
だが、どれも無駄だった。
傷ひとつ付けることができない。
目の前で繰り広げられる、失敗続きのショーを見せつけられて、みかげの顔がどんどん険しくなっていく。
やがて、ド・ジョーが言い渡した。
「この鎖は切れない。お前を自由にしてやることは、できない」
残酷な宣告だ。
だが、低い声に込められているのは、まぎれもない憐憫だ。
「……」
みかげの口が動いた。
でも声になっていない。
ここに至っても、打ちひしがれて俯いたりしないのは、あっぱれだった。
こっちに蒼白な顔を向けたまま、開いた扉を背に、立ち尽くしている。
ごとり
かぼちゃが、音を立てて床に落ちた。
みかげの足元に沸いた噴水は、いつしか盛り上がるのを止めていた。
またオーケストラボックスに戻っていく。
床には水滴ひとつ残っていない。
「暁、起きろ。お前さんが、囚人に付き合うことはない」
あくまでも静かに、ド・ジョーは語り続けた。
開いた扉の遥か向こうに、暁が見える。
まだ、床に倒れたままだ。でも、わずかに身じろぎしている。
ゆっくりと、みかげが後ずさった。
いやいやするように首を振っている。
唇が、また動いていた。
でも、やはり聞き取れない。
嘘よ。騙そうとしてるんだわ。
きっと、これを取る方法だってあるはず。
まだチャンスは残っているんだから。
きっと次は上手くいく。
最後のチャンスよ。
諦めたくない。
「暁、聞こえるか? 起きろ、今すぐにだ」
ド・ジョーの低い声は、よく通った。
音量は大きくない。
だが、暁の頭が、ちょっと持ち上がった。
ずり…… ずり……
かぼちゃも、みかげの足に引きずられていく。
相手が後退した分、じりじりとド・ジョーは間合いを詰めた。
陽も。碧もだ。
かぼちゃが、レールを越えた。
ちゃら~ん
そこで、場違いなほど明るいチャイム音が流れた。
続いて、アナウンスが流れる。
愛想のいい綺麗な声だ。ぴりぴり緊迫した空気に、全くそぐわない。
『扉が閉まります』
「ちょ、ちょっと待って、ストップ!」
碧が、反射的に叫ぶ。
だが、扉はスライドし始めた。
閉まっていく。まずい!
陽とド・ジョーは、同時に動いていた。
ばしぃっ……
水の矢が飛んでいく。
陽も、一気に中に踏み込んだ。全速力で暁のもとに駆け寄っていく。
そうはさせない。
やはり速い。見えないほどだ。みかげが、陽の前に立ちはだかった。
だが、ド・ジョーは、それを読んでいた。
陽の先を飛んでいた水の矢が、くねりと曲がる。水としてはあり得ない動きだ。
ぎゅんっ!
鋭い水流を真横から喰らって、みかげの体が突き飛ばされる。
今度は命中だ。
「暁!」
至近距離から大声で呼びかけられて、今度こそ暁の意識がはっきりと戻った。
陽だ。
しまった。どれだけ朦朧としてたんだろう?
逃げなくちゃ!
そう思ったのと同時に、ぐいっと体が起こされた。
陽の顔を見れば、分かる。大丈夫か?
素早く暁が頷いたところで、
「暁! こっちだ!」
碧の呼ぶ声が聞こえた。
声だけで、非常事態、一刻の猶予もないのが分かる。
果たして、両腕で巨大な扉を挟んで、踏んばっている碧の姿があった。
碧の足は、ゆっくりと、だが確実に押し流されている。
扉が、閉まっていく。
「走れ! 暁!」
碧と陽が、同時に叫んだ。



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