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19.妬心・化身ソネムネ・タム(2)
「なんだあ、これ?!」
陽が、素っ頓狂な声を上げる。
一緒に走っていた暁も、悲鳴を上げていた。
同様に取り囲まれている。
なんて数だろう。走れたものではない。
ものの数秒で、室内は、すっかり様変わりしていた。
黒い折り紙を人の形に切り抜いたような連中が、部屋中で、ゆらゆら揺れていた。
背の高いやつ、低いやつ。
太っちょも、やせっぽちもいる。
バリエーション豊かな、影法師の見本市だ。
だが、顔はみな同じだった。
三日月形の切り込みが、三つ入っている。
細めた両目と、いやらしく曲がった口だ。
そろって、こそこそ陰口を叩きそうな表情を作っている。
そして。
こいつらは、全員、どぶ川の汚水でも引っ被たみたいに、ぬめぬめと濡れていた。
極力近寄りたくない。ましてや触りたくなんかない。そんな連中だ。
光があるところに、影はどうしてもできる。
エトワールは、燦然と輝きを放つ星だ。
称賛や憧れを集めるだけではすまない。
それを妬む者が、必ず出てきてしまう。
人の、どうしようもない暗闇の化身が、ここにいるのだ。
ド・ジョーは、要点だけ述べた。
「ソネムネ・タムだ! 相手にすんな!」
オーロラの地宮、いたるところに、こいつらは嫌がられつつも出没する。
特に、この控室、フォワイエ・ド・ラ・ダンスは、お好きなようだ。
薄い体で隅っこにいるから気付かれにくいが、常に何体かいる。
そして、やることは大抵せこい。
舞台の小物を隠すくらいの嫌がらせをするのが、関の山だ。
陽にはそう答えたが、ド・ジョーは愕然とした顔で室内を見渡した。
どうしてだ?
なぜソネムネ・タムが、このタイミングで現れる?
それに、この数は、ありえない。異常だ。
しかも、どんどん増えていく。
そして、影法師の群れは、さらにド・ジョーを困惑させる行動をとった。
いっせいに両腕を上げて、波打つように動かし始めたのだ。
ぬめ・ぬめ・ぬめ・ぬめ
なんだろう。へんてこな群舞みたいだ。
しかも、かなり激しい。脂肪燃焼効果がありそうな踊りだ。
こいつら、こんなに速く動けたのか?!
思わず感心してしまったド・ジョーを、ぬめぬめした二本の腕が掴んだ。
正確には、乗っている水球をだ。
なにが起こっているのか理解する間もなく、ド・ジョーの水球は、影帽子達の上に乗っけられてしまった。
ぬめ・ぬめ・ぬめ・ぬめ……
もはや儀式めいている。
さらに高速に、ソネムネ・タムは身をくねらせ始めた。
水球は、伸ばした腕によって、順繰りに運ばれていく。
運動会の定番種目、「大玉送り」状態だ。
しかも、一発大逆転を狙えるくらい速い。
水球は、わずかな間に、扉まで運ばれていた。
そもそも、ド・ジョーは出口近くに陣取っていたのだ。
その時点で、ようやくド・ジョーは悟った。
まずい!
こいつら、俺を叩き出そうとしてやがる!
完全に侮っていた。それが災いした。
しまった! 陽も、暁もだ。
ソネムネ・タムの群れに運ばれている。
陽は、扉の方向へ。
そして、暁は、室内の奥へと。
何本もの腕が、繊毛のように動いている。
二人の体は、どんどん離れていく。
「放せ! おい!」
陽は、必死に抗っていた。
かろうじて床に降りたかと思うと、また別な手に掬い上げられてしまう。
そして再び、扉の方へと運ばれていく。
もはや、ぬめぬめした体で出来た、動く絨毯だ。
たちが悪かった。
滑る。何をしようとも、どこを掴もうとも、つるつると滑りまくる。
だが、陽は諦めなかった。
おぞましい奴らの体を、躊躇せずに掻き分ける。
「暁! 手を伸ばせ!」
仕立てのいいタキシードは、もうぐちゃぐちゃだ。
暁も果敢だった。
懸命に、陽に近づこうともがく。
こちらも、可愛らしいチュチュが無残な有り様だ。
二人とも、ソネムネ・タムの沼で、あっぷあっぷ溺れている。
「陽! 暁!」
ここに至って、状況を悟ったド・ジョーが、援護しようと動いた。
呆然としていたのは、ほんの少しの間だ。
そう遅い対応ではない。
だが、さらに相手の動きが加速した。
ぬめぬめぬめぬめ
ぽーいっ
ド・ジョーにヒゲを蠢かす間も与えずに。
ソネムネ・タムは、扉に僅かに残された隙間を狙って、水球を叩き出した。
コントロール抜群だ。
むにゅにゅっ
次いで、何本もの腕が、暴れる陽を押し出した。
人間は、もう横向きにならないと通れないところを、無理くりだ。
ぱっぱっぱっ
同時に、扉の隙間を塞いでいたマッチョ・スワンズまで、ご丁寧にも掃き出してくる。
三羽、積み重なった。
真っ白い羽毛布団の一丁上がりだ。
碧は?
叩き飛ばされた水球の上から、ド・ジョーは素早く状況を見て取った。
だめだ。まだ倒れている。
マダム・チュウ+999まで、仲よく床に伸びていた。あおりを喰らったのだろう。
後が大変に怖い。
「待て!」
尻もちをついた陽は、一瞬で起き上がった。
ド・ジョーも、すぐ持ち直した。
超高速ブーメランだ。吹っ飛ばされた水球が、鋭いV字を描いて戻っていく。
だが。陽とド・ジョーの目の前で。
がしん!
扉が、音を立てて閉まった。



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