ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

2.オーロラ・バレエ・スクール(1)

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2.オーロラ・バレエ・スクール(1)

みかげの身元(みもと)は、あっさりと割(わ)れた。

「もう、ここのレッスンには来(き)てないよ。先生(せんせい)のスタジオも休会(きゅうかい)してるって」
西(にし)小(しょう)の子(こ)だ。学年(がくねん)は違(ちが)うが、暁(あかつき)を見知(みし)っていたらしい。

一(いち)学年(がくねん)2クラスづつしかない小規模校(しょうきぼこう)は、こんなとき便利(べんり)だ。
1クラスだけにしてしまうには多(おお)く、3クラスにするほど児童(じどう)は増(ふ)えない。
近年(きんねん)、ずうっとその状態(じょうたい)なのだと聞(き)いた。

「東(ひがし)小(しょう)の子(こ)なのか?」
陽(よう)の質問(しつもん)に、何人(なんにん)かが首(くび)を振(ふ)る。
東小(ひがししょう)も2クラス校(こう)だから、同学年(どうがくねん)なら確実(かくじつ)に顔見(かおみ)知(し)りだ。兄弟(きょうだい)繋(つな)がりで、他(た)学年(がくねん)も何人(なんにん)かは分(わ)かる。

ピンクのレオタードを着(き)ている子(こ)が、代表(だいひょう)して陽(よう)に答(こた)えた。こっちも顔見(かおみ)知(し)りらしい。

「みかげさんは中学生(ちゅうがくせい)だよ」
「じゃ、東中(ひがしちゅう)?」
「ううん。幼稚園(ようちえん)から私立(しりつ)だって。聖(せい)フロランタン学園(がくえん)」
陽(よう)が碧(あおい)を見(み)た。
顔(かお)に「知(し)ってるか?」と書(か)いてある。

碧(あおい)は頷(うなず)いた。
そう遠(とお)くない。塾(じゅく)の公開(こうかい)模試(もし)で、会場(かいじょう)になることもある。ミッション系(けい)の女子校(じょしこう)だ。

「今(いま)、入院(にゅういん)してるらしいから、学校(がっこう)も休(やす)んでる筈(はず)だよ」
その子(こ)は、そう付(つ)け加(くわ)えた。
だが、バレエスクールの生徒(せいと)全員(ぜんいん)が知(し)っている情報(じょうほう)ではなかったらしい。

「えー! 入院(にゅういん)?」
「そうなの! なんで?」
途端(とたん)に、レオタード姿(すがた)の女(おんな)の子(こ)たちは、大騒(おおさわ)ぎになった。

暁(あかつき)達(たち)も、驚(おどろ)いた表情(ひょうじょう)で固(かた)まった。

「あれ、知(し)らない? みかげさん、このセンターで倒(たお)れてたんだって。2階(かい)の休日(きゅうじつ)診療所(しんりょうじょ)。救急車(きゅうきゅうしゃ)が来(き)てたって。うちのお母(かあ)さんが、自分(じぶん)のとこの病院(びょういん)には入院(にゅういん)させないのかしらねえって言(い)ってた」

「自分(じぶん)のとこの病院(びょういん)?」
碧(あおい)が、聞(き)き返(かえ)した。
すると、何人(なんにん)かが頷(うなず)いて同意(どうい)を示(しめ)している。

「みかげさんち、病院(びょういん)だもんね」
有力(ゆうりょく)情報(じょうほう)だ。

「どこ?」
暁(あかつき)が尋(たず)ねた。複(ふく)数人(すうにん)から、同(おな)じ名前(なまえ)が挙(あ)がる。
地元(じもと)の地域名(ちいきめい)が名称(めいしょう)に入(はい)っているクリニックだ。場所(ばしょ)の見当(けんとう)も付(つ)いた。

「でもさあ、医者(いしゃ)の子(こ)どもが、なんで休日(きゅうじつ)診療所(しんりょうじょ)でわざわざ倒(たお)れんの?」
「みかげさん、不登校(ふとうこう)だったんでしょ」
「えー。例(れい)の研究所(けんきゅうしょ)、落(お)ちたから?」
「気持(きも)ちの問題(もんだい)?」
「それで入院(にゅういん)?」
「いや、それは違(ちが)うと思(おも)うけど。入院(にゅういん)してるのは確(たし)かみたい」

質問(しつもん)してきた暁(あかつき)達(たち)をよそに、てんでんばらばらに生徒(せいと)たちは話(はな)し始(はじ)めてしまった。

勇(ゆう)仁(じん)会(かい)の4人(にん)は、なんとなく顔(かお)をしかめた。
会話(かいわ)の端々(はしばし)に、みかげがどう思(おも)われていたのかが浮(う)かび上(あ)がってくる。

自分(じぶん)達(たち)の空手(からて)教室(きょうしつ)とは、ずいぶんと雰囲気(ふんいき)が違(ちが)う。
芸(げい)事(ごと)の世界(せかい)は、全員(ぜんいん)がライバルだからか。
だが、同(おな)じ教室(きょうしつ)に通(かよ)う仲間(なかま)の筈(はず)なのに、まるっきり他人事(たにんごと)の態度(たいど)だ。

碧(あおい)は、オーロラ・バレエ・スクールの面々(めんめん)を眺(なが)めた。
年齢的(ねんれいてき)にも、かなりばらつきがある。
幼稚園(ようちえん)くらいの子(こ)から中学生(ちゅうがくせい)まで、ずいぶんと幅広(はばひろ)い。
レオタードも、各自(かくじ)バラバラだ。
本気(ほんき)でクラシックバレエを志(こころざ)します、というより、習(なら)い事(ごと)の範(はん)疇(ちゅう)で楽(たの)しみましょうというサークルに思(おも)える。

単(たん)に、ここにみかげが溶(と)け込(こ)んでいなかったのだろう。
そして、よくは思(おも)われていなかった。
この様子(ようす)では、親(した)しい友達(ともだち)もいなさそうだ。

陽(よう)の後(うし)ろに隠(かく)れるようにして立(た)っていた桃(もも)が、ちょん、とお兄(にい)ちゃんを引(ひ)っ張(ぱ)った。
壁(かべ)に掛(か)かっている時計(とけい)を指(ゆび)さす。
そろそろ開始(かいし)時間(じかん)だ。
バレエの先生(せんせい)も来(き)てしまうだろう。

「ありがと、三(み)田(た)。レッスン前(まえ)なのに、悪(わる)かったなあ」
陽(よう)が笑顔(えがお)を向(む)ける。
地顔(じがお)に感謝(かんしゃ)の微笑(びしょう)が上乗(うわの)せされている。たいへんに感(かん)じが良(よ)い。

「あ、ううん! 全然(ぜんぜん)大丈夫(だいじょうぶ)だよ。よかったら、清(し)水(みず)先生(せんせい)に頼(たの)んでみようか? 先生(せんせい)を通(とお)して伝言(でんごん)してもらえるかも」
三田(みた)さんは、親切(しんせつ)にそう申(もう)し出(で)てくれた。

みかげちゃんって子(こ)、いるかな?
たぶん、次(つぎ)のコマでやってるバレエの子(こ)だって思(おも)ったんだけど。
私(わたし)の髪飾(かみかざ)りをすごく気(き)に入(はい)ったらしくて、どこで手(て)に入(い)れた物(もの)なのかを聞(き)かれたの。
買(か)ったんじゃなくて、頂(いただ)いた物(もの)だったから、その時(とき)は分(わ)からなくて。
教(おし)えたいんだけど。

100%嘘(うそ)ではないが、かなり苦(くる)しい言(い)い訳(わけ)だ。
嘘(うそ)の付(つ)けない陽(よう)のために、碧(あおい)がうんうん唸(うな)ってひねり出(だ)した。
ぎりぎり陽(よう)の許容(きょよう)範囲(はんい)に収(おさ)まった口実(こうじつ)を、三田(みた)さんは信(しん)じてくれたらしい。

「いや! そこまでしなくていいよ。大(たい)したことじゃないし。入院(にゅういん)してるなら、それどころじゃないと思(おも)うから」
碧(あおい)は、大(おお)きな声(こえ)で割(わ)って入(はい)った。

あやうく、陽(よう)の顔(かお)に「ごめん、本当(ほんとう)は違(ちが)うんだけど」と表示(ひょうじ)される寸前(すんぜん)だ。

桃(もも)が、兄(あに)の手(て)を引(ひ)っ張(ぱ)る。
「ごめんね。どうもありがとう」
暁(あかつき)が、にこっと会釈(えしゃく)した。手(て)を振(ふ)ってトレーニングルームを出(で)る。
総員(そういん)、撤(てっ)収(しゅう)だ。

「お疲(つか)れさまでした~」
「おつかれさまー」
レオタードの少女(しょうじょ)たちから、次々(つぎつぎ)に声(こえ)がかかった。
移動式(いどうしき)のバーで、ウオーミングアップを始(はじ)めている子(こ)も、笑顔(えがお)で送(おく)ってくれる。

そんなに感(かん)じが悪(わる)いわけではないんだな。
碧(あおい)は、マイナスのイメージを修正(しゅうせい)した。
指導(しどう)している先生(せんせい)が、挨拶(あいさつ)を徹底(てってい)しているんだろう。

ともあれ、みかげは、ここに通(かよ)っていた。
空手(からて)の稽古(けいこ)が終(お)わった暁(あかつき)と、バレエのレッスンが始(はじ)まる前(まえ)のみかげ。
おそらく、二人(ふたり)は、女子(じょし)更衣室(こういしつ)かトレーニングルームで接触(せっしょく)している。

そして、みかげが、一方的(いっぽうてき)に暁(あかつき)をターゲットに収(おさ)めていたというわけだ。

「二階(ふたかい)、ちょっと見(み)てみる?」
暁(あかつき)が、エレベーターのボタンを押(お)した。
桃(もも)がいるから、階段(かいだん)は使(つか)わない。

4人(にん)で、ぞろぞろ降(お)りてみた。
誰(だれ)もいない。
「休日(きゅうじつ)診療所(しんりょうじょ)、だもんなあ」
陽(よう)が、当(あ)たり前(まえ)のことを言(い)う。平日(へいじつ)にやっているわけがないのだ。

「どうしてここで倒(たお)れていたのかな?」
暁(あかつき)が、疑問(ぎもん)を口(くち)にした。そして、止(と)める間(ま)もなく、待合室(まちあいしつ)のドアノブをひねる。

ガチャッ
遮(さえぎ)られる音(おと)。
「平日(へいじつ)に開(ひら)くわけがないだろ」
「あ、そうか……。じゃあ、どうやって入(はい)ったんだろう?」
聞(き)かれて、碧(あおい)も首(くび)を捻(ひね)った。

信(しん)じられないことだが、この西(にし)センターは、「オーロラの地(ち)宮(きゅう)」と呼(よ)ばれる夢(ゆめ)の世界(せかい)と繋(つな)がっている。
自分(じぶん)達(たち)も、思(おも)いもつかない非常識(ひじょうしき)な経路(けいろ)を経(へ)て、行(ゆ)き来(き)をした。今(いま)までに、3回(かい)。

みかげも、なんらかの方法(ほうほう)で、このセンターから夢(ゆめ)の世界(せかい)を訪(おとず)れていたのだろう。

そう類推(るいすい)する碧(あおい)に、桃(もも)が眉(まゆ)をひそめた。
小(ちい)さな声(こえ)で、はっきりと異(い)を唱(とな)える。
「でもね。黒鳥(こくちょう)さんが言(い)ってた。みかげは胡(こ)蝶(ちょう)だって。私(わたし)たちとは違(ちが)う。意識(いしき)だけが夢(ゆめ)の世界(せかい)に紛(まぎ)れ込(こ)んでいるんだって」

意識(いしき)だけ。
そして、本体(ほんたい)の方(ほう)は倒(たお)れた。
そうしたら、どうなる?

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