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20.囚人(1)
「ちょっと、君たち」
呼びかけられた。
まずい! 警備員さんだ。
しかも、鬼塚さんの方じゃないか。
暁は、素早くジーンズのポケットにティアラを押し込んだ。
見咎められたら、困る。説明できない。
「バッグって言ってたけど。忘れ物で届いてるんだ。四つ。君たちのかな?」
四人は、顔を見合わせた。
「ああ、はい。たぶん自分達のだと思います。すみません。どこにありますか?」
碧が、すらすらと答えた。
頭と舌の回転は、人一倍早い。
「じゃあね、区民センターで手続きするから。あっちの奥のカウンターまで来て」
速攻で受け取って、ボロが出る前に、さっさと退散しよう。
碧は、そのつもりだったが、そうはいかないようだ。
「ここに住所。名前。電話番号。書ける? それから、ここに受け取りましたってサイン」
手続き、とやらに必要な紙を、それぞれに渡された。
ぽんぽん、矢継ぎ早に言われる。
なんか、怒ってるみたいな口調だ。
「あの、すみません。このバッグ、どこにあったんですか?」
暁は、四人のうち、最も物怖じしない。
高圧的とも取れる大人に、はきはき尋ねた。
「ああ。エレベーターの中に、置き去りにされてたって。利用者の方が、わざわざ届けて下さったんだよ」
「ふ~ん」
合唱みたいに、四人の声が揃った。
そうなるんだ。
本当は、地宮に通じるエレベーターの中に、置いてきちゃったのに。
鬼塚警備員の眉根が、寄った。
まるっきり他人事のような反応ではないか。
「え! なに? 自分のバッグでしょ。覚えがないの?」
呆れた声を上げた後、はっとした。
まさか、他の子に隠されたとか?
トラブル? いじめか?
そう思われたのが、暁には、はっきりと分かった。
うわ、しまった。
隣に座る碧が、何て言おうか、すごい勢いで考えている。
と、桃が陽の腕を掴んだ。
なんだか、そわそわしている。
「ね、お兄ちゃん、まだかかる?」
小さく尋ねる。
「どうした、桃?」
「あのね、トイレ。行ってきていい?」
どうやら、口実ではないらしい。
焦っているのが伝わってくる。
渡りに船だ。
「あー! 俺もトイレ行きたい! すみません、もういいですか?」
碧が畳みかけた。
自分のバッグを引っ掴むと、カウンターの椅子から立ち上がる。
「あ、ああ……。いいよ」
毒気を抜かれた様子で、鬼塚警備員は頷いた。
小さな子が、「トイレ」。最強のカードだ。
ダメとは言えない。
幸い、全員が用紙への記入を終えていた。
手続きは完了している。
「桃ちゃん、行こ」
暁も、素早く便乗した。
一挙動でバッグを肩に掛けると、飛ぶように去って行く。
もう、いない。なんて速さだろう。
鬼塚さんは、カウンターに向き直った。
大きな男の子の方を、問い質してみようか。
「あれ?」
誰もいなかった。
あぶなかった。いろいろと。
「ふう……」
ハンカチで手を拭きながら、碧は息を吐いた。
口実でトイレに向かったが、途中からは本気で駆け込んでいた。
体が、いきなり尿意に気づいたのだ。
変だった。これも、なにか関係あるのかな。
トイレの壁時計に目をやる。
午後5時30分になるところだ。
やっぱり。今回も、こっちの時間は、ほとんど経っていない。
あれだけ長い間、オーロラの地宮で過ごしたっていうのに。
みかげとの攻防が、碧の脳裏に蘇った。
あいつ、本気で俺達を帰さない気だったよな。
もし、長いこと帰れなかったら。
ずっと、あそこにいたら。
いったい、どうなっちゃうんだろう。
ぶおん ぶおん
ハンドドライヤーの音で、碧は我に返った。
陽が、大きな手をぶんぶん振って、乾かしている。
結局、陽もトイレに入ってたのか。
「腹へったなあ」
その言葉を聞いて、碧も急に空腹を覚えた。
「そうだな。とにかく、早く家に帰ろう」
疲れた。塾の予習だって、やらなくちゃいけない。
男子トイレを出たが、暁と桃はいなかった。
「あそこにいる」
陽が指さす。白鳥像の前だ。
なんだろう。二人して、棒のように突っ立っている。
「もー。警備員さんに見つかったら、尋問されちゃうのに」
幸い、鬼塚警備員の姿は見えない。
こそこそと男子組が近づいていくと、暁と桃は、黙って台座を指さした。
『飛翔』
タイトルの文字が、そう彫られていた筈だ。
四羽のスワンが羽ばたく下には、こう書かれていた。
『筋肉』
変わってしまっていた。
「……帰ろう」
そそくさと、碧が踵を返した。
そして、きっぱりと言い切った。
「なにも見なかった。たぶん、自然と元に戻るんだろう。いや、戻らなくたって、俺たちは知らない」
それより、見つかる前に、とっとと退散だ。
ぽーん
エントランスホールの扉が、開いた。
続く風除室を、みんなで小走りに通り抜ける。
先頭の暁は、まだ動いている途中の出口ドアから飛び出した。
速すぎて、通り抜けられるギリギリだ。
外は、完全に日暮れていた。
歩道の灯りが、煌々と点いている。
「今日の事は、あたらめて皆で話そう」
別れ際に、陽が念を押した。
碧と暁が、黙って頷く。
相当、危ない目にあった。当然だろう。
西センターの玄関前から、四人の帰路は、半々に分かれる。
三ツ矢家は、出て左。碧と暁の家は、右だ。
「じゃ、またね。陽、桃ちゃん」
暁の声に、元気が無かった。
ずっと一緒にいる幼馴染だ。碧が、気付かないわけはない。
だが、掛ける言葉が見つからないまま、碧も歩き出した。
ぴゅう……っ
冷たい北風が、意地悪く吹きすさぶ。
暁の短い髪は、いつにも増して、くちゃくちゃだ。
俯いた顔が、暗い。
こんな顔、めったにしないのに。
「だましてたんだね、みかげちゃんは」
私のことを騙していた。みんなのことも。
「ああ」
その通りだ。ただ、利用しようとしていた。
そして、暁を害そうとした。
なぜ?
分からない。
静かに横目で伺っている碧に、暁が気付いた。
目だけで、「なあに?」と聞く。
「いや、その、だいじょうぶ?」
こくん
暁は頷いた。
考えてないな。反射的に応えただけだ。
だって、表情は暗いままだ。
ぴゅう……っ
暁が、体を縮こまらせた。
隣を歩く碧も、思わず両腕で体を庇った。
北風は、止む気配がなかった。
秋も終わりだ。
季節は、もう着実に冬へと向かっている……。
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