ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

20.シャワーキューブ(1)裏メニュー

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20.シャワーキューブ(1)

「なるほど、そういうことだったのか」
ド・ジョーが、低い声で呟いた。

説明し終わった(あおい)は、溜息をついた。
また助け出せなかった。
(あかつき)は、依然として、みかげの手中にある。

ふかふかしたソファーに体を預けると、どっと疲れが襲ってきた。
巨大白鳥も、マダム・チュウ+999でさえ、よれよれだ。更衣室の絨毯に、へたり込んでいる。

ゴージャスなフィッティングルームが、試合後の運動部部室と化してしまった。
ここを出発したときの状態をキープしているのは、(もも)と黒鳥だけだ。

あんなに頑張ったのに。また振り出しか。

「ほい、完了。次は碧だ。こっちに来い」
ド・ジョーのヒゲが、ひょいっと(うごめ)いた。
(よう)をすっぽりと覆っていた水のキューブが、桃を割ったみたいに、ぱっくりと二つに裂ける。

「苦しくないんだなあ。不思議だ」
首を傾げながら、陽が出てきた。
元に戻っている。再び、ばっちり決まったタキシード姿だ。

しぴぴぴ……
黒い布地から、水が霧状になってキューブに回収されていくのが見えた。
脱水されている様子だ。
陽の短い髪の毛からも、水気が飛んでいく。

どうやら、体と服を同時に洗うことができるらしい。靴も履いたままだ。

「あれ? 陽、なんかいい匂いする?」
碧が、近づいて、くんくんした。爽やかなハーブの香りだ。

見ると、服がパリッと仕上がっているだけではなかった。髪も肌も、つやつやだ。
総合的に、男前が三割がた上がっている。

「あー、匂い消しにな、適当に選んだ。碧は、何か好きな香りがあるか?」
金色のドジョウは、水球の上でそう尋ねた。
ふよふよ浮いているボールは、赤・青・白の三色になっている。床屋さんカラーだ。

「ダマスクローズで、お願いね! それとスカルプシャンプーとトリートメントも!」
マダム・チュウ+999が、すっくと立ちあがって申し付けた。
碧より先に、とっととシャワーブースに向かう。
壁側の、タイルが敷き詰められている一角だ。
といっても、蛇口もシャワーヘッドもない。
代わりに、巨大な四角いゼリーが、ふるふる立っている。

「もちろん、やってくれるわよねえ、ド・ジョー?」
バサバサのまつ毛を伏せて、ピンク色のネズミは流し目を送った。

オネエ言葉に、ばっちり、どすが利いている。
静かに、お怒りの模様だ。

碧と一緒に、景気よく吹っ飛ばすんじゃなかった。
かなり高くつきそうな塩梅だ。

「へいへい」
やる気も、追従の欠片もない。
めんどくせえ、と言わんばかりの返事をしつつ、ド・ジョーは、水のキューブを大小二つに分けた。
碧用の直方体と、ネズミサイズの立方体だ。

「ああ、碧、案内板は入れないでくれ。他はそのままでいい」
おっと、そうか。
碧は、案内板をタキシードの胸元から引き抜いた。一見、一輪の青い造花だ。

「碧、その前に、案内板に通知指定を入れておいた方がいいだろう」
今度は、筋肉二郎だ。寄ってきた巨大白鳥が、的確な助言をくれる。
いつもながら冷静だ。

「うん、そうだね。わかった」
碧は、花芯に語り掛けた。
「案内板、お願い」

花びらに包まれた、小さな顔が応える。
『はい。ご用件をどうぞ』
「またエントリーがあったら、すぐに教えて欲しい人がいるんだ。できる?」
『可能です。名前を教えて下さい』
加羅(から)みかげ」
『承りました。加羅みかげが再度エントリーしたら、ご通知申し上げます』

これでいい。
碧は、小さな案内板を陽に手渡した。
袖口から碧玉(へきぎょく)のブレスレットを外して、それも預けようとする。

金色のドジョウは、にやりと片眉を上げた。
「よかったら、そいつもピカピカに磨いてやるぜ。俺のシャワーキューブは、ジュエリーだって同時対応可能だ」

「すごいね。じゃあ、お願い」
碧は感心した。
高性能の全自動洗濯機、人間も可、というわけだ。

近づいてみると、透明な水には、小さな泡がたくさん散っていた。ソーダみたいだ。
ここに入るのか。
ちょっと、へっぴり腰になってしまう。

「大丈夫よ~、碧。気持ちいいわよ~ん」
隣りの小さなキューブで、マダム・チュウ+999が既に入浴中だ。

ぐるん ぐるん
ピンク色の体が、ご機嫌で水中を回っている。
入浴中というより、洗濯中だ。

碧も、えいっとキューブに体を突っ込んだ。

あれ?
冷たいと思い込んでいたが、温かい。ぬるめのお風呂だ。
それに、陽の言った通りだ。息も、ぜんぜん苦しくない。

ふわり
少しだけ、足が浮いた。
靴が脱げる。すぐに、細かな泡が、びっしりと包み込んだ。洗浄中だ。

ふわふわ
幽霊みたいに浮かびながら、碧は目を閉じた。
確かに気持ちいい。
いい匂いがする。リラックスする、少し甘い野花の香りだ。

大小のキューブそれぞれを眺めていた陽が、ド・ジョーに尋ねた。
「でもさあ。本当に、みかげは、またエントリーするのか?」

預けられた案内板の茎を、くるくると回す。
お花みたいな物を胸元に挿すのは、ちょっと気恥ずかしい。

ド・ジョーは、苦々しく答えた。
「するさ。最後のチャンスだからな」

桃が、無言で兄の手を押さえた。
そんなに無作法に扱って、壊れたらどうするのだろう。
目だけで、兄を諫める。
瞳に秘めた威力は、マダム・チュウ+999とおっつかっつだ。

「最後って、どういう意味?」
碧の声がした。もう終わったらしい。
マダム・チュウ+999も、碧の肩に乗っかって再登場だ。
毛並みがピカピカで、ご満悦である。

ド・ジョーは、苦虫を嚙み潰したような顔になった。
超低音の声が、さらに低く響く。

「挑戦できる上限が、決まっているからな。オーロラの地宮には、大原則がある」
大部分の場合に当てはまる、基本となる法則だ。すなわち。
「失敗は、3回まで許される」

碧、陽、桃の三人は、顔を見合わせた。
なるほど。とっても心当たりがある。
いつだって、4回目の失敗で、アウトだ。

「ってことは、挑戦できるのは4回?」
碧は理解が速い。
金色のドジョウは、むっつりと頷いた。

「そうかあ。じゃあ、みかげは、あと3回エントリーするんだ」
陽の顔に、ぱあっと希望の明かりが灯った。
あと3回もあるなら、楽勝だ。
きっと、どこかで暁を助け出すことができる。

桃も、同じように考えたのだろう。
兄の横で、ほっとした表情を浮かべている。

碧は、ド・ジョーの言葉を思い返していた。
閉ざされてしまった白い扉の前で、彼は断言したのだ。

大丈夫だ。焦る必要はねえ。
ちょっくら戻って、一息つく時間は十分あるさ。仕切り直しだ。

あれは、はったりでも虚勢でもなかったんだ。
碧にしては珍しく、素直な称賛の眼差しを、ド・ジョーに向けてくる。

「……あー。残念なんだがな……」
言いにくいこと、この上ない。
だが、言わないわけにもいかなかった。

「お前さん達の認識は、ちみっと違う。みかげがエントリーできるのは、次で最後なんだ」

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