ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

21.ミラールーム(1)裏メニュー

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21.ミラールーム(1)

みかげは、はあっと息をついた。
なんて、しつこいんだろう。
ソネムネ・タムがいなかったら、危うく(あかつき)に逃げられていたところだ。

ぱああぁっ
部屋の奥から、青白い光が(ほとばし)った。
置いてある鏡たちが、そろって光っている。

呼応するように、シャンデリアの光も色合いを変えた。青みがかった強い光となって、頭上から降り注ぐ。

フォワイエ・ド・ラ・ダンスの豪奢な空間が、青白く塗り潰された。
室内ごと、殺菌でもされているみたいだ。
溢れていたソネムネ・タム達は、光に溶かされるように、次々とかき消えていく。

ふっと、光が止んだ。
堪らずに顔を覆っていた暁が、腕をどけて辺りを見渡す。

ソネムネ・タムが、いない。
さっきまで、びっちり群れて、逃げようとする自分を妨害してきたのに。
がらんとした室内に立っているのは、みかげだけだ。

そして、部屋の奥には、鏡があった。
あの、おなじみの鏡。
7枚、弧を描くように置いてある。

きっ
暁は、みかげを睨みつけた。
ぐちゃぐちゃなチュチュ姿だが、そんなのどうだっていい。

対する相手ときたら、全く乱れていなかった。
きちんとしたワンピースに、一糸乱れぬ長い黒髪。無表情に、こっちを見返してくる。

暁は、つかつかと近づいた。
「みかげちゃん! どうして私を」

暁が言えたのは、そこまでだった。
ずぽ
みかげの手が、素早く動いた。
目にも留まらない。
ポケットに右手を差し入れ、それを取り出して、暁の片耳に挿したのだ。

言いなり(だけ)だった。

ぎくんっ
暁の体が、硬直する。

ずぽ
さらに、もうひとつ。今度は右耳の穴にも、肌色の茸を詰め込む。
そして、冷たい声で命じた。
「黙って。そこに仰向けで寝て」

暁の瞳が、輝きを失っていく。
意思を奪われた人形の、一丁上がりだ。

がくん
体が、言われた通り、床に崩れ落ちた。
寝っ転がると、手足をぴんと伸ばす。
気を付け、の姿勢だ。

再び、暁を支配下に置いたことを確認すると、みかげの表情が一変した。
冷たく取り澄ました顔が、湧き上がる怒りで崩れていく。
目を吊り上げ、唇を歪めて、みかげは吐き捨てた。

「まったく、冗談じゃないわ! どこの世界に、アルブレヒトをぶちのめすジゼルがいるのよ! 私の名前で踊っているのよ。変なこと、しないでちょうだい!」

理不尽な文句だ。
ぷりぷりしながら、みかげは、ワンピースのポケットから、次々と(きのこ)を取り出した。

「今度は念入りにやるわよ。ちょっとやそっとじゃ、暗示が取れないくらいに」
みかげは、屈みこんだ。
一本じゃ足りない。もう刺さっているところに、むりやり軸を割り込ませる。

一見、良家のお嬢様、生け花を嗜む、の図だ。
とんだ作品が出来上がった。
暁の両耳から、活けられた茸が何本も飛び出ている。
物理的に、もうこれ以上は無理な状態だ。

「立って」
満足したみかげが、簡潔に命じた。

ぽうっ ぽうっ
てんこ盛りの茸は、忙しく点灯していた。
クリスマスツリーよりも賑やかな眺めだ。

かくかく かくかく……
暁は、ぎこちなく立ち上がると、直立不動の姿勢で固まった。
優雅さの欠片も無い。まるっきり、おもちゃの兵隊さんだ。

「……さすがに強すぎたかしら?」
みかげの声が、間抜けに響いた。
踊れないんじゃ、本末転倒だ。

結局、人間らしい動きに戻るところまで、本数を減らした。
何度も立ったり座ったりさせられようが、暁は文句ひとつ言わない。完璧に言いなりだ。

命令がなければ、ただ、ぼうっと突っ立っている。虚ろな目は、何も映していない。

みかげは、改めて暁をチェックした。
ひどい有様だ。衣裳だけではなく、顔も腕も汚れている。

まず、これを何とか清めて。それから、次の衣裳を整えなければ。
その両方ができる場所は、あそこだ。
移動することにしよう。

みかげは、部屋の奥に向かった。
汚れた生き人形は、突っ立ったままだ。

ずる ずる
歩く度に、足首に括り付けられたかぼちゃが音を立てる。

この短い間に、また膨れ上がっていた。

さっきは、バレーボールサイズだったのに、今は一回り大きい。
プールサイドで膨らませる、ビーチボールと同じくらいだ。

色も、変わっていた。
薄い黄色が、ほんの少しオレンジ色を帯びてきている。

相変わらず、重さは感じない。
だが、もはや、行動に支障が出るほどのサイズだ。

そうよ。これまでは、特に邪魔じゃなかったから、そのままにしていただけ。

取れないなんて言ってたけど、でまかせに決まっている。
後で、自分でやってみよう。
本気で引きちぎれば、一発よ。

そう、後で。今は……忙しいから。

みかげは、大きなかぼちゃに四苦八苦しながら、ばかでかい姿見を動かしていった。
弧を描く形で並んでいた7枚の鏡を、完全な円になるように置き直していく。

こんなに時間がかかるなんて、想定外だった。
前回は、すぱっとできたのに。

ようやくできたときには、げんなりしていた。
蓋をする最後の一枚を開いておいて、暁を呼ぶ。
我ながら、不機嫌で、とげとげしい声だ。

「こっちに歩いてきて。この中に入って」
操り人形は、大人しく言われた通りにした。

入り口をふさぐと、鏡の壁で出来た小部屋の完成だ。

部屋のちょうど真ん中で、暁が止まる。
周りを取り囲んだ鏡面が、少女の姿を映し出した。
一人だけ。

「え?! ちょっとなんで?」
みかげは、驚いて声を上げた。
自分が映っていない。どの鏡にも。

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