ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

21.ミラールーム(2)裏メニュー

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21.ミラールーム(2)

『お呼びですか。行く先は、どちらでしょう?』
案内板が応答した。

鏡の右下に付いた、ピエロのお面だ。
さっきまでは、縁飾りと同じ黄金色だったのが、いつのまにか彩色されている。
白と青、半面づつに塗り分けられた顔だ。
赤い唇が、こっちを向いて笑っている。

みかげは、声を荒げた。
「なんで? どういうこと? どうして私だけ、鏡に映っていないの?」

『ご質問の意味が分かりません。ちゃんと映しています』
「うそ! 映っていないじゃない」
どっちを向いても、ぼうっと突っ立っている暁、一人だけだ。

みかげは、鏡の前を、ぐるぐると動き回った。
近づき、ちょっと離れ、隣に動いて確かめる。

やはり、そうだ。何をしても、映らない。

ちら
なにか、鏡を横切った。
ちら
まただ。薄いオレンジ色が見えた。
自分が止まると、それも鏡の中で止まった。

かぼちゃだった。

ひゅっ
吸い込んだ息が、喉元で凍り付く。
どうして?
どうして、足に付いたかぼちゃだけが、ここに映っているの?

かたり
そのとき。ピエロのお面が、ひとりでに縁飾りから外れた。

ふわり
そのまま、宙に浮かぶ。
みかげは、まったく気付いていない。

震えている少女を(いたわ)わるように。
肩越しに、優し気な声がかかる。

『たいしたことではありませんよ。そうでしょう? あなたは、この娘を使って、また花束の(うたげ)にエントリーすればよいのです。急いで支度をすれば、まだ間に合いますよ』

みかげは、のろのろと振り返った。
案内板の仮面がいる。いつ来たんだろう。

まるで、みかげに擦り寄るように、青い顔がさらに近づいた。

そう、青い。顔に、白い部分がない。
それを疑問に思う余裕は、今のみかげには無かった。

声も、微妙に違っていた。
低くなっている。男か女か、微妙なゾーンだ。

問いかけてなどいないのに。
親切ごかした案内が、続く。

『通知指定を入れておきますか? エントリーの最終刻限が近づいたら、アナウンスするよう指示しておくことができます』

たいしたことじゃないの? 本当に?
私は、いったいどうなっているの?
ぐるぐると、疑問ばかりが頭の中を巡る。

『お急ぎ下さい。通知指定は、今、ご指示いただく必要があります。どうしますか?』
いきなり急かされた。
打って変わって、事務的な声だ。

「えっ? あっ、ああ、じゃあ、通知してちょうだい」
みかげは、反射的に答えていた。

『かしこまりました。お急ぎ下さい。時間の余裕がありません。ミラールームの行先は、どちらでしょうか?』

ああ、いけない。そうだった。
やらなければいけないことは、山ほどあるのだ。
もしも、宴に間に合わなかったら?
これまでの全てが、おじゃんだ。
そんなのは、いやだ。絶対に、いやだ。

みかげは、はっきりと告げた。
西(にし)宮殿(きゅうでん)の衣裳部屋へ行ってちょうだい」
『女性用ですか? 男性用ですか?』
「女性の方よ」
『かしこまりました』

ふわり
音もなく、青い仮面が鏡に戻った。

それを待っていたかのように。
かしゃん
その鏡が、真っ黒に塗り潰された。
仮面も、もう見えなくなる。

かしゃん かしゃん
シャッターを下ろすような音が、響いた。
次は、両隣りの鏡面が、黒く変わった。

かしゃん かしゃん
かしゃん かしゃん

また、その隣。そして最後の二枚。
順繰りに進み、やがて、全ての鏡面が黒く変じた。

鏡の小部屋に、暗闇が訪れる。
なにも見えない。
隣にいるはずの、暁の姿さえも。

鏡の外は、シャンデリアが煌々と灯された部屋だ。
それなのに、なぜか、一筋の明かりすら漏れてこない。

みかげは、特に慌てた様子もなく、じっと立っていた。

ふわっ
やがて、下っ腹に、心もとない感覚が訪れた。
それも、すぐに治まる。
着いたのだ。

ぱっ
鏡が、一枚だけ青白く灯った。
ピエロのお面が付いているやつだ。

ぱっ ぱっ
続いて、両隣。
ぱっ ぱっ ぱっ ぱっ
またもや順繰りだ。
全ての鏡が、青く光り輝いた。

これだけ周囲の変化が起きても、暁は無反応だ。
ぼうっと、みかげの隣に立っている。

『到着致しました。西宮殿、女性用衣裳部屋です』
案内板が告げた。
青と白のツートンカラーに戻っている。

鏡面から発していた光が、徐々に収まっていった。

7枚とも元の鏡に戻るのを待ってから、みかげは出口を開けた。
案内板の付いている姿見を、軽々と持ち上げて、外側に開く。

出た先は、衣裳部屋になっていた。

突き当りの壁一面は、鏡になっている。
その手前に、7枚の鏡が円形に並んでいた。
鏡だらけだ。

切り株スツールは、部屋の隅っこに寄せられていた。
前回、ミラールームを設営した際、邪魔だったので除けたのだ。

「出てきて。こっちに来てちょうだい」
みかげは、暁を呼んだ。

ここになら、衣裳は山ほどある。
役柄ごとに、細長い小部屋に分かれて収納されているのだ。

入り口のプレートには、役どころの名前が記されている。

リーズ、キトリ、オデット、オディール……。

確実に門出を狙うには、オーロラの助力が不可欠だ。
この地宮の(かく)(みなもと)であるオーロラ。
お気に入りの暁が踊れば、確実に力を貸してくれる。それは、先ほど証明された。

じゃあ、オーロラが、一番気合を入れて力を与えてくれる役は?

みかげは、目当てのプレートを探し当てた。

『AURORA』
これしかない。

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