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23.作戦開始(1)
「じゃ、いいね、みんな」
ボックス席で、碧は揃った顔を見渡した。
陽に桃。巨大なスワンが、4羽。ピンクネズミが一匹。
「うん!」
みんな、きりりとした表情で、頷く。
いいお返事だ。
金色ドジョウは、一足先に泉へと戻った。
今ごろ、指示通りに、突貫工事で仕事を片づけていることだろう。
墓場に出向いていた時間もサボっていたわけだから、きっと忙殺されている。
忙しさのあまり、体が三枚おろしになっていないことを祈るのみだ。
碧の胸元に挿した花が、アナウンスした。
『眠りの森の美女 第3幕より、オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥが始まります。エントリーは、オーロラ姫、加羅みかげ』
「よし、行くぞ!」
陽が、ひらりと筋肉三郎に跨った。
桃も、ドレスのスカートを押さえながら、黒鳥の鞍に乗っかる。
無理せず、椅子を使うことにしていた。
碧も真似をして、いったん座面に立つ。
二郎が、すかさず身を寄せてくれた。
これなら楽に跨れる。
「レッツラゴー!」
マダム・チュウ+999が、陽気に手を振り上げた。
座っているのは、筋肉一郎の頭上だ。
「おう! みんな俺に続け!」
頭にピンクネズミが帽子みたいに張り付いていようが、筋肉野郎は全く気にしない。
野太い声で吠えると、リーダーは、いの一番にバルコニーから飛び降りた。
ばさばさばさっ
垂直落下していく。
その間、巨大な白鳥は力の限り羽ばたいた。
今度のボックス席は、四階だった。前回より高い。
逆にラッキーだ。碧は、そう言ってのけた。
だって、羽ばたける距離が長いだけ、着地のショックが緩やかで済むだろ?
碧の予測通りだった。
バルコニーから身を投げたマッチョスワンズは、フロアーに次々と降り立った。
ダメージ無し。乗せた人間にも、ケガひとつない。
ラストに着地した黒鳥など、羽毛みたいに、ふんわりと舞い降りてみせた。
玉子のハンプティダンプティを乗せていても、きっと割らずに済んだことだろう。
だが、桃は、まだマッスル左衛門の頸に噛り付いたままだ。
固く目をつぶっている。
ひらり
陽が、鞍から飛び降りた。黒鳥に駆け寄る。
「桃、行けそうか?」
妹を抱き下ろして尋ねる。
ちょっとふらついたが、桃はちゃんと立った。
「うん。行く」
返事も、しっかりしている。
大丈夫そうだ。
碧と陽は、目を合わせて頷き合った。
急がなければ。
「じゃ、ここはよろしくね」
碧が、スワンズとマダム・チュウ+999に頼んだ。
打合せ通りだ。四羽と一匹は、心得た表情で、どんと胸を叩く。
駆け出した碧が、急に振り返った。
忘れてた。
「二郎、一緒に作戦考えてくれて、ありがと」
にこ
素直に笑うと、碧は幼い顔になる。
静かに怒り狂った眼光をぶっ刺された者には、到底信じられない表情だ。
該当する1号3号の奇数コンビは、目を丸くしている。
「ああ。急げ、碧」
筋肉二郎が、いい表情で返事をした。
緩やかに笑んだ目元に、ちょっとだけ傷跡がある。
羽毛の色も、そこだけ、ちょっと銀色がかっていた。
人間にしたら、きっと歴戦の強者って感じの、おじいちゃんだろうな。
たぶん、すごく、かっこいい。
碧は、ふと、そんなふうに思った。
『天井をご覧下さい。登場です』
胸元から、案内板の声がした。
始まる。
三人の子供達は、揃って駆け出した。
天井のドームに描かれた絵は、またもや違うものになっていた。
眠りの森の美女だ。
前方の泉から、音楽が流れ出した。
オーロラ姫の結婚式だ。これから、結ばれた二人が踊るのだ。
ばさあぁっ……!
絵を形作っていた蝶が、一斉に飛び立った。
ステージを目指して、虹色の帯を掛けていく。
競うように、タキシード姿の碧と陽、赤いドレスを着た桃も、舞台に向かって走る。
「みんな、しっかり! アタシがついてるわ! ファイト! ファイト!」
後ろから、オネエな声援がかかる。
へなへなと気が抜けそうになるが、だめだ。
そんな暇はない。
先頭に碧、桃を挟んで、陽。
三人は、一列になって、椅子の合間をダッシュした。
左端の方に行く。舞台の下手側だ。
赤い布張りの椅子は、まだぴくりとも動かない。
フロアーに整然と並んで、プリンシパルの登場を待ち受けている。
舞台に辿り着いた胡蝶が、人間の形を取り始めた。
宮殿に招かれたお客様だ。召使もいる。
王様に、お后。続々と揃う。
オール人力で、舞台装置がセッティングされていった。
舞台係も、胡蝶だ。人の姿だが、人間の膂力ではない。スピードも桁外れだ。
あっという間に、ステージは宮殿の豪奢な間と化した。
「ド・ジョー!」
到着した碧が、泉を見下ろして叫んだ。
低い壁が、客席フロアーとオーケストラボックスを仕切っている。壁の向こうには、澄んだ水が湛えられていた。
水面は、大騒ぎだ。
何本も水柱が上がっている。その天辺で、楽器が楽し気に音色を奏でていた。
水柱の動きは、リズミカルだ。高く伸びたり、縮んだりしている。
ごぽごぽごぽ……
泉の端っこに、小さな水柱が盛り上がった。
ド・ジョーだ。上に乗っている。
「終わった?」
壁から身を乗り出して、碧が尋ねた。
金色のドジョウは、苦い顔で答えた。
「いんや。あと半分くらい残ってる。ここは終わってるぜ。もう自動演奏だ」
「へえ。これ、ド・ジョーが指揮してるんじゃないのかあ」
陽が驚くのも、無理は無かった。
水柱たちの動きを見ても、まったく差が分からない。
提案したのは、碧だった。
ねえ、自動演奏って、できないの?
電子ピアノなんかで、よくあるだろ。
曲目は分かっているんだからさ。あらかじめ設定しておいて、勝手に演奏させるんだ。
金色のドジョウは、最初、目を白黒させた。
できないのではない。
その発想が、なかったのだ。
もし、音楽を全て自動にできたら。
ド・ジョーは、暁の救出に手を貸すことができる。大きな戦力だ。



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