ダンジョンズA 〔4〕花束の宴 (はなたばのうたげ)

25.万倉庫(よろずそうこ)(1)

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25.万倉庫よろずそうこ(1)

みかげは、絶対(ぜったい)に近(ちか)くにいる。
碧(あおい)がそう言(い)ったのだから、絶対(ぜったい)にそうだ。
三ツ矢(みつや)兄妹(きょうだい)の碧(あおい)に寄(よ)せる信頼(しんらい)は、めったに食卓(しょくたく)にのぼらない四枚(よんまい)切(ぎ)り食(しょく)パンよりも、はるかに厚(あつ)いのだ。

「まず、ここを捜(さが)して、いなかったら移動(いどう)しよう」
そう言(い)う兄(あに)に、桃(もも)がしっかりと頷(うなず)く。

と言(い)っても。
二人(ふたり)は、舞台(ぶたい)袖(そで)を見渡(みわた)した。

見事(みごと)に何(なに)もない。

移動式(いどうしき)の鉄棒(てつぼう)みたいなバーが、ぽつんと置(お)いてあるだけだ。
壁(かべ)まで殺風景(さっぷうけい)だった。
装飾(そうしょく)も、模様(もよう)すらない。ただの真(ま)っ白(しろ)い、のっぺらぼうの壁(かべ)だ。

そして。扉(とびら)は、どこにも付(つ)いていない。
通路(つうろ)も見当(みあ)たらなかった。
見事(みごと)なまでに袋小路(ふくろこうじ)の小部屋(こべや)だ。

「いないよね、ここには」
桃(もも)が、うろうろと歩(ある)きながら言(い)う。
一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

注意(ちゅうい)深(ふか)く辺(あた)りを見渡(みわた)してから、陽(よう)は床(ゆか)に目(め)を落(お)とした。
「不自然(ふしぜん)な継(つ)ぎ目(め)とか、ないかなあ。地下室(ちかしつ)とか、地下(ちか)へ繫(つな)がる通路(つうろ)とか」
ここも、既(すで)に地下(ちか)ではあるのだが。

見(み)た限(かぎ)りでは、無(な)い。
それでも、念(ねん)のためだ。陽(よう)は、しゃがみ込(こ)んで、床面(ゆかめん)を拳(こぶし)で叩(たた)いてみた。

コンコン コンコン
違(ちが)う音(おと)が響(ひび)いてきたら、疑(うたが)わしい。
カニ歩(ある)きしながら、どんどん試(ため)していく。

陽(ひ)に倣(なら)って、桃(もも)も屈(かが)んだ。
コンコンする。

タキシードとドレス姿(すがた)で、やることではない。
ズボンの陽(よう)は、まだよかった。
桃(もも)は、ひらひらしたスカートを押(お)さえながら、カニさんになっている。
しかも、ヒールのある靴(くつ)だから、安定感(あんていかん)ゼロだ。

よろり
おっと。でも、ちょうど横(よこ)が壁(かべ)だ。
桃(もも)は、何(なん)の気(き)なしに壁面(へきめん)に寄(よ)っかかった。

だが。
はっと気(き)づいたときには、もう遅(おそ)かった。
体(からだ)が、止(と)まらない。そのまま傾(かし)いでいく。

「わっ、とっ」
止(と)まらない。
ずぶずぶ……
あれよあれよという間(ま)に、自分(じぶん)の肩(かた)が壁(かべ)に沈(しず)んでいくのだ。

なんで? と思(おも)う前(まえ)に。
ずぶり
頭(あたま)も、壁(かべ)を突(つ)き抜(ぬ)けた。
真(ま)っ白(しろ)い煙(けむり)の幕(まく)を、掻(か)き分(わ)けたみたいに。

がたん!
あっという間(ま)に、桃(もも)は、ひっくり返(かえ)ってしまった。
ひらひらドレスが、はしたなく乱(みだ)れる。
乙女(おとめ)の条件(じょうけん)反射(はんしゃ)だ。桃(もも)は、慌(あわ)てて裾(すそ)に手(て)をやった。だが。

「えっ?」
桃(もも)は、床(ゆか)に倒(たお)れたまま、目(め)をぱちくりさせた。

すぐに裾(すそ)を整(ととの)えようと、視線(しせん)を向(む)けたのに。
ドレスのスカートを纏(まと)った自分(じぶん)の下半身(かはんしん)が………無(な)い。
正確(せいかく)に言(い)うと、見(み)えない。
上半身(じょうはんしん)だけが、壁(かべ)から、にょっきりと生(は)えているのだ。

そして、ぶすりと、自分(じぶん)の両腕(りょううで)が、白(しろ)い壁面(へきめん)を突(つ)き抜(ぬ)けていた。

どうして……?
どこも痛(いた)くはなかった。
試(ため)しに、おずおずと手(て)を引(ひ)っ込(こ)めてみると、あっさり壁(かべ)から引(ひ)っこ抜(ぬ)けてくる。

人体(じんたい)切断(せつだん)のマジックでも見(み)せられている気分(きぶん)だ。

とにかく起(お)きなきゃ。そう思(おも)って身(み)動(うご)きした拍子(ひょうし)に、周(まわ)りの景色(けしき)が目(め)に入(はい)った。

桃(もも)は、再(ふたた)び大(おお)きく目(め)を見開(みひら)いた。
今度(こんど)は、口(くち)まで、ぽっかり開(ひら)いている。

「お兄(にい)ちゃん!!」
めったにない、桃(もも)の大声(おおごえ)だ。

一方(いっぽう)、陽(よう)は、ひっくり返(かえ)った音(おと)に気付(きづ)いて、素早(すばや)く顔(かお)を上(あ)げていた。
同時(どうじ)に駆(か)け出(だ)している。
さすがに反応(はんのう)が早(はや)い。

だが、驚(おどろ)きのあまり、即座(そくざ)に緊(きん)急停止(きゅうていし)した。
「桃(もも)ーっ?!」
妹(いもうと)の体(からだ)が、下半分(したはんぶん)、壁(かべ)から突(つ)き出(だ)している。
肝(きも)の太(ふと)い陽(よう)が、裏返(うらがえ)った声(こえ)をあげた。
そうとうレアな事態(じたい)だ。

「大丈夫(だいじょうぶ)かっ?」
一瞬(いっしゅん)の驚愕(きょうがく)の後(あと)。さらにターボをかけて、陽(よう)は駆(か)け寄(よ)った。

どこをどうすれば、こんなことになるんだ?
当然(とうぜん)の疑問(ぎもん)が浮(う)かぶ。

間髪(かんぱつ)入(い)れずに、陽(よう)は、もう一度(いちど)叫(さけ)んだ。
「うわあっ」

にゅうっ
桃(もも)の下半身(かはんしん)が引(ひ)っ込(こ)んだ。
替(か)わりに、白(しろ)い壁(かべ)から、妹(いもうと)の首(くび)が突(つ)き出(で)てきたのだ。
怖(こわ)い。お化(ば)け屋敷(やしき)なんて目(め)じゃない。

「お兄(にい)ちゃん、来(き)て! こっちに部屋(へや)がある!」
生首(なまくび)が、そう叫(さけ)ぶ。
と同時(どうじ)に。白(しろ)い壁面(へきめん)を、ずぶりと腕(うで)が突(つ)き抜(ぬ)けてきた。
むんず、と陽(よう)を引(ひ)っ掴(つか)む。

「これは……壁(かべ)じゃないのか?」
陽(よう)は、すぐに自分(じぶん)を取(と)り戻(もど)した。
度胸(どきょう)がいいので、いつまでも、びびっていない。
顔(かお)を、ギリギリまで壁(かべ)に近(ちか)づけてみる。

陽(よう)が備(そな)えた驚異(きょうい)の視力(しりょく)が、発動(はつどう)した。
ちらちら
真(ま)っ白(しろ)な色(いろ)が、ちょっとだけ揺(ゆ)らいで見(み)える。
濃淡(のうたん)があるのだ。
色(いろ)みが薄(うす)い部分(ぶぶん)が、ほんの少(すこ)し現(あらわ)れると、下(した)から濃(こ)い白(しろ)が塗(ぬ)り潰(つぶ)していく。
まるで、濃(こ)い煙(けむり)が立(た)ち上(のぼ)るみたいに。

「そうなの。ほら」
桃(もも)が、陽(よう)の腕(うで)を引(ひ)っ張(ぱ)った。

ずぶ ずぶ ずぶ……
なんの抵抗(ていこう)もなかった。陽(よう)の体(からだ)は、あっさりと壁(かべ)に呑(の)み込(こ)まれていった。

そんなに厚(あつ)みは無(な)かったらしい。
次(つぎ)の瞬間(しゅんかん)には、陽(よう)は壁(かべ)の向(む)こう側(がわ)に入(はい)っていた。
切断(せつだん)マジック状態(じょうたい)だった妹(いもうと)が、横(よこ)に立(た)っている。
赤(あか)いドレス姿(すがた)で、元通(もとどお)りだ。

黒(くろ)タキシードの陽(よう)も、呆然(ぼうぜん)と立(た)ち尽(つ)くした。
信(しん)じられない。

「倉庫(そうこ)、だよなあ……」
「うん」
「広(ひろ)いなあ」
その一言(ひとこと)で済(す)ませられるレベルではなかった。
部屋(へや)、ではない。もはや広大(こうだい)な洞窟(どうくつ)だ。
見上(みあ)げた遥(はる)か彼方(かなた)に、天井(てんじょう)がある。
そして、沢山(たくさん)の棚(たな)が、そこに届(とど)くほど高(たか)く、そびえ立(た)っていた。
ずらりと列(れつ)をなして、左右(さゆう)に連(つら)なっている。
見渡(みわた)す限(かぎ)りの、棚(たな)の団地(だんち)だ。

大道具(おおどうぐ)のセットから、小道具(こどうぐ)まで。
あらゆる舞台(ぶたい)道具(どうぐ)が、所狭(ところせま)しと収納(しゅうのう)されている模様(もよう)だ。
これならば、どんな舞台(ぶたい)でも対応(たいおう)可能(かのう)だろう。

「お兄(にい)ちゃん、あそこ、人(ひと)がいる」
「ああ。舞台係(ぶたいがかり)の胡蝶(こちょう)だろう」
ちらほら、いた。まだ人(ひと)の姿(すがた)で、道具(どうぐ)の片(かた)づけをしている。

超高層(ちょうこうそう)仕立(じた)ての棚(たな)には、梯子(はしご)が付(つ)いていた。
作業(さぎょう)着(き)姿(すがた)の胡蝶(こちょう)は、結構(けっこう)な大(おお)きさの道具(どうぐ)を担(かつ)ぎ上(あ)げて、ガンガン上(のぼ)っていく。
ここでも、全(すべ)てが人力(じんりき)なのか。
ご苦労(くろう)様(よう)なことだ。

ふらふら
一人(ひとり)が、蝶(ちょう)の姿(すがた)に戻(もど)ると、こっちに飛(と)んで来(き)た。

まずいかな?
壁(かべ)に並(なら)んだ兄妹(きょうだい)は、目(め)で会話(かいわ)した。

だが、やっと一段落(いちだんらく)して、どうでもよかったのかもしれない。
すっ……
胡蝶(こちょう)は、陽(よう)と桃(もも)の間(あいだ)を通(とお)り抜(ぬ)けると、壁(かべ)の中(なか)に消(き)えていった。
舞台(ぶたい)袖(そで)に戻(もど)り、片付(かたづ)けの出番(でばん)が来(く)るまで、幕(まく)の裏側(うらがわ)で羽(はね)を休(やす)めるのだろう。

「なるほどなあ」
こいつは便利(べんり)だ。
いちいち、扉(とびら)を開(あ)け閉(し)めしなくて済(す)む。
蝶(ちょう)の姿(すがた)でも、そのまま通(とお)れるのだ。
それに、高(たか)さや幅(はば)の制約(せいやく)も、ほぼ考(かんが)えなくていい。
大(おお)きな舞台(ぶたい)装置(そうち)だって、らくらく搬入(はんにゅう)搬出(はんしゅつ)可能(かのう)だ。

うんうん。一人(ひとり)で感心(かんしん)している兄(あに)を、妹(いもうと)が冷静(れいせい)に急(せ)かした。
「お兄(にい)ちゃん、早(はや)く、みかげを捜(さが)そう」
「そうか。きっと、ここにいる」
絶好(ぜっこう)の隠(かく)れ場所(ばしょ)だ。

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