ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

25.万倉庫(2)裏メニュー

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25.万倉庫よろずそうこ(2)

こくんと桃が頷いた。
行こう。

でも、どっちに?

棚の行列は、左右に並んでいた。
膨大な数だ。
歩いていくだけで、かなりの距離である。

「とにかく、近くから見ていく?」
桃が兄に聞いた。

「う~ん」
何かが、陽の頭に引っかかった。
だだっ広い倉庫を見渡す。
静かだ。
私語厳禁なんだろうか。まだ数人いる舞台係は、黙々と作業している。

そうか。音だ。
舞台のオーケストラが、聞こえてこない。

陽は、ぱっと振り返った。
煙の壁に、頭を突っ込んでみる。
舞台袖側に、自分の首だけが出た。
とたんに、音楽が大音量で聞こえてきた。

にゅうっ
引っ込ました。また、静寂が戻った。

やっぱり。
この(けむり)(かべ)だ。これが、音を遮っているんだ。

どんな仕組みなのかは、さっぱり分からない。
だが、理由は明白だ。
倉庫内の作業音が舞台に響いてしまったら、台無しだからだろう。

だけど。
陽は、耳を澄ました。
うん。聞き間違いじゃない。
かすかに、音楽が聞こえて来ている。
倉庫棚の、右の方からだ。

「こっちだ!」
陽は、走り出した。桃が、慌てて追う。

生のオーケストラ演奏とは、はっきりと違った。質の悪い、薄っぺらい音だ。
ボリュームを絞って、流しているのだ。
誰かが。

みかげだ!
棚を十列分ほどダッシュしたところで、陽と桃は急停止した。

いた。
棚と棚の間の通路。入って、すぐ近くのところに。
こっちに背を向けているが、間違いない。
おしゃれなワンピースに革靴。足首には、黄色いかぼちゃ。前回と同じ姿だ。

陽と桃に、気付いた様子もない。
みかげは、鏡の前で踊っていた。

いや……、踊りになっていない。ただの中途半端な真似事だった。
適当な腕の動き。雑なステップ。
ぼこぼこ
足首に括り付けられたかぼちゃが、それに合わせて跳ね回っている。

鏡は、例の姿見だった。
大きいから、2枚並べただけで、通路の幅一杯になってしまったらしい。
余りの5枚は、その向こうに雑然と置かれている。

前にした鏡面に、みかげの姿は映っていなかった。
代わりに、映像が映し出されていた。
暁が、舞台衣裳を身に着けて、王子と踊っている。
なるほど。現在、上演されている舞台の生中継というわけだ。

よし、やるぞ、桃! 打合せどおりに!
兄が、妹に目で伝えた。
桃が、素早く頷く。

すっ
次の瞬間。陽は、みかげの背後を取っていた。
相手が反応する間も与えず、あっさりと羽交い絞めにする。

流れるような攻撃だ。
手加減したいところだが、相手は生身の人間ではない。
想像できないような反撃がくる可能性があるのだ。

フルパワーで、一気にいけ。
碧は、きっぱり陽に言った。
そして、桃にも念を押した。
手は抜かないで。もしかしたら、こっちのほうが、囚人(めしゅうど)になったみかげを抑え込めるかもしれないから。

桃は、みかげのかぼちゃに飛びついた。
兄より、さらに手加減していない。
「えーいっ!」
気合と共に、全体重をかけて、大きなかぼちゃを床に抑え込む。

どくん
「えっ?」
桃は、思わず飛び退きそうになった。
まじまじと、体の下に囲ったかぼちゃを眺める。

「今、動いた?」
なんだろう。まるで生き物みたいだった。
心臓の鼓動が、伝わってきた気がする。
気のせい?

ようやく、みかげは襲撃者に反応した。
「ちょっと! なにするのよ!」
後ろの陽にではない。足元の桃を見下ろして、怒鳴りつけた。
怒り狂った、般若(はんにゃ)の形相だ。

だが。
その顔を見て、桃は思わず盛大に吹き出した。

人様の顔を見て、笑ったりしてはいけません。
三ツ矢家の(しつけ)は、きちんと身に付いている桃だ。
でも、仕方がない。完全に虚を突かれた。

みかげの鼻に、(きのこ)が、ぶっ刺さっていた。
両方の穴から、一本づつ飛び出している。
しかも、ぴこんぴこん点灯していた。
緑の光。()いなり(だけ)だ。

これを見て、笑うなという方が無理だ。

桃は、かぼちゃをお腹に抱え込んだまま、ひくひくする顔を伏せて、丸まった。
ぷるぷる
体全体が、震えている。
笑いを堪えているのが、ありありと分かる。

「なによ!」
みかげが叫んだ。憤怒(ふんぬ)の顔に、赤く羞恥が混じる。
無礼者は、足元近くに(うずくま)っている。
蹴っ飛ばそうとして、愕然とした。

足が、動かない?
どうして?
腕も。いや、体全部だ。

みかげは、力を振り絞ってみた。
かくかく
変な動きになった。
なんだか、見えない手に、体全体が押さえつけられているようだ。

「あのさあ、」
後ろから、声が掛かった。

いつの間に?
羽交い絞めにされている。体格のいい男の子にだ。
でも、力は、地宮での自分に比べれば、大したことはない。
体が動かないのは、そのせいじゃない。

「何か理由があるんだろうけど、」
おかしいけど、笑っちゃ可哀そうだよなあ。
と、はっきり顔に書いてある。

陽は、本心から言った。
「鼻には茸を挿さないほうが、かわいいと思うなあ」

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