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27.王手(1)
もう、案内板に質問することはできない。
あとは、自分の知力で勝負だ。
しかも、なるべく急いで。
幸い、記憶力は花丸付きだ。
碧は、頭の中でオーロラの歌を反芻した。
今宵の宴に
艶やかな薔薇を手向けましょう
バッカスよ 踊れ
桃色珊瑚の泡とともに
「バッカス」は、ワインの神様。
そうだ。思い出した。実奈子伯母さんから、教えてもらったじゃないか。
「ワインは、赤と白とロゼがあるのよ」
「ロゼって?」
「フランス語で、バラ色って意味ね。ピンク色のワインよ」
三ツ矢家のご母堂は、料理も上手いが酒にも詳しい。
そして、強い。
どんなに飲んでも、正確にタマネギのみじん切りができるという特技を有している。
それに対し、碧の母は、奈良漬けで酔えるレベルの下戸だ。
それゆえ、双海家に到来した酒類は、三ツ矢家にそのまま直行することになっている。
「いつも頂いちゃって、悪いわね、碧ちゃん。あら、これ、スパークリングだわ」
「へー。炭酸みたいなの?」
「ええ、発泡性のワインね。しゅわしゅわで、おいしいのよ」
実奈子伯母さん、ありがとう。
碧は、心の中で合掌した。
おかげで、謎は解けた。
スパークリングのロゼワイン。
それが答えだ。
オーロラは、それに化けている。
だが。
碧は、5本のワインボトルを前に、腕を組んで唸った。
「どれがそうなんだ?」
ラベルは、全て外国語だ。ほぼ読めない。
ちゃっちゃと検分していくうちに、「ロゼ」だけは、かろうじて見当が付いた。
ROSE
きっとこれだ。でも2本ある。
片方は、ピンク色の瓶だった。
おしゃれで可愛らしいデザインだ。いかにもロゼワインっぽい。
これなのかな……。
碧は、首を傾げながら、いったんテーブルに戻した。
もう一本の方も、手に取ってみる。
こっちは、ボトルもラベルも茶色い。
だが、ゴージャスだ。煌びやかな線が、瓶全体を飾っている。
「ん、なんだ、このボタン?」
瓶の底に、小さなポッチが付いていた。
押してみる。
すると、ボトルを彩っている線に、光が宿った。
まるで、輝く棘に囲まれた、気高い大輪の茶薔薇だ。
ルミナスボトルの仕掛けに、碧は一瞬声をあげそうになった。
これか?!
だが、すんでのところで思いとどまる。
いや、まて。
これは単なるギミックだ。
この2本のうち、スパークリングの方が正解なんだ。
ああ、でも、もし両方そうだったら?
あとは「桃色珊瑚」か。その色のワインが、どっちか。
「いやいや。そんなの分かるかよ……」
ワインボトルを手に、唸る。
ソムリエじゃないんだ。
瓶は、5本とも全て栓が開いていた。
舞台の小道具だから、空き瓶を使っているのだ。
まあ、もし中身を出して、比べることができたとしても、無理かな。
そんな色の差なんて、きっと分からない。
あれ?
そこまで考えて、碧は、ふっと違和感を覚えた。
手にしている瓶を、もう一度見る。
中身が、入っている。
ほんの少し。たぶん、グラス一杯分くらいだけ。
ことり
静かに、碧は光る瓶をテーブルに置いた。
残りの4本を、改めて確認する。
うん、こっちは全部、空っぽだ。
碧は確信した。
後は実証だ。
テーブルに揃えられた食器の中から、ワイングラスを持ってくる。
さあ、試してみよう。
オーロラの尻尾が飛び出すかどうか。
ぴかぴか光っていたボトルは、いつの間にか元に戻っていた。
おいおい、ボタンはオフにしていないぞ。
それとも、一定時間で消える仕様なだけか。
碧は、瓶を掴んで、慎重に傾けた。
ゆっくり。
だが、底に溜まったワインは、動かなかった。
凍っているかのように、張り付いている。
と、慌てたように、いきなり流れだした。
こぽこぽこぽ……
細長いグラスを満たしたのは、美しいロゼワインだ。細かく立ち上る泡。コーラルピンクの輝き。
やっぱりだ。間違いなかった。
碧は、グラスを掲げて、にやりと笑った。
「オーロラ、みいつけた」
ピンポーン
果たして、胸元から、軽快なチャイム音が響いた。
『正解です。鬼の碧が、勝ちました』
「っしゃあ!」
碧が、拳を握って快哉を叫ぶ。
にゅうっ
グラスから、液体が飛び出た。
オーロラだ。
「あーあ、見つかっちゃったわ」
大して残念そうではない。むしろ楽し気な声が、辺りに響いた。
ピンク色のワインは、空中で薄っぺらい人型に伸びると、すぐにフルカラーに色づいた。
次の瞬間には、もう女性の姿になっている。
ギリシャ風のドレスを身にまとった、どえらい美女だ。
「でも、楽しかったわ。ねえ、碧、もう一回やりましょう?」
「いや、ごめん。時間無いから」
すっぱりと、碧は断った。
よし。まだ終わっていないよな。
陽達は上手くやったかな。
はやく合流しよう。
「ええー」
不満げに唸るオーロラに構わず、碧はさっさと空になったグラスをテーブルに戻した。
ぐちゃぐちゃにしてしまったワインボトルも、てきぱきと並べ直す。
ものの二秒もかかっていない。
縄梯子は、垂れ下がったままだった。
小走りで近づくと、オーロラを振り返る。
「じゃあ、約束。オーロラ、俺のお願い、一つ、きいてくれるんだよね」
「えっ。ええ、そうだったわね。なあに?」
きょとんとする。
時間が惜しい。縄梯子を上りつつ、碧は口早に頼んだ。
「アカツキに力を与えるのを止めて欲しいんだ。今すぐ」
返事がない。手足を止めて見下ろすと、戸惑った顔でオーロラが考え込んでいた。
「……まあ、どうしましょう。碧のお願いは、きいてあげたいんだけど。私が見ているだけで、力は強まってしまうのよ」
やっぱりそうか。
「私の光は、この地宮をあまねく照らしている。私が近くにいるだけでも、受ける力は大きくなってしまうの」
まったくもう。傍迷惑な太陽様だ。
碧は、溜息をついてから、言い放った。
「それなら、この宴から退出して。そうすれば、オーロラの力は弱まるだろ」
「まあ!」
オーロラが大声をあげた。
だめかな?
だが、心底驚いただけだったらしい。
「碧は頭がいいのね! そんなこと、思いつかなかったわ」
のんきに感心して、ぱちぱち拍手してくる。
「あー、それはどうも……」
力が抜ける……。
だが、ずり落ちている暇はない。
碧は、気合を入れ直すと、一気に縄梯子を上った。
またもや、自身のアスレチック記録更新だ。
葡萄棚に立つと、下に向かって叫ぶ。
もう、一秒だって時間が惜しい。
「じゃあね、オーロラ、頼んだよ!」



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