カイコン(総フリガナ版)

28.蛟(総フリガナ版)

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28.蛟みずち

時(とき)は、少(すこ)し遡(さかのぼ)る。
千里(せんり)は、上空(じょうくう)から、噴出(ふんしゅつ)してくるコインを見張(みは)っていた。

出(で)るわ出(で)るわ、一向(いっこう)に止(や)む気配(けはい)が無(な)い。

下界(げかい)は、大騒(おおさわ)ぎだった。
野次(やじ)馬(うま)が、ぞくぞくと詰(つ)めかけてくる。
おまけに、テレビの取材(しゅざい)までやって来(き)た。

「おい、どういうことだ? カメラに映(うつ)ってないぞ?」
コインの間欠泉(かんけつせん)を放映(ほうえい)するつもりだったのだろう。テレビ局(きょく)のスタッフが、愕然(がくぜん)と叫(さけ)ぶ。

「なるほど、こいつは荒魂(あらみたま)だもんな」
千里(せんり)は、納得(なっとく)して呟(つぶや)いた。
普通(ふつう)の人間(にんげん)にとっては、幽霊(ゆうれい)と同(おな)じ。
荒魂(あらみたま)は、見(み)えるけれど、触(ふ)れない。

「幽霊(ゆうれい)を写真(しゃしん)に撮(と)っても写(うつ)らないって言(い)うし」
「テレビカメラにも映(うつ)らないんでしょうね」
軍服風(ぐんぷくふう)スーツが、後(あと)を引(ひ)き継(つ)いで言(い)う。

「しまった。音声(おんせい)オフに戻(もど)すの忘(わす)れてた」
千里(せんり)は、ようやく気(き)が付(つ)いて、がくっと肩(かた)を落(お)とした。

「まあ、いいか。和尚(おしょう)達(たち)は一緒(いっしょ)じゃないし」
でも、なぜだろう。
着(き)ている服(ふく)から、うざいオーラがガンガンに迸(ほとばし)って来(く)る。
うちの坊(ぼっ)ちゃん、すごいでしょ。

理由(りゆう)は簡(かん)単(たん)だ。
「じゃあ、ネコ耳(みみ)だ! あの美(び)少年(しょうねん)を映(うつ)せ!」
困(こま)ったテレビ局(きょく)のスタッフが、宙(ちゅう)に浮(う)かぶ千里(せんり)ばかりを映(うつ)していたのである。

当事者(とうじしゃ)の同意(どうい)を取(と)ってから、なんて考(かんが)えもしない。ゆるゆるの時代(じだい)である。

映画(えいが)俳優(はいゆう)顔負(かおま)けの美貌(びぼう)に、テレビで観(み)た者(もの)の大半(たいはん)が心(こころ)を射抜(いぬ)かれた。
何割(なんわり)かは、実物(じつぶつ)見(み)たさに、わざわざやって来(き)た。だから、野次(やじ)馬(うま)が増(ふ)える一方(いっぽう)だったのだ。

はああ……
ほおお……
あちこちから溜息(ためいき)が漏(も)れている。

だが、千里(せんり)は一向(いっこう)に気付(きづ)かない。

坊(ぼっ)ちゃんったら、ご自分(じぶん)の美貌(びぼう)に無頓着(むとんちゃく)なんだから、もう。
気付(きづ)いたシルキングのフォースだけが、鼻高々(はなたかだか)であった。

「はい、こちらがエネルギーチップです。これを採掘(さいくつ)するために、今(いま)、ネコ耳(みみ)の人(ひと)が戦(たたか)っているわけですねえ」
下界(げかい)では、テレビのアナウンサーが、マイクを片手(かたて)に中継(ちゅうけい)を続(つづ)けている。

どうやら、映(うつ)らないから説明(せつめい)で誤魔(ごま)化(か)すことにしたようだ。
調達(ちょうたつ)してきたエネルギーチップを見(み)せながら、原稿(げんこう)を読(よ)み上(あ)げる。

「ご覧(らん)のようにコイン状(じょう)で、直径(ちょっけい)3センチ。重(おも)さは21.262グラム。プラスとマイナス面(めん)を備(そな)え、乾電池(かんでんち)のように使(つか)うそうです」

へえええ……
ほとんどの聴衆(ちょうしゅう)が、初耳(はつみみ)だ。感心(かんしん)して聞(き)き入(い)っている。

「採掘(さいくつ)されたチップは、ヤタガラスが回収(かいしゅう)し、神社(じんじゃ)に奉納(ほうのう)されたのちに市場(しじょう)へ出回(でまわ)る。って、ヤタガラスって何(なに)? 神社(じんじゃ)ってどうして?」
やれやれ。準備(じゅんび)不十分(ふじゅうぶん)な様子(ようす)だ。読(よ)んだアナウンサー本人(ほんにん)が、首(くび)を傾(かし)げている。

「あの! ちょっと! ネコ耳(みみ)さん!」
そのとき、群衆(ぐんしゅう)から、千里(せんり)に呼(よ)びかける声(こえ)が上(あ)がった。
だが、きゃあきゃあ騒(さわ)ぐ女性陣(じょせいじん)が煩(うる)さすぎる。

「ちさとを知(し)りませんか? ネコ耳(みみ)で、私(わたし)の友達(ともだち)なの!!」
めげずに声(こえ)を張(は)り上(あ)げた主(ぬし)は、ミイだった。

土曜(どよう)半(はん)ドンの勤務(きんむ)上(あ)がりに、お昼(ひる)のニュースを見(み)かけたのである。

「いや~、どえらい美人(びじん)さんだったよ。スタイル抜群(ばつぐん)で、黒猫(くろねこ)の耳(みみ)をしててね」
インタビューに答(こた)えたおじさんに、周(まわ)りの男(おとこ)どもが、うんうん頷(うなず)く。
全員(ぜんいん)、鼻(はな)の下(した)がビロリンと伸(の)びていた。

絶対(ぜったい)に、ちさとだ。

あの来訪(らいほう)以来(いらい)、ちさとは連絡(れんらく)を絶(た)っていた。
宿舎(しゅくしゃ)あてに電話(でんわ)しても、不在(ふざい)ばかり。
出(だ)した手紙(てがみ)にも、まったく返事(へんじ)が来(こ)ない。

自分(じぶん)には分(わ)かる。
ちさとは、私(わたし)との付(つ)き合(あ)いを絶(た)つ気(き)なんだわ。
ネコ耳(みみ)になっちゃったのを気(き)にして。

会(あ)わなくちゃ。
ちゃんと顔(かお)を見(み)て、話(はなし)がしたい。
確(たし)かに、あの寝(ね)姿(すがた)はショックだった。
でも、ちさとは、ちさとだよ。

そう伝(つた)えに来(き)たのだ。
だが、小柄(こがら)なミイの姿(すがた)は、ごった返(がえ)す人(ひと)の波(なみ)に、ずぶずぶ埋没(まいぼつ)していく……。

「反応(はんのう)が小(ちい)さくなってきました」
フォースが、親(おや)馬鹿(ばか)モードを瞬時(しゅんじ)で切(き)り替(か)えた。打(う)って変(か)わって、冷静(れいせい)に言(い)う。

しゅん!

果(は)たして、コインの奔流(ほんりゅう)が出切(でき)った。
ようやく、お終(しま)いだ。

「よし、行(い)こう!」
千里(せんり)が、コインの最後(さいこう)尾(び)を追(お)って飛(と)んでいく。

地上(ちじょう)からは、美(び)少年(しょうねん)の退場(たいじょう)に、残念(ざんねん)そうな声(こえ)が上(あ)がった。
だが、千里(せんり)は、ほんのちょっとの愛想(あいそ)もふらずに、遠(とお)くなっていく。

しゃっ
「えっ?」
群衆(ぐんしゅう)の女性(じょせい)が、驚(おどろ)いてキョロキョロした。

さっきまで右隣(みぎどなり)に立(た)っていた人(ひと)が、急(きゅう)にいなくなっている。

え? いたわよね。
確(たし)か、少年(しょうねん)だった。
帽子(ぼうし)を目深(まぶか)に被(かぶ)っていたけれど、綺麗(きれい)な顔立(かおだ)ちだった気(き)がする。

他(ほか)の野次(やじ)馬(うま)も、みんな千里(せんり)に気(き)を取(と)られていたところだ。

誰(だれ)にも気(き)づかれず、その少年(しょうねん)は、ぐんぐん上昇(じょうしょう)した。
下界(げかい)から遠(とお)く離(はな)れると、ようやく止(と)まる。

しゅっ
音(おと)を立(た)てて、帽子(ぼうし)が服(ふく)に吸(す)い込(こ)まれた。
同時(どうじ)に、着(き)ていた学生服(がくせいふく)も、みるみる変(か)わって行(い)く。

現(あらわ)れたのは、千里(せんり)と同(おな)じ顔(かお)。
そして、お揃(そろ)いの軍服風(ぐんぷくふう)スーツだ。

この高度(こうど)からは、全容(ぜんよう)が見下(みお)ろせた。

コインの群(む)れは、川(かわ)に沿(そ)って飛行(ひこう)していく。
細(ほそ)い川(かわ)は、やがて太(ふと)い隅(すみ)田川(だがわ)に流(なが)れ込(こ)んだ。
そして、すぐ二股(ふたまた)に分(わ)かれる。

人形(にんぎょう)のように整(ととの)った顔(かお)が、どんどん険(けわ)しさを増(ま)していった。

「千里(せんり)、だめだ、そっちに行(い)っちゃ……!」

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