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29.真名(1)
ばさばさばさっ
白い小鳩は、すぐさま床から舞い上がった。
上空からの眺めも、惨憺たるものだ。
ステージのあちこちに、出演者の胡蝶が、ぶっ倒れている。
まだ動ける者も、既に戦意喪失していた。
もう誰も止めようとせず、ただ呆然と突っ立っている。
ソネムネ・タム達だけが、元気だった。
ぬめぬめと寄り集まると、今度は丸い形を作っていく。
中心にいるソネムネ・タムがティアラを掲げ、その周りを十重二十重に仲間が取り囲む陣形だ。
悪知恵だけは働く奴らである。
取れるもんなら取ってみろ。
三日月形に釣り上がった口が、揃ってそう言いたげだ。小憎らしいこと、この上ない。
だが、ソネムネ・タムも、上空から簒奪者が現れるとは思っていなかったのだろう。
ひゅうっ…
真っ白な翼が、汚らしい沼に急降下していった。
ばさり…
釣果は、一瞬で上がっていた。
逃げ去る鳩の脚に、ティアラが引っかかっている。
みかげ! みかげ!
スクリーンからの歓声は、相変わらず続いていた。
ここまで舞台は滅茶苦茶になっているというのに、どこ吹く風だ。
ばさり……ばさり……
白い鳩は、ゆっくりと舞い降りた。
その下には、暴走列車のごとく踊るオーロラ姫と、必死に付いていく王子がいる。
にゅうっ
鳩が、また変化した。
今度は、生首だけではない。
とてつもない美女が、一瞬で宙に浮かぶ。
夢のように豪奢な、白いロマンティックチュチュ。
トウシューズは、青白い輝きを放っている。
クラシックバレエを愛する人々の夢が作り出した、オーロラの地宮。その核、太陽たる存在のお出ましだ。
それでも、観客の喧騒は止まない。
スクリーン越しでは、オーロラの姿は見えないのだろうか。
みかげ! みかげ!
「暁」
違う名が、美しい唇から紡ぎ出された。
オーロラは、白魚のような手で、小さなティアラを捧げ持っている。
ぼろぼろだ。さっきより劣化が進んでいる。
鈴を転がすような美声が、続ける。
「これは、あなた自身の輝き。偽りの名で呼ばれ、逆らわずにいれば、宝石は光を失う」
見下ろす先には、虚ろな目をしたプリンシパルがいる。
操られるままに踊り続ける、マリオネットだ。
すっ
オーロラが降下した。
暁が、ちょうどポーズを取って静止する。
既に、暁の頭上には、オーロラ姫の舞台衣装に相応しい王冠が飾られていた。
そこそこ見栄えのする品だ。ステージの照明を受けて、キラキラしている。
オーロラは、その上に、ガラクタ同然となったティアラを授けた。
「暁。取り戻しなさい、自らの名を」
すると。
暁の顔に張り付いていた作り物の笑顔が、口の部分だけ崩れた。
「……あか…つき…」
人形の口が、ぎこちなく動く。
だが、こぼれ出したのは、暁自身の声だ。
にっこり
オーロラが、艶やかに微笑んだ。
「そう。真の名前は、魂の核」
その瞬間。
ぱああぁ…っ
ぼろぼろのティアラから、まばゆい光が溢れ出した。
混じりけの無い、黄金色の輝きだ。
錆びた地金を押しのけて、迸る。
一瞬で、曇っていた宝石が、磨いたように蘇った。金の素地も、ピカピカに元通りだ。
それだけではない。
暁の全身を覆っていた青白い光も、あっさりと塗り潰した。
ついでに、ステージに溢れかえっていたソネムネ・タムも、瞬殺だ。
まさに、光の奔流だった。
暁自身が、頭の天辺から火花を噴き出す花火になったような有様だ。
しばらくの間、目を開けていられないほどの眩しさが、舞台に立つ者全ての視界を奪った。
しん……
静寂が、辺りを満たした。
爆発的な輝きが、徐々に収まっていく。
「…あ、暁っ……!」
陽が、いち早く復旧した。
その声で、目を庇っていた碧と桃も、慌てて腕を外す。
三人の目の前に、暁がいた。
脚を高く上げたポーズのまま、静止している。
素晴らしい持久力プラス筋力だ。
王子の方は、その後ろで姫をホールドしつつ、ぜいぜいと息を荒げていた。
こちらは、そうとう辛そうだ。
「暁、ティアラが……」
桃が、潤んだ目で絶句した。
両脇にいる陽と碧も、声を失っている。
変わっていた。
サイズも大きく、形も格式高く……。
ほとんど本物の王冠だった。
黄金が重たげな輪を形作り、宝石が惜しげもなく埋め込まれている。
豪華この上ない。
不思議なことに、舞台衣装で着けていたティアラの方は、無くなっていた。
まるで、溶けて混じり合ったみたいだ。
新たなクラウンが、暁に冠されていたのだ。
「暁……、すてき……かわいい」
だめだ。桃のスイッチが入ってしまった。
崇拝の眼差しで、暁を見つめている。
「いや、そんな場合じゃないだろ」
思わず条件反射で突っ込んだ拍子に、碧は自分を取り戻した。
どうなった?
素早く周りに目を配る。
死屍累々だ。でも、ソネムネ・タムは一体もいなくなっている。
オーロラは?
宙に視線を移す。
こっちも消えていた。
逃げたな。
ぎぎぎ……
暁が動いた。ぎこちなく脚を降ろす。
踊っていた時とは、雲泥の差だ。優雅さの欠片も無い。
……すぅっ
そこで、王冠の光が、完全に消えた。
解除も完了だ。
ぼろぼろぼろ……
暁の耳から、言いなり茸が、ひとりでに落ちていった。
光の効果か。床に撒かれた茸は、すっかり萎びて、干物と化していた。
不自然な笑顔が、同時に剥がれ落ちる。
ぱちぱち
瞬きで、再起動完了だ。



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