当サイトは広告を利用しています プライバシーポリシー

29.真名(2)
暁の目が、くるくると動いた。
不思議そうに、自分が着ている舞台衣装を眺める。
まったく覚えがない。そう言いたげだ。
だが、近くに突っ立っている碧達に気付くと、ぱっと表情を変えた。
「あー! 碧、陽、桃ちゃん!」
にこにこする。
いつもの笑顔だ。
は~……
三人から、同時に安堵の溜息が漏れた。
よかった。元通りだ。
「……あー。安心してるところ、非常に言いにくいんだがな」
超低音の声が、上から降ってきた。
滲み出る疲労で、いつもより響きが重量級だ。
「ド・ジョー、なに?」
碧が、顔を上げた。
すうっと、カラフルな水球が目の前に降りてくる。
金色のドジョウは、立っているのも辛そうなほど、くたくたになっていた。
柳川鍋、一丁上がりだ。
声を出すのも億劫らしい。
ちょいちょい
胸ビレで、碧たちの背後を指し示す。
「なんだ?」
碧は振り返った。陽と桃も、倣う。
そして、三人揃って再び絶句した。
全てが、静止していた。
跳ねまわっている客席は、もう一脚たりともない。
全部が、整然と一列に並んでいる。
最後尾は、ぐいんと天井近くまで積み上がっていた。
その上で、ピンク色のネズミが、凍り付いたように動きを止めていた。
巨大な四羽のスワンズも、椅子に群がったまま……。
『観客の評価が、最高値に達しました。これより、胡蝶の門出となります』
劇場内に、アナウンスが響き渡った。
「あーっ!」
暁以外の三人が、全員叫んだ。
うかつだった。
そうか。静かだったのは、曲が終了していたからか!
ようやくフィニッシュで止まった時に、オーロラがティアラを授けたんだ。
花道は、その前に完成してしまった。
マダム・チュウ+999&マッチョ・スワンズ防衛網は、死闘の末、破られたに違いない。
碧の頭脳回路が、一気に正解をはじき出す。
だが、分かったからって、もうどうにもならない。
ざああっ……!
アナウンスを合図に、出演者たちが一斉に蝶の姿に戻った。
色とりどりの羽が、天井へと飛び去って行く。
ただし、ぶっ倒れている胡蝶の方が、圧倒的に多かった。
こちらは蝶に戻らず、そのままサラサラと掻き消えていく。
それを蹴散らす勢いで、舞台係の胡蝶達が下手袖から現れた。
ムキムキの肉体労働軍団が、どやどやと大道具を片づけていく。
同時に、水矢でびしょ濡れの床も、綺麗に掃除している。迅速丁寧な仕事っぷりだ。
舞台は、いきなり大渋滞だ。
その上から、容赦なく急かす声が降ってきた。
『繰り返します。胡蝶の門出が完了しました。挑戦者は、花道を進んで、天頂の杯を受けて下さい』
チュチュを着た暁が、きょとんと首を傾げた。
碧、陽、桃、そしてド・ジョーもいる。
マッチョ・スワンズも、次々に、ばさばさと駆け付けてきた。
降り立ったリーダーの頭には、マダム・チュウ+999が乗っかっている。
全メンバー、勢ぞろいだ。
どうしてだろう。
全ての視線が、自分に集中していた。
「え~と、私? この椅子んとこを歩けばいいの?」
「だめーっ!」
桃の絶叫が、響き渡った。
他のみんなも口々に制止してきたが、その全てをかき消すほどの大音量だ。
あの桃ちゃんが? こんな大声、聞いたことが無い。
がしっ
碧が、素早く腕を掴んできた。
ということは、絶対に止めなくちゃいけない、緊急事態ってことだ。
「行くなよ、暁! 絶対に行くな! 説明は後でする!」
顔面蒼白だ。こんな碧も、初めて見た。
陽は、いつも通りだった。
思っていることが、全て顔に出ている。
まずい。とっても、まずい。
声を失っている陽を押しのけて、地宮の住人たちが、てんでにしゃべりかけてくる。
全員、マシンガントークだ。
なにひとつ聞き取れない。
血相を変えた面々に詰め寄られて、暁は、さらに首を傾げた。
なにがなんだか、よく分からない。
ここは……ガルニエ宮の舞台だ。
くるっと周りを見渡す。
所狭しと走り回っていた舞台係の姿は、もう全て消えていた。
ステージは、がらんとしている。
この地宮に初めて訪れた時と同じだった。
駆けまわりたくなるような、だだっ広い床。
中央には、大きな鏡が、7枚。弧を描く形で並べられている。
「あれ? 私、どうやってまたここに来たのかな?」
おかしい。記憶が、吹っ飛んでいる。
そうだ。さっきまで、変な夢をみていた。
真っ白な靄のかかった世界で、音楽だけが鮮やかに鳴り響いている夢。
眠っている筈なのに、手足が勝手に動いて、止まらなくて……。
どこからか、オーロラの呼ぶ声が聞こえた気がする。
そこで目が覚めて……。
『ご案内致します。ガイドを表示致しますので、矢印に従って進んで下さい。胡蝶の花道は、こちらです。到着点で、天頂の杯を受けて下さい』
カシャッ
アナウンスと共に、上から光が降ってきた。
ステージの床に、矢印が映し出される。
ぽん ぽん ぽん
リズミカルに、オーケストラボックスの手前まで連なっていく。
その先に待っているのは、泉を越えて架かっている、客席で出来た橋だ。
「ちょっと待て。もしかして、なにがなんでも行かせるのか?」
碧が、血の気の引いた唇で、恐ろしい予想を述べた。
案内板は、ただただ、決められた通りに事を執行しようとする。
容赦はないのだ。
前回で、身をもって知っていた。
すっと、陽が動いた。碧と暁を背に庇う。
『繰り返します。挑戦者は、矢印に従って進んで下さい』
「ご案内」に留まっているうちはいい。
まずい。次は何をしてくる?
全員に緊張が漂う。誰も動かない。
その時だった。
ふっ
なにか突進してくる!
いち早く、視界の隅で捕らえた陽が、ものも言わずに構える。
「お兄ちゃん!」
桃が悲鳴をあげた。
どうして? 縛った筈なのに。
「あ!」
暁が目を見開く。
そうだ。ようやく分かった。
私、この子に捕まって、連れて来られたんだ。
この子に、操られて、踊らされていたんだ。
舞台袖から、こっちに走って来る。
「みかげちゃん!」



読んで下さって、有難うございます!
いかがだったでしょうか。以下のサイトあてに感想・評価・スキなどをお寄せ頂けましたら、とても嬉しいです。
ランキングサイトにも参加しています。
クリックすると応援になります。どうぞよろしくお願いします↓
