ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

3.夕焼けチャイム(2)裏メニュー

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3.夕焼けチャイム(2)

ふっと桃が気付いた。
暁が静かだ。暗い顔をしている。

「暁? 大丈夫?」
そっと、上着の袖に触れて、顔を覗き込む。

やっぱり、最近の暁は、元気がない。
普段が元気すぎるので、ダウンしても一見普通に見える。

だが、暁を知る人には、歴然としていた。
今日の稽古では、空手教室の先生にまで、
「ど、どうした、暁?! 元気ないぞ?」
と心配されていたのだ。

「うん、大丈夫」
それでも、桃の顔を見て、安心させるように笑みを浮かべる。

「ごめんね、みんな。そんな危険な目に合わせちゃったんだね、私のせいで」

「は?」
今度は、碧が慌てた。

「いや、俺はそういうつもりで言ったんじゃない。単なる仮説だし。もしまたあの世界に行っちゃったときは、なるべく早くに帰ってきたほうがいいと思うって、そう言いたくて、」

どんどん尻つぼみになった。
暁は、何をどう言っても、しゅんとしたままだ。
0才児からの付き合いのなかで、こんな暁は相手にしたことが無い。
調子が狂ってしまう。

困り果てた様子の碧を、陽が遮った。
「大丈夫だよ、暁も、碧も」

二人が、それぞれの表情で見つめてくる。
碧は、救世主に縋る目で。
暁は、びっくりするくらい頼りない目で。

陽は、弟分のはとこと、その幼馴染に告げた。
「俺達は、みんな無事だっただろ? それに、もうあの世界に行くことはないんだから」

碧のは、取り越し苦労だよなあ。
頭がいいぶん、どうも考え過ぎてしまうきらいがある。

陽は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「みかげも、きっと助けよう。大丈夫だよ、ちゃんと信じてもらえる」

ようやく、暁が微笑んだ。
「陽が言うと、ほんとにそうなりそうだね」

嘘は言わない。いや、そもそも言えないのだから。

暁の腕にくっ付いたままの桃が、こくりと頷いた。
大丈夫。兄の主張に、無言で賛同する。

桃も、勢いやその場の雰囲気で、無責任に同意したりしない。
いつだって、きちんと自分の考えを表す子だ。
小さい声だから、聞き流されちゃうことも多いんだけど。

碧は、三ツ矢(みつや)家兄妹を、心から頼もしく思った。最強のはとこ達だ。

碧にも、自然と微笑みが戻った。
うん、と頷く。
ハードルは高いけど、きっと大丈夫。

のんびりとした口調で、陽が碧を力づける。
「嘘でなけりゃ、自信満々で行け。それが信じてもらう秘訣だって、お父さんが言ってた」

三ツ矢家ゴッドファーザーによる訓示である。
ありがたく心に刻もう。

ピッ ピッ ピッ
ポォーン!
エントランスホールに、時報が鳴り響いた。
大画面に表示されている時刻を見るまでもない。もう五時だ。

聞き慣れた音楽が、辺りに流れる。
夕焼けチャイムだ。

「帰ろっか」
暁が、言うのと同時に歩き出した。
方針は決定した。あとは各自が実行するのみである。

「あ、そうだ、暁! オーロラからもらった髪飾り、ちゃんと持ってるか?」

忘れていた。念を押しておかないと。

碧の質問に、暁が急停止する。
「え? あー!」
慌ててスポーツバッグを探り始める。

全員、立ち止まった。
まだ、噴水前だ。いくらも進んでいない。

前ポケットのファスナーを開けると、暁は髪飾りを取り出した。

久しぶりに見ると、やっぱり桁外れに豪華だ。
ティアラを(かたど)ったゴールドに、泥棒が大喜びしそうな大きさの宝石が、何個もあしらわれている。
小学生が持っているような品ではない。

「よかった、あった」
ずうっと入れっぱなしである。

やっぱりな。
碧にはお見通しだ。

一ノ瀬(いちのせ)家が、くそ忙しい共働き家庭でよかった。
洗濯した道着とスポーツタオルは、ダンクシュートするみたいに吊り下げたバッグに叩き込んでいる。
絶対に、前ポケットまで見ちゃいない。

「暁、それ、あーちゃんママたちに見せて。証拠があったほうがいい」
「うん! わかった!」

だが、自分で言っておきながら、碧は途端に日和った。
「あ、でも待てよ。最初に見せちゃったら、逆にそれをごまかすための作り話だと思われるか? だったら、話をしてから、その後で出してみせるほうがいいかな」

ぶつぶつ。
すっかり、思考の迷路に迷い込んでしまっている。

「そこまで考えなくてもいいんじゃないか?」
陽が割って入った。
困ったものだ。碧は、また考え過ぎている。

続けて語り掛けようとして、陽は急に口をつぐんだ。
妹が、後ろにぴったりとくっ付いてきている。
おびえたような表情だ。

「どうした、桃?」
何かあったか?
素早く辺りをぐるりと見渡す。
人々は、さっきと変わりない。

あれ? でも。
陽も、ようやく気づいた。
「おかしいよね、チャイムが」
桃が、兄に訴えた。

そうだ。
さっきから、館内には「夕焼け小焼け」のメロディが流れていた。五時に鳴る決まりだ。

一昔前は、「良い子は、もうおうちに帰りましょう」と促すアナウンスも入ったらしい。
現在では、時世を(かんが)みたのか、音楽のみだ。

まだ、流れている。
終わらない。こんなに長かったか?

夕焼け小焼けで日が暮れて
山のお寺の鐘がなる

また最初に戻った。
繰り返しているんだ。

音も、ぐんと大きくなった。
やけくそのように、続けて鳴っている。
おかしい。何か不具合かな?

「っ!」
暁が、急に息を呑んだ。
陽が暁を振り返った。
碧も、桃も。みんなの視線が集まる。

暁の足が、光っていた。
青白く。 

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