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30.終局(1)
今だわ。
みかげは、幕の陰からステージを窺った。
誰も動かない。こっちにも気づいていない。
いける!
恐怖は無かった。
手に入れたいと望み、焦がれたものが、あの天辺にある!
息を吸い込むと、きっと正面を見据えた。
出番で幕から躍り出るときと、同じ心持ちだ。
だが、今回は華麗なステップも優雅なポーズも必要ない。
ただ、全速力だ。
「みかげちゃん!」
ステージに飛び出した途端、名前を呼ばれた。
暁だ。言いなり茸は、解けたらしい。
無視だ。なにであれ、構うつもりはない。
ごとっ ごとっ
猛ダッシュする足元で、かぼちゃが跳ねる。
引きずって走るには、無理がある大きさだ。
でも、それも構わない。力尽くだ。
とっさの登場に、ステージに集まっている面々が、一斉に身構えるのが分かった。
馬鹿ね。あなた達が目当てじゃないわ。
目もくれずに走る。
目指すのは、舞台の前方だ。積み上がった椅子の行列が、ステージまで達している。
こんなの、道なんかじゃない。
椅子の固まりだわ。
あらためて目の前にすると、毒づきたくなる。
がしっ
勢いに任せて引っ掴む。
ばっ
そのまま、椅子の上に飛び乗った。
『警告します。挑戦者以外が、胡蝶の花道に立ち入ることは許されません』
すぐに、案内板が反応した。
それも無視して、がむしゃらに椅子の上を這って進む。獣の走法だ。
でも、これじゃ速度が出ない。
みかげは、むりやり立ち上った。猛然と走り出していく。
「あいつ!? 代わりに行く気かよ」
碧が、いち早く理解して叫んだ。
唖然としていた面々が、揃って息を呑む。
「馬鹿な!」
ド・ジョーが吐き捨てた。
ビーッ ビーッ
警告音が鳴り響く。
さっきまで、静寂に満ちていたというのに、劇場内は一転して大騒ぎだ。
『繰り返し警告します。花道から退去して下さい』
はなから聞く気なんてなさそうだ。
みかげは、捨て身だった。うず高い椅子の山を、危険も顧みずに駆け上がっていく。
清楚なワンピース姿なのに、お構いなしだ。
時折、手もついている。もはや、疾走するゴリラに近いフォームだ。
がたがた がたがた
客席たちが、揺れ始めた。気付いて、不満を述べるかのように。
ちがう!
ちがう!
お前ではない。
ここを通るな!
「おい! これじゃ落っこっちまうぞ!」
ド・ジョーの言う通りだった。
ただでさえ不安定な椅子の陸橋だ。
しかも、スタート時点で、フロアーからは結構な高さがあった。
その先も、天井に向かって、高度は上がる一方だ。
速い。みかげは、もう中腹まで辿り着いている。
「落ちたら、どうなるんだ?」
陽が手短に尋ねた。
くるり
マッチョ・スワンズが、四羽揃って引きつった顔を向ける。
碧が、訝しげに首を傾けた。
「待てよ。胡蝶は、生身じゃないんだろ。高いところから落ちようが、大丈夫なんじゃ?」
言いながら、警戒は解いていない。
暁の体に、エンジンがかかったままなのが分かる。
今にも掴んだ腕を振りほどいて、走り出していきそうだ。
碧は、腕を掴むのを止めて、しっかりと暁の手を握った。
気恥ずかしさを感じている場合じゃない。
マダム・チュウ+999も、自分の肩の上で、渋い表情をしている。
どうでもいいけどさ、いつ乗ってきた?
「みかげは、もう囚人よ。かぼちゃも、あんなに育ってしまってる。もう、あっちが本体でしょう。落っこちたら、割れるわ」
かぼちゃが。
フロアーに叩きつけられて、粉々に。
どのみち、囚人となり果てたみかげは、干からびて死ぬ運命だ。
終わりの形が、異なるだけだ。
そう分かっている地宮の住人ですら、そんな痛ましい光景を見たくはないのだ。
「みかげちゃんっ!」
声を振り絞って、暁が叫んだ。
みんな、なんの話をしているのか、見当もつかない。
だが、これだけは分かった。
「危ない! 戻って!」
声を出した時には、体も動いている。
それが、いつもの暁だ。碧の読み通りだった。
だが。
「っと、うわ!」
がくん
暁の足が、砕けた。一歩も動かない。
へなへなと、その場にへたり込んでしまう。
「暁!?」
碧が、驚いて声を上げた。
繋いだ手に、暁が、ぶら下がっている。
思わず、碧は手を離した。
暁の腕が、力なく床に落ちる。
「だ、大丈夫かっ?!」
碧の顔が、引きつった。
暁が走らない。
言いなり茸の後遺症か?
「ケガしたの?!」
桃も詰め寄る。
暁が走らない。
そんなのあり得ない。
目の前の二人は、顔面蒼白だ。
暁が、そのまま、ぺたんとお尻を着いて座り込んでしまったのだから、無理もない。
「へいき。疲れてる、だけ……」
暁は、何とか返事をした。
だが、疲労度はメガトン級だ。
ただ立っているときは、気が付かなかった。
腕も脚も、動かそうとした途端、勝手にぷるぷる震え出したのだ。
いったい、どれだけ踊らされていたんだろう。
「ケガはないんだな?」
陽が、急いで確認してくる。
しっかりと頷くと、顔に「よかった」と表示された。相変わらず分かりやすい。
だが、すぐに険しい目で客席側を振り返った。
陽の視線の先には、積み上がった椅子の行列がある。
暁は理解した。
「花道」って、あれのことなんだ。
がたがた! がたがた!
いまや、小山のような客席全体が、大きく揺らいでいた。
巨大な蛇が、身をくねらせているみたいだ。
不埒者を振るい落すつもりなのか。
みかげは?
いた。もう、頂上の一つ手前だ。
そこまで行ったところで、立つことすらできなくなったのだろう。
強張った顔で、揺れる椅子の背に、しがみ付いている。
ぶらぶら
足首から垂れ下がった蔓の先で、黄色い球体が揺れている。
……かぼちゃだ。
陽は、ぐっと手を握りしめた。
見える。しわしわの表皮が。
うっすらとだが、浮かんでいる。墓場に積まれた、囚人のなれの果てと同じ顔が。



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