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30.終局(2)
だめだ!
「三郎!」
巨大な白鳥が、一羽、すぐに馳せ参じる。
陽は、『3』の鞍を引っ掴んだ。
ふわり
一瞬で騎乗完了だ。
「あそこまで飛べるか?」
「今、ここからか?!」
マッチョ・スワンズきっての突撃型が、さすがに言いよどんだ。
「よし、俺が加勢する。ちみっと手荒になるぜ!」
ド・ジョーが、一秒で請け合う。
すると、
「おう! じゃあ野郎ども、全員で行くぜ!」
すかさず、リーダーが宣言した。
否やは無い。巨大なスワンズが、揃って頸をこっくりする。
「アタシも行くわ!」
マダム・チュウ+999も、鼻息荒く叫んだ。
ぴょんっ
碧の肩から、頭へと跳ね上がる。
げしっ
遠慮なく蹴り飛ばして、リーダーの頭に乗り移った。
「ちょっとお! マダム・チュウ+999!」
踏み台にされた碧が、すかさず非難する。
その声が、途中で凄まじい水音に消された。
ばっしゃあ…!
分厚い水の帯だ。
オーケストラボックスの泉から、一息に押し寄せて来たのだ。
舞台中央まで伸びると、四つに裂ける。
そして、巨大なスワンズを、それぞれすくい上げた。
碧や桃の立っている場所には、雫ひとつ掛からない。
さすがはド・ジョーだ。
「おーらよっと!」
びゃん!
掛け声と共に、四枚の水の帯が、板ゴムのように跳ね上がった。
水製カタパルトだ。
上に乗っかったスワンズが、問答無用で宙に放り出される。
「うおおおーっ!」
ばさばさばさ
雄たけびを上げて、筋肉一家は、慌てて羽ばたいた。
「いや。どこが、ちみっとだよ……」
碧が、思わず突っ込んだ。だいぶ荒っぽい。
だが、成功だ。三羽の白鳥と一羽の黒鳥は、そのまま飛んでいく。
「桃ちゃん、大丈夫だよ、陽なら」
あのくらいの荒事、ちっとも堪えないだろう。
碧は、不安げに見送る桃に頷いて見せた。
4羽のスワンズを追って、ド・ジョーの水球も吹っ飛んでいくのが見える。
ステージに残されたのは、自分と桃の二人だけだ。
はっ
二人は、同時に気付いて叫んだ。
「暁!?」
いない。
「乗ってったのか!?」
いつの間に。あんな体で?
一方。みかげは、必死に手を伸ばそうとしていた。
椅子でロデオをしているようなものだ。
なかなか、手を離すことができない。
もう少し。
あともう少しで、吊り下がっている「天頂の杯」に手が届くのに!
「みかげちゃん!」
暁の声が聞こえた。近くからだ。
え?
暴れ馬と化した椅子にしがみ付きながら、周りを見遣る。
そして、仰天した。
いつの間に?
スワンたちだ。
4羽の巨体が、この頂上に寄り集まっていた。
ばさっ ばさっ
大きな翼が、てんでに羽ばたいて、間合いを詰めて来る。
これでは、取り囲まれて巨大な団扇で仰がれているのと同じだった。
椅子が、さらにぐらぐら揺れる。
「こっち! みかげちゃん、飛び移れる?」
白鳥に跨った暁が、大声を張り上げた。
だが。
ふらっ
言うなり、自分がよろけた。
「暁! 危ない!」
同乗していたピンクネズミが、はっしとチュチュの腰を掴む。
「…ありがと、マダム・チュウ+999」
「だから無茶だって!」
暁を乗せている筋肉一郎が、振り向いて喚く。
暁は、乗っているのが精一杯という状態だ。
気付いて、何度も戻ろうと促したのだが、聞き入れるような主ではなかった。
「みかげ! 俺の手を取れるか? ゆっくりでいい、こっちに」
反対側から、陽が頂上に接近した。
筋肉三郎の鞍上だ。左手で白鳥を御しつつ、みかげに右手を伸ばしてくる。
「どうして……?」
はっきり言って、邪魔だ。
だけど、邪魔しに来たんじゃない。
みんな、私を助けようとしてくれてるのね。
でも……どうして?
あまりの驚きで、みかげの体と思考は、両方とも強制停止していた。
分からない。どうして!?
視界の端に、天頂の杯が映っている。
輪鎖で吊り下げられたカップだ。
巻き起こる風で、激しく揺さぶられている。
「あ……」
だめ。こぼれる。これでは、こぼれてしまう。
中に満たされた、勝者の蜜が!
頭が真っ白になった。
時が止まる。なんの音も聞こえない。
みかげは、両手を離した。そのまま伸ばす。
届く! 取れる!
ざああああ……っ
「なんだ?!」
近い。真上から音がする。
陽が、見上げて叫んだ。
「天井画が動いてる!」
びっしりとドームを埋め尽くした胡蝶が、一斉に蠢き出していた。
羽の色彩で描き出されていた絵は、一気に、ぐちゃぐちゃだ。
そして。次の瞬間、天井画は変わっていた。
カラフルな人の顔だ。
でも、目、鼻、口のパーツしかない。
これでは福笑いだ。
だが、それだけでも分かった。
目を吊り上げ、口を歪ませて、彼らが怒り狂っていることが。
「来るぞ!」
筋肉二郎が、皆に警告した。その途端。
ばさあっ……!!!
全ての胡蝶が、いちどきに天井から飛び立った!
暁が悲鳴を上げた。
雲のように密集した、胡蝶の群れだ。
ばさばさと上から襲来されては、たまらない。
暁は、思わず顔を庇った。
ぐらり
体に力が入らない。
落ちる!
「暁っ!」
マダム・チュウ+999が叫んだ。
でも、足場が不安定すぎる。支えきれない!
しゅわっ
そこに、『2』の首輪が急接近した。
筋肉二郎だ。
どさり
ずり落ちた暁の体が、過たず白鳥の背中に落ちる。
ピンクネズミのオマケ付きだ。
「みかげっ!」
陽の白鳥も、急降下していた。
真っ逆さまに、みかげの体が落下していく。
胡蝶の群れは、追って来ない。
追っ払った不届き者など、どうなったって構わないのだろう。
陽が、乗っているスワンに叫んだ。
「三郎! 下に回り込め!」
「無理だ、間に合わない!」
ひゅんっ
黒い影が、高速で追い越した。
筋肉四郎五郎マッスル左衛門だ。
人を乗せていない分、速い。
黒鳥の背中が、みかげを受け止めた。
だが、それも一時だった。
ずるっ
みかげの体が、下に引っ張られた。
かぼちゃだ。重しをぶら下げた人形みたいに、少女は再び落っこちていく。
叫ぼうとした陽の声が、喉元で止まった。
見開いた目に、下界が映る。
水だ。みるみるうちに、張られていく。
フロアーは、一瞬で湖と化した。
ぐんぐん水位が上がっていく。
どぼん
勢いよく、かぼちゃが落ちた。



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