カイコン(総フリガナ版)

31.業火(総フリガナ版)

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31.業火ごうか

「ほんとにやったわね」
上空(じょうくう)から、ニゴちゃんが感嘆(かんたん)した。
古今(ここん)東西(とうざい)の英雄(えいゆう)にも引(ひ)けを取(と)らない勇気(ゆうき)だ。
いや、ほとんどクソ度胸(どきょう)の類(たぐい)かしら。

シルキング縄(なわ)は、白(しろ)く強(つよ)い光(ひかり)を発(はっ)していた。
外側(そとがわ)からも見(み)て取(と)れる。
まるで、大蛇(だいじゃ)の体(からだ)に白(しろ)い糸(いと)が通(とお)されていくような有様(ありさま)だ。

その効果(こうか)なのだろうか。
ざばあっ……
ゆっくりと、川(かわ)に横(よこ)たわっていた片割(かたわ)れの体(からだ)が、浮(う)かび上(あ)がってきた。
二股(ふたまた)に分(わ)かれた胴(どう)も、水(みず)から出(で)て露(あら)わになる。

光(ひか)る糸(いと)が、そこに到着(とうちゃく)した。
「えっ? 違(ちが)うわ、和尚(おしょう)。そっちじゃない!」
ちさとが、焦(あせ)って叫(さけ)んだ。

シルキングの糸(いと)が、尾(お)の方(ほう)へと向(む)かっていくのだ。

本来(ほんらい)の作戦(さくせん)は、違(ちが)った。
もう一(ひと)つの首(くび)の方(ほう)へと進(すす)む。
そして口(くち)から出(で)て、両方(りょうほう)の頭(あたま)をまとめて縛(しば)り上(あ)げるつもりだったのだ。

「どうしたのかしら……」
シルキングの糸(いと)は、どんどん進(すす)んで行(い)く。

一方(いっぽう)、和尚(おしょう)は作戦(さくせん)どころではなかった。
正気(しょうき)を保(たも)っているのすら、難(むずか)しいくらいだったのである。

辺(あた)りが、真紅(しんく)に染(そ)まっていた。
熱(あつ)い。息苦(いきぐる)しい。
炎(ほのお)が、夜(よる)の暗闇(くらやみ)を塗(ぬ)りつぶして、四方(しほう)八方(はっぽう)から襲(おそ)い掛(か)かってくる!

ごおおお……っ
轟音(ごうおん)が、絶(た)え間(ま)なく降(ふ)り注(そそ)いでくる。
なんでだ? ここは蛇(へび)の体(からだ)ん中(なか)だろ。
見上(みあ)げると、赤(あか)い空(そら)に黒(くろ)い腹(はら)を並(なら)べて爆撃機(ばくげきき)が飛(と)んでいく。

気付(きづ)けば、たまらずに走(はし)っていた。
逃(に)げろ。

意識(いしき)のどこかで、冷静(れいせい)な自分(じぶん)が叱咤(しった)している。
しっかりしろ、和尚(おしょう)。
きっと、コインの柱(はしら)に入(はい)って倒(たお)れた人(ひと)たちも、こいつを見(み)たんだ。
これは幻影(げんえい)だ。本物(ほんもの)じゃない。

じゃあ、いったいこれは何(なん)なんだ……。

心(こころ)の中(なか)で、自分(じぶん)が答(こた)えていた。
「東京(とうきょう)大空襲(だいくうしゅう)」だ。

下町(したまち)の家並(いえな)み。赤(あか)く染(そ)まる空(そら)。降(ふ)り注(そそ)ぐ爆弾(ばくだん)。
逃(に)げ惑(まど)う人々(ひとびと)。

何人(なんにん)いる?

業火(ごうか)は、見渡(みわた)す限(かぎ)り町(まち)を焼(や)き尽(つ)くしている。
ばりばりと轟(とどろ)く爆音(ばくおん)に、悲鳴(ひめい)が掻(か)き消(け)される。

およそ千人(せんにん)くらいの犠牲(ぎせい)?
そんなわけないだろ。
お地蔵(じぞう)様(さま)の当番(とうばん)おばちゃんが言(い)ったことは、正(ただ)しかったんだ。
どうして、こんな大惨事(だいさんじ)が正確(せいかく)に伝(つた)わってないんだ?

走(はし)って走(はし)って……。ふと、自分(じぶん)が服(ふく)を着(き)ていないのに気付(きづ)いた。
真(ま)っ裸(ぱだか)で、草履(ぞうり)すら履(は)いていない。

辺(あた)りは、一面(いちめん)、焼(や)け野(の)原(はら)に変(か)わっていた。
誰(だれ)もいない。

「ゼ……ゼロちゃん?」
きょろきょろ、呼(よ)びかける。

ぽつんと、自分(じぶん)の後(うし)ろに、小(ちい)さな芋虫(いもむし)が浮(う)かんでいた。
透明(とうめい)な球体(きゅうたい)に包(つつ)まれている。大(おお)きなシャボン玉(だま)の中(なか)に入(はい)っているみたいだ。

それが、口(くち)を開(ひら)いた。
「我(われ)はゼロちゃんなどではない」
重々(おもおも)しい口調(くちょう)だ。声(こえ)は同(おな)じなのに、いつもの相棒(あいぼう)とは言葉(ことば)遣(づか)いからして違(ちが)う。

「い、いや。名前(なまえ)を付(つ)けたのは俺(おれ)だけどさ」

「我(われ)に名前(なまえ)など無(な)い。そして、我(われ)は、我(われ)一人(ひとり)だけではない。試作(しさく)の繰(く)り返(かえ)しで失(うしな)われた、何匹(なんびき)もの同胞(どうほう)の命(いのち)が集(あつ)まっている」

見(み)れば、シャボン玉(だま)の中(なか)にいる芋虫(いもむし)の姿(すがた)は、ブルブルと震(ふる)えていた。
白(しろ)い輪郭(りんかく)が、幾重(いくえ)にも重(かさ)なっている。

「犠牲(ぎせい)になった命(いのち)の寄(よ)せ集(あつ)めよ、我(われ)は。この荒魂(あらみたま)と同(おな)じなのだ。どうにかならなかったのか。悔恨(かいこん)の思(おも)いが、共鳴(きょうめい)してやまぬ……」

和尚(おしょう)は、息(いき)を呑(の)んだ。

ゼロちゃんが、探知(たんち)の性能(せいのう)だけは優(すぐ)れていた理由(りゆう)。
そして、そもそも荒魂(あらみたま)とは、何(なん)なのか。
なぜ、ネコ耳(みみ)だけが採掘(さいくつ)できるのか。

一気(いっき)に、腑(ふ)に落(お)ちた。
そして……。
「お、俺(おれ)はさ、こんな人生(じんせい)嫌(いや)だって、死(し)ぬほど思(おも)ったんだ。だから、ネコ耳(みみ)になっちまったってことか……」

果(は)たして、シルキング試作機(しさくき)は肯定(こうてい)した。
「その通(とお)り。肉体(にくたい)の枷(かせ)を、魂(たましい)が壊(こわ)してしまったのだ。それがネコ耳(みみ)だ」

芋虫(いもむし)を包(つつ)んだ玉(たま)が、虹(にじ)色(いろ)に光(ひか)り出(だ)した。
「だからこそ、ネコ耳(みみ)は魂(たましい)を呼(よ)び覚(ざ)まし、巡(めぐ)る円(えん)の始(はじ)まりへと返(かえ)すことができるのだ」

和尚(おしょう)のネコ耳(みみ)が、ピクンと揺(ゆ)れた。
勾玉(まがたま)のイヤリングも、無(な)くなっている。

「そっか。じゃあさ、俺(おれ)と一緒(いっしょ)に帰(かえ)ろうぜ。その始(はじ)まりとやらへ返(かえ)される時(とき)がくるまでさ、俺(おれ)はゼロちゃんと一緒(いっしょ)にいたいよ」

和尚(おしょう)のネコ耳(みみ)が、光(ひか)り出(だ)した。
正確(せいかく)には、耳(みみ)の中(なか)からだ。
強(つよ)い、真(ま)っ白(しろ)な光(ひかり)が、豊(ゆた)かに溢(あふ)れ出(で)てくる。

そして、真(ま)っすぐな光(ひかり)の矢(や)となって、迷(まよ)いなく伸(の)びた。
虹(にじ)色(いろ)の光(ひかり)に包(つつ)まれた芋虫(いもむし)に向(む)かって。

ぱあっっ……
光(ひかり)と光(ひかり)が出会(であ)った。

その瞬間(しゅんかん)、まばゆい閃光(せんこう)が辺(あた)りを照(て)らした。
焼野原(やけのはら)が、跡形(あとかた)も無(な)く消(き)え失(う)せる。
浮(う)かぶ芋虫(いもむし)が、一瞬(いっしゅん)で溶(と)けた。

ぶわり!
白(しろ)い糸(いと)の固(かた)まりが、和尚(おしょう)の体(からだ)を覆(おお)う。

あっという間(ま)に、和尚(おしょう)は再(ふたた)び裃(かみしも)を身(み)に付(つ)けていた。

勾玉(まがたま)カイコンもだ。
同時(どうじ)に、右(みぎ)のネコ耳(みみ)に戻(もど)っていた。

でも、こちらは明(あき)らかに以前(いぜん)と違(ちが)う。
一回(ひとまわ)り以上(いじょう)、大(おお)きくなっているではないか。
金(きん)の輝(かがや)きも、段違(だんちが)いに強(つよ)くなっている。

だが、そんなことには頓着(とんちゃく)せずに、和尚(おしょう)は満面(まんめん)の笑(え)みを浮(う)かべた。
胸元(むなもと)に浮(う)かんでいる目(め)を見(み)ただけで、分(わ)かったのだ。
いつものゼロちゃんだ。

「さあ、尾(お)まで到(とう)着(ちゃく)しましたよ、和尚(おしょう)」
なるほど。行(い)き止(ど)まりになっている。
一見(いっけん)、洞窟(どうくつ)のような空間(くうかん)だ。

「あれは……?」
どんつきに、祭壇(さいだん)が設(もう)けられていた。
何(なに)かが祀(まつ)られている。

「剣(つるぎ)か? えらく変(か)わった形(かたち)だな」
真(ま)っすぐな刀身(とうしん)の左右(さゆう)に、三本(さんぼん)づつ枝刃(えだは)が生(は)えているのだ。

「七支刀(しちしとう)、神剣(しんけん)ヤツカだそうです。ここの皆(みんな)が教(おし)えてくれました。さあ、これで脱出(だっしゅつ)しましょう」

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