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36.ナナホシテントウ(2)
……だいたいさあ、オーロラ。
俺へのお詫びなのに、なんで暁に贈るんだ?
そりゃ、俺が「大らか」だの「のんき」だのもらっても困るけど…。
だって。私、碧と遊ぶのも好きだけど。
暁のほうが大好きなんですもの!
……遠慮なく断言しやがった。
二歳児と同じくらい、純粋なお返事だ。
あー。つまり、プレゼントを贈るなら、好きな方にしたかったと。
ええ。その通りなんだけど……。
でも、それだけじゃないの。
実はね、碧。私は心配なのです。
ぷんっ……
オーロラが、暁の唇から飛び立った。
今度の軌道は長い。
輝くナナホシテントウは、二人の体を囲むように、大きく周回し出した。
あなたと暁は、私の地宮に客人として訪れました。四度もです。
現実の世界から、生きている人間が地宮に迷い込むのは、稀なこと。
だからこそ、ひとたび客人になった者は、その後も地宮という場所に引き寄せられやすくなるのです。
滞在が長ければ、長いほど。
訪れた回数が多ければ、多いほど。
強い磁力に晒されて、その身も磁力を帯びるのと同じ理で。
この世界には、無数に地宮が存在する。
そして、そのどれもが、決まった帰り道がない迷宮。
碧、あなたも暁も、同じリスクをその身に備えてしまった。
でもね、もしも碧が危険な目に合ったなら、きっと暁が助けてくれるでしょう。
だから、私は暁に授けます。
私の5つの美徳を。
そして、最後に、もうひとつ。
くるっ
暁に近づいたナナホシテントウが、背面飛行に切り替えた。
その恰好で、いきなり止まる。
またもや不自然な動きだ。
ぽたり
ひときわ美しい薄紫色の斑点から、同じ色の雫が滴り落ちた。
美しい。キラキラと輝いている。
宝石を削り取って、液体に変えたかのようだ。
今度、投下されたのは、唇じゃなかった。
暁の頭を飾る、黄金のティアラにだ。
たった一滴。
だが、もたらした効果は、絶大だった。
ぐにゃり
高貴な姫君の冠が、粘土細工みたいに歪んだ。
みるみるうちに、ティアラは溶けていく。
黄金のスライムだ。それも、すぐさま金色に輝く液体へと変わった。
そして、暁の頭の天辺から、ぐんぐん、黒髪へと吸い込まれていく。
ふわり
舞台メイクでガチガチに固められていたショートヘアーが、ほどけた。
そして、伸びていく。長く、長く……。
宙に棚引くほどに。
ああ、なんていい香りだろう。
一面に咲き乱れてる、お花畑にいるみたいだ。
オーロラ、これはなに?
「リラの精の加護」を授けました。
暁、聞こえていますね。
碧を守ろうとして、自らの命が危うくなったとき。
この古からの力が、あなたを助けることでしょう。
碧も、おぼえていてね。
お姫様の眠りを覚ます方法は、昔から変わらないのよ。
黒髪に縁どられた暁の顔は、安らかだった。
瞼は閉じられたまま、ぴくりともしない。
本当に、まるっきり「眠りの森の美女」だ。
ロングヘアーの暁か。
保育園で劇をやったとき以来だな。
えーと。夢だよな、これ。
ナナホシテントウが、くすくす笑った。
じゃあね、碧。
私が授けるのは、これで全部。
5つの美徳に、1つの加護です。
ん? 待って、オーロラ。
5+1は、6だろ。
7つ斑点があるじゃないか。残り1つは?
宙に浮かぶテントウムシもどきの姿が、はっきりと見える。
白金の体に散らばる、色とりどりの斑点。
赤、水色、緑、ピンク、黄色。
そして、ひときわ美しい、薄紫の貴石。
ああ、分かった。
まだなのは、これだ。
左右の羽に跨った、真ん中の斑点だ。
これだけは、半円づつで色が分かれていた。
左半分は、青。
右半分は、白。
ああ、ここは「準」です。
美徳ではありません。
誰もが備えています。
自分の目で見たものを測る巻き尺であり。
自分の心に感じたことを量る天秤です。
でもね。これは簡単に狂ってしまう。
周りは傾きます。その時々で、色んな方向に。
常に、自分の心に澄んだ水面を張り、水平の線を確かめて進むのです。
そうすれば、大丈夫。狂うことはありません。
オーロラの声が、どんどん遠くなっていく。
その代わりに、浮き出ていた自分の意識が、体に戻っていくのを感じた。
クリアだった視界も、ぼやけていく。
眼鏡なんて、とうの昔に吹っ飛んでいたらしい。
ごきげんよう、碧、暁。
ほら、出口ですよ!
その瞬間。
岩をくり抜いた長いトンネルは、終わっていた。
すぽん
そんな音がした気がした。
チューブ式の滑り台から飛び出した気分だ。
いきなり眼下に広がった光景に、碧は息を呑んだ。
地底湖だ。
澄んだ水面が、大きな楕円を形作っている。
嘆きの湖だ!
その上空に、ばら撒かれたのだ。
なんの防護もなく、体ひとつで。
暁は、先に落ちていく。気を失ったままだ。
だめかもしれない。
生まれて初めて、死を意識した。
恐怖が、碧の意識も奪っていく……。
湖面は、煌々と光っていた。
左半分は、青く光り。
右半分は、白く輝く。
二つ浮き出た白い島は、さながら両眼だった。
そして、もう一つ。三日月形の浮島の方は、赤く光っていた。
まるで、ピエロの唇のように。
ざあああぁ……
大きな水音が、嘆きの湖に響いていた。
唇の周りの水面が、大きく、ぼっこりと窪んでいる。
滝だ。
島を、ぐるりと取り囲んでいる。
湖水が、勢いよく流れ落ちているのだ。
ざんっ!!
暁が、その窪みに放り込まれた。
続けて、碧の体も落下していく。
地底湖の、さらに下へ。
瀑布に囲まれた、道を通って。
ばっしゃーん!
続けて、凄まじい水音が響いた。
同時に、二つ。上空から、大きな欠片が降ってきたのだ。
水面に落ち、そのまま湖底を突き破る。
これで、パズルのピースが揃った。
窪みは、長方形になったのだ。
ガルニエ宮の劇場から抜けた床が。
7枚の鏡が立つ、唇の、三日月形を残して。
ざあああぁ……
栓が抜けた湖の水は、勢いよく減っていった。



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