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4.電子案内板(1)
【西児童館・西学童クラブ】
扉には、プレートが下がっていた。
以前は、扉なんて無かった。
下駄箱の並んだ入り口から、すぐに児童館内部に入れるようになっていたのだ。
でも、それじゃあ、不審者だってフリーパスである。
おそらく、リニューアル工事をするに当たって、セキュリティ対策を講じたに違いない。
「これ、どうやって入るのかな?」
暁は、言うと同時に、扉の取っ手を握った。
碧が止める間もなく、レバーを引き下ろす。
ガン!
何かに遮られる音がした。
開かない。
「無駄だよ、暁。暗証番号が要るんだと思う」
レバーハンドルの下には、電卓みたいな数字ボタンが並んでいた。
「え? 碧、その番号、知ってる?」
聞かれた碧が、静かに首を振った。
小学3年生で、二人とも学童クラブをやめているのだ。
自分達は、もう部外者である。
「システムが変わったことすら、知らなかったよ」
「そっか……」
困った。
「変わってないのは、こいつだけだ」
碧が、扉の左端を指さした。
マグネットフックが貼り付いている。
そこに、白い猫の縫いぐるみが、紐で吊り下げてあった。
「しろさん! ここに飾ってるんだね」
暁の曇った顔が、ちょっと明るくなった。
懐かしい。久しぶりのご対面である。
暁と碧が通っていた頃には、児童館のスタッフルーム入り口にぶら下がっていた。
新たな持ち場は、児童館入口扉というわけだ。
しろさん。
名前の通り、ふわふわの綿菓子みたいな毛の猫だ。
頭には金色のティアラを被り、衣裳は白いレースのチュチュ。
バレリーナなのだ。
ぱちん、とウインクしている。
ようこ先生の手作りだ。
どっしりと厳めしい扉に、ぽつんと可愛らしい縫いぐるみ。
なんだか、ミスマッチだ。
「催し物があるならさ、ドアも開いてるもんじゃないか? 今日、ほんとにやるの?」
「うん。5時からって出てたよ」
「どこに?」
「一階の大きな画面」
うーん。それをまず確認だな。
一階の受付まで聞きに行くか。
碧は、そこで、はたと気付いた。
そうか。そんなこと、もうしなくていいんだ。
「暁、あれだ。あれで調べてみよう」
廊下の突き当りを指さす。
「え? なにあれ?」
暁が、首を傾げた。
これまた、以前には無かった物が、そこにあった。
碧が、得意気に答えた。
「電子案内板」
「ああ、そっか! デジタルサイネージ!」
暁は、さっさと近づいた。
大きな薄型テレビみたいだ。
壁際に、ぴったりと置かれている。
碧も、暁の横に立った。
二人は、ほぼ同じ背丈だ。
この画面は、それより頭一つぶん高い。
横幅も、並んだ二人より広かった。
鏡だったら、余裕で二人の全身を映すことだろう。
ポーン
軽やかな起動音が、廊下に響いた。
センサーが、利用客の存在を感知したのだ。
画面に、ピンク色の額縁が浮き出て来た。
桜の花びらが重なったデザインだ。
真っ黒に眠っていた画面が、息を吹き返したのである。
オープニングらしい。軽快な音楽と共に、桜の額縁の中に、画像が出現し始めた。
1階、2階、3階……。
各フロアーの見取り図だ。
ワンブロックごとに現れる。
積み木みたいに、どんどん積み重なっていくと、8階建てになった。
西センターの完成形だ。
よちよち
キツネのキャラクターが、横から二足歩行で現れた。
区の地域に伝わる落語から、ゆるキャラ化したのだろう。
建物の横に立つと、ぴょこんとお辞儀をする。
すると、すぐに小さく縮んでいった。
顔だけになって、画面の右下に残る。
なるほど。キツネのお面だ。
その口が、動いた。
『館内のご案内を致します。ご希望の階をタッチして下さい』
しゃべるお面が、続ける。
『音声によるご案内も可能です。画面に向かって、カモン サイネージと言って下さい』
なんだ、それ。
暁と碧は、思わず顔を見合わせた。
聞いたことがないボイスコマンドである。
まるで呪文だ。
暁の目が、すぐに楽しそうに輝き出した。
やるよね、もちろん。
碧の目が、にやりと応じる。
幼馴染同士は、話が早い。
二人は、声を合わせた。
「カモン サイネージ!」
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