ダンジョンズA 〔3〕嘆きの湖 (なげきのみずうみ)

4.グランフェッテ・アン・トゥールナン(2)

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4.グランフェッテ・アン・トゥールナン(2)

乗客(じょうきゃく)がいた。
この世界(せかい)では(ぜっ)(たい)存在(そんざい)しない、非常識(ひじょうしき)(めん)(めん)である。

ペラペラの、セピア(いろ)人間(にんげん)
(うす)ピンク(いろ)のネズミ(人間(にんげん)(だい))。
のっぺらぼうのバレリーナは、奥側(おくがわ)(かべ)()いた(かがみ)(なか)で、ふよふよ()いている。

しばらく、双方(そうほう)()(ごん)()つめ()った。

「どうぞ、(した)(まい)ります」
ペラペラ人間(にんげん)(うなが)した。
エレベーター(じょう)のように、(かい)ボタンを()したまま()っている。

「あ、いや、()りません」
(あおい)が、あっさりと(くび)()った。
さすがに(さん)()()ともなると、冷静(れいせい)だ。
さっと、弾丸娘(だんがんむすめ)(えり)()(つか)む。
これで防御(ぼうぎょ)(かん)(ぺき)だ。

「……(あおい)
(ねこ)()みたいに()ままれた(あかつき)が、()(うった)えた。
自分(じぶん)(あし)()ている。
こっちも()えていた。青白(あおじろ)(ひかり)が、あとかたもなく。

(よう)が、ずいっと(まえ)(すす)()た。
「おい、(あおい)。いかのおすしだぞ」

いかのおすし。
防犯(ぼうはん)教育(きょういく)標語(ひょうご)である。
()らない(ひと)には、ついていか(イカ)ない。
()らない(ひと)の車に、()(ノ)らない。

(あおい)は、しっかりと(うなず)いた。
もちろん()っている。
この場合(ばあい)準用(じゅんよう)すべきだろう。

「ピンク(いろ)のネズミには、ついていきません」
(あおい)は、断固(だんこ)たる(けつ)()()めて()(はな)った。
「エレベーターにも、()りません」

(もも)が、あっけにとられた(かお)をした。
(あおい)、どうしちゃったんだろう?
エレベーターは、(から)っぽだ。
なに? ピンク(いろ)のネズミって?
(にい)ちゃんも(へん)だ。
もっともだ、と(かお)()いてある。

だが、(よう)(たち)()には、(ひさ)しぶりに()うオネエネズミの姿(すがた)(うつ)っていた。
()は、マダム・チュウ(プラス)(スリー)(ナイ)()
普段(ふだん)はネズミサイズの(はず)だが、今日(きょう)(すで)(おお)きい。
(わき)体内(たいない)ポケットに、(なん)(かさ)()るものを()れているのだろう。
()れたら()びる、冗談(じょうだん)みたいな(からだ)なのだ。

でーん
入口(いりぐち)()(なか)(ふさ)いだ(きょ)(だい)ピンクネズミは、嫣然(えんぜん)(わら)いかけた。
ウインク()きだ。
ばっち~んと、バサバサの(ほうき)(おと)()てる。

必殺(ひっさつ)オネエ攻撃(こうげき)に、(あおい)(ふる)えあがった。
だが、勇者(ゆうしゃ)存在(そんざい)する。至近(しきん)距離(きょり)(しゅう)()(おく)られたにも(かか)わらず、(よう)(どう)じなかった。

「ごめんね、マダム・チュウ+999。(おれ)たちは()かないよ」
(やさ)しい声音(こわね)だ。
どんな相手(あいて)であろうとも、(よう)()()(だか)()()うことはない。

しかし、紳士的(しんしてき)(たい)(おう)裏目(うらめ)()ることもある。
この場合(ばあい)、「いかのおすし」の「おすし」も実行(じっこう)するべきだったのだ。

大声(おおごえ)をあげる(オ)
すぐ()げる(ス)
(だれ)かに()らせる(シ)
そう、この(とお)りに。

エレベーターホールにいる(ほか)人々(ひとびと)は、平穏(へいおん)そのものだった。
(もも)同様(どうよう)()えていないのだ。
それでも、()どもが(さけ)んで()()したとしたら、(たす)けてくれただろう。

「あらん、そう。残念(ざんねん)だわあ~。じゃ、()きましょ、みかげ」
野太(のぶと)(おとこ)(こえ)で、ピンクネズミは(しゃべ)った。
(かる)口調(くちょう)だ。全然(ぜんぜん)(ざん)(ねん)そうに()こえない。

ペラペラ人間(にんげん)(かお)に、苛立(いらだ)ちが()かんだ。
セピア(いろ)のインクで()いたみたいな(かお)が、憎々(にくにく)()(ゆが)む。

すると、背後(はいご)(かがみ)で、変化(へんか)(しょう)じた。
()(くろ)()りつぶされた鏡面(きょうめん)(なか)で、バレリーナが(うご)()したのだ。
(はじ)めてだ。いつも、ふよふよ棒立(ぼうだ)ちしているばかりだったのに。

本日(ほんじつ)の「のっぺらぼう」は、純白(じゅんぱく)のクラシックチュチュに、ピンク(いろ)のポアント。
(あたま)に、ふわふわした(はね)(かざ)りも()いている。
白鳥(はくちょう)(よそお)いだ。

(かがみ)(なか)舞姫(まいひめ)は、優雅(ゆうが)(りょう)(うで)()ばした。
それから、自分(じぶん)(ほう)(まね)()せる仕草(しぐさ)をする。
これは(おど)りじゃない。マイムだ。

『こっちに、』
(おんな)()(こえ)が、(ひび)いてきた。
鏡面(きょうめん)からだ。

もう一度(いちど)(かがみ)(なか)のバレリーナが、手招(てまね)くマイムをした。
(こえ)が、()(かえ)す。
『こっちに、()て』

「こっちに、()て」
あまりの(おどろ)きに、(あおい)(いき)()まった。
ちがう。みかげだ。(しゃべ)っているのは!

(たし)かに()た。
音声(おんせい)同時(どうじ)に、セピア(いろ)(くち)(うご)いていた。
それに、(こえ)
そうだよ。これは、みかげの(こえ)じゃないか。

(あおい)。あの、のっぺらぼうは、」
(よう)も、同時(どうじ)気付(きづ)いたらしい。
「うん。みかげなんだ」
(あおい)(こた)える。

「みかげ、ちゃん?」
(あかつき)が、()見開(みひら)いた。
()われて気付(きづ)いた様子(ようす)だ。

(あかつき)、こっちに、()て」
(あかつき)、こっちに、()て』

「おい、絶対(ぜったい)()くなよ!」
(あおい)が、(うし)ろから(あかつき)()()いた。
()じらっている場合(ばあい)じゃない。
(ふく)(えり)(つか)むより、確実(かくじつ)(こう)(そく)する方法(ほうほう)()えたのだ。

(いま)までの()()いから、いやってほど(おも)()らされている。
(あかつき)本気(ほんき)確実(かくじつ)(おさ)えたかったら、実力(じつりょく)行使(こうし)しかない。

ところが。(おも)わぬところから、(ちい)さな(こえ)()がった。
「あたし、(さき)に行くね」

(もも)ちゃん?!」
しまった! (もも)はノーマークだ!

()て! (もも)()るな!」
「お(にい)ちゃん、(おお)きな(こえ)()さないでよ。()ずかしい」
ぺしっ
(もも)は、(あに)()(はら)いのけた。

いい加減(かげん)にしてよ。
さっきから、(なに)をふざけてるんだろう。
自分(じぶん)だけ()(もの)にして。

(あかつき)も、おかしい。
いつも年下(としした)自分(じぶん)(やさ)しくて、仲間(なかま)(はず)れなんて絶対(ぜったい)にしないのに。
どうして、お(にい)ちゃんと(あおい)()めようとしないの?

(おこ)るより、()きそうだった。
(もも)は、(きょ)()かれた(あに)(ほう)()して、さっさとエレベーターに()()んだ。
(まっ)正面(しょうめん)からだ。そこには、ピンクの巨大(きょだい)ネズミが()っている。

すっ
(もも)(からだ)が、マダム・チュウ(プラス)(スリー)(ナイ)()(とお)()けた。

「えっ?」
(あおい)愕然(がくぜん)とした。
ちょっと()て。
今日(きょう)のピンクネズミは、立体(りったい)映像(えいぞう)なのか?

(もも)!」
(いっ)(はく)()いて、(よう)()(すが)った。
すると。

ぼよん!
まともに(はじ)()ばされた。
(ふく)らんだ巨大(きょだい)風船(ふうせん)に、()(こう)から()()んだ格好(かっこう)だ。

「うわ!」
(よう)()()んだ(さき)に、(あかつき)(あおい)がいた。
(ささ)()れるわけがない。
よろめいた(あおい)(うで)(かせ)が、(はず)れた。

(もも)ちゃん!」
()(はな)たれた(あかつき)が、すぐさまエレベーターに()()んでいく。

まさに弾丸(だんがん)だ。入口(いりぐち)(ふさ)いだ巨体(きょたい)の、わずかな隙間(すきま)から(すべ)()んだ。
障害物(しょうがいぶつ)競走(きょうそう)()かう(ところ)(てき)なしの、(あかつき)ならでこそである。

(よう)も、(おと)らず(はん)(のう)(はや)い。(つづ)いて(あと)()った。
「ごめん」
(ことわ)ってから、巨大(きょだい)なネズミの(からだ)()す。
退()かした(ところ)から、()()んだ。
あっぱれなジェントルマンだ。
マダム・チュウ+999の()が、ハート(がた)(きら)めいてしまう。

(もも)(あかつき)(いま)すぐ()りろ!」
(よう)が、二人(ふたり)(うで)(つか)んで(さけ)んだ。
そして、ふっと(よこ)()て、仰天(ぎょうてん)した。

(あおい)~! なんでお(まえ)まで()ってるんだ」
「だって、みんなが()っちゃうから!」
こんな(とき)まで、(ゆた)かな(きょう)調(ちょう)(せい)発揮(はっき)しなくてもよろしい。

「とにかく、みんな()りるんだ」
「どうして? お(にい)ちゃん」
(もも)ちゃん、(よう)じゃなくて(おれ)(あと)説明(せつめい)するから」
「ごめん、()りまーす。どいて~」

エレベーターの籠内(かごない)は、大混乱(だいこんらん)だ。
はっきり()って、マダム・チュウ+999が邪魔(じゃま)だった。
(ふく)れた(からだ)が、()(ぐち)(ふた)をしている状態(じょうたい)である。
「あらん、()って頂戴(ちょうだい)。こっちに退()けばいいのかしらん。いえ、こっち?」

(すべ)無視(むし)して、みかげがペラペラな()で「(へい)」ボタンを()した。

ポーン
(おと)()てて、エレベーターの(とびら)()まった。

万事(ばんじ)(きゅう)す。

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