ダンジョンズA〔1〕ガルニエ宮(裏メニュー)

5.ガルニエ宮(1)裏メニュー

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5.ガルニエ宮(1)

がしっ
(あおい)は、追いつくなり、(あかつき)の手を掴んだ。
「もー。待って、暁! すぐに飛び込んでいかない! 危ないかもしれないだろ」

この幼馴染の勢いを止めるには、まず実力行使だ。
口ではダメである。
言っている間に、声の届かない遥か彼方に走り去ってしまうからだ。

暁の通信簿の所見欄は、小学1年から5年の今に至るまで、見事に代わり映えしない。
幼馴染の碧は、よく知っている。
担任の先生によって、異なるオブラートに包まれてはいるが、中身はいつも同じだ。

とても元気が良いです。
ですが、もう少し後のことを考えて行動しましょう。

「わかった!」
暁は、元気よくお返事した。

「いや、絶対に分かってないだろ」
碧は、静かに溜息をついた。
この会話、何度繰り返してきたと思ってる。

学校の先生だけではない。
母親、塾の先生、などなど。
実に色々な人から、同じことを言われ慣れているのだ。
おかげで、こいつは、お小言が脳に達する前に、脊髄反射でお返事する境地に達している。

碧によって強制停止させられた暁は、ようやく周りを見渡した。
首を傾げる。
「ねえ、碧。ここ、なにかな」
にこにこ尋ねる。全く悪びれていない。

碧の目には、諦めの境地ってやつが見えた。
あと一歩くらいで到達する距離だ。

「そうだな。児童館、には見えないよな」
嫌味と諦めをたっぷり詰めて、碧は返答した。

だが、暁には全く通じない。
「なんか、体育館のステージの、端っこの所みたいだよね」
前後左右に、うろちょろしながら言う。
お見通しの碧は、暁の手を握ったまま、離さなかった。
まるでヒモを握られた散歩中の犬、さながらだ。

やれやれ。
二度目の溜息をついて、碧は改めて辺りを見渡した。

確かに、暁の言う通りだ。
体育館ステージの脇、いわゆる舞台(ぶたい)(そで)のようである。

ちょっと先に、どっしりした布地の幕が垂れ下がっていた。
一枚だけじゃない。
間隔を空けて、ずらずらと並んでいる。
おかげで、布の壁で仕切られた細い道が、いくつも出来上がっていた。

通り抜けた先に見えるのは、ステージだ。
かなり広そうだな。向こう側が、遠い。

そして、この舞台袖も、ゆったりとしている。
自分達の周りには、あちこちに、劇の大道具らしきものが置かれていた。

学芸会の時と、同じ光景だ。
でも、変だ。
どう見ても、児童館の小学生が作ったものじゃない。
完全にプロ仕様だ。

「……おかしくないか?」
碧の目が、掛けている眼鏡ごと光った。
「広すぎる。西センターの敷地面積からしても、あり得ない。変だよ」
そこまで言って、碧は、はっと気づいた。

扉がある!
木枠にドアだけが付いた、舞台用のセットだ。

碧は、思わず暁の手を放して、近づいた。

がっしり作られているが、ドアの板は木目のままだ。
ありきたりな丸いドアノブが付いている。
ずいぶん雑な作りだな。

碧は、反対側に回り込んだ。
あ、なんだ。こっちが表なのか。
片面だけが、綺麗にペイントされていたのだ。
こっちは、ドアノブも豪華だ。
陶の白地に、金色の彩色が施されている、丸いノブ……。

同じだ。
しろさんが化けたやつだ。

それに、この扉の位置。
走る暁を追いかけて、捕まえるまでの距離は、たぶん、このくらいだった。

碧は確信した。
間違いない。
俺達は、このドアから来たんだ……。

じゃあ、このドアを開けたら?
その先って、どうなってるんだ?

ごくり
「やばかったら、速攻で閉めればいい」
自分に言い聞かせた。
まずは、見てみるだけだ。
それなら危険はない……筈だ。
碧は、ゆっくりと白いドアノブに手を掛けた。

そうっと回して、手前に引いた。
開かない。
あ、逆か。このドア、内開きなんだ。
奥に押す。

キイィ
舞台道具の扉は、きしんだ音を立てて、ゆっくり開いた。

「あれ?」
碧の口から、間抜けな声が出た。
開いたドアと木枠が、ただそこに立っていた。
向こう側が、普通に見える。
碧も、呆然と立ち尽くした。

一方。
碧の手が外れた暁は、野放しである。
大人しく、碧を待っている玉ではない。
興味が惹かれる物に近づいては、どんどん離れていた。

木の床を踏んで、サンダルがキュッキュッと音を立てる。
古びてはいるが、ぴかぴかに磨き抜かれていた。
土足じゃ悪いくらいだ。
あっという間にステージに出た。

「うっわあ、広ーい」
体育館のステージとは、桁が違う。
側転でもバク転でも、何でもできそうだ。

舞台の上で、暁は一人、きょろきょろした。
ここにも、誰もいないや。
しーん、としている。

「あ! あれ、なんだろ?」
言葉に出しながら、もう、とっとと近づいている。
暁の辞書に、躊躇(ちゅうちょ)とか逡巡(しゅんじゅん)とかいう文字は無いのだ。

ステージの中央に、何枚もの板が立っていた。
なにかの舞台セットなのかな。
弧を描くように、並べられている。

暁は、近づくと、ぐるりと前に回ってみた。
広い面に、ひょっこりと自分が映る。
「ああ! 鏡だったのかあ」

興味津々で眺めている暁が、全ての鏡面に映りこんだ。
スポーツバッグを肩掛けした、サンダル履きの少女だ。
Tシャツとデニムのショートパンツから、すんなりとした手足が覗いている。
ぴょんぴょん跳ねているショートヘア。
生き生きとした表情の、整った顔立ち。

その口が、動いた。
「1、2、3、」
並んだ鏡を数えているのだ。
「4、5、6、7」
7枚だ。

鏡の中の7人の暁も、同じ所作をした。
本物の暁が、鏡の中の暁に取り囲まれたような眺めだ。

おもしろい。
暁は、前に進んでみた。
両端の鏡には、自分が映らなくなる。

また進む。
さらに二人欠けた。

暁の歩みに従って、鏡像は順繰りにフレームアウトしていく。
最後は、真ん中の鏡だけになった。

「っ!」
急に、暁は口を押えた。

いつの間に?
全然、気が付かなかった。
間近に映っている姿は……。
自分じゃなかったのだ。
これって……。

今、自分の目は驚きで見開かれているだろう。
だが、それを確かめる術はなかった。

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