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5.病室(1)
どうして、目を覚まさないのかしら。
病室のベッドで、こんこんと眠り続ける娘を見るたび、そう思ってしまう。
何度も。そう、何度も。
点滴が、ぶら下がっている。
栄養補給が主な目的だと分かっていても、母親としては耐え難い。娘のこんな姿を前にするのは。
どこも悪いところは無い。
ただ、眠っているような状態だ。
この病院の医師も、医者である自分の夫も、口を揃えてそう言った。
あらためて、むくむくと苛立ちが湧いてくる。
実際、夫には食って掛かった。
だったら、なんで起きないのよ、と。
みかげが帰宅しなかった、あの日。
夕方に「変ね」と思い、夕食時に「どうしたのかしら」と首を傾げていたが、夜の九時頃になると、はっきりと焦りを抱いた。
おかしい。
西センターの図書館に出掛けただけの筈だ。
あそこは、夜の八時までなのに。
いくらなんでも、遅すぎる。
友達と遊んでいるのかしら?
自分で考えて、即座に否定した。
近所に友達なんていない。学校の友達は、みんな、この地域外だ。
しかも、不登校になった以降は、付き合いが途絶えている様子だった。
連絡なら、何度も試みていた。ここに至っても、梨の礫だ。
考えているだけでは、どうしようもない。
たまりかねて、夜の中を西センターに出向いてみた。
館内は、真っ暗だった。やっぱり、とうに閉まっている。
建物の周りをうろうろすると、裏口と思しきドアがあった。
インターフォンが付いている。
押して、きちんと名乗り、事情を説明すると、警備員が一人出てきた。
尋ねると、やはりもう閉館しているので、誰もいないと言う。
「この娘なんですけど、見ませんでしたか?」
「いやぁ、特に見覚えはないです。子どもさんは、沢山来るからねえ。よっぽど何かやらかした子なら、覚えちゃうけど」
みかげの姿を見せてみたが、そんな返事だ。
警備員は、人の好さそうな顔を顰めた。
「ご心配ですねえ。ご連絡先をお伺いしておいても差し支えないですか? 何かあったら、お電話致します」
仏のような外観に違わない、仏のような対応だ。その時は、感謝の念を抱いた。
だが、今となっては、腹立ちまぎれにこう思ってしまう。
あのとき、ちゃんと調べてくれたら、よかったのに。
結局、その時も、そして開館している間も、みかげはずうっと西センターの中にいたのだから。
家に戻ると、会合から帰宅していた夫がいた。
どうしたんだ? という問いかけに、不在を責められた気がして、一気に事情をまくしたてた。
何かあってからでは遅い。
そう判断した夫が警察に届け出たことで、西センター内も隈なく調べられることになった。
そして、休日診療所の待合室で倒れているみかげが発見されたのだ。
どうして、そんなところで?
どうやって入ったの?
そして、何があったの?
疑問だらけだ。
ただ、侵入した方法だけは判明した。
みかげのトートバッグの中に、コピーされた合鍵があったのだ。
愕然とした表情で、夫が警察の報告を聞いていたのを思い出す。
その後、医師会で問題になったらしいが、理事の椅子が遠のいたと愚痴られても、それどころではなかった。
みかげがこのまま意識を取り戻さなかったら。どうするの?
どうなるの?
大丈夫だよ。
何度も繰り返された。
同じような症例はないか、大学にも問合せている。
学会で懇意にしている先生に、この方面に詳しい方を紹介してもらうよ。
とにかく、自分でも調べてみるし、主治医も付いている。
命にかかわることは、絶対に無いんだよ。
コネ総動員だ。おそらく、一番恵まれている、原因不明の患者だろう。
なのに、不安が募るばかりだ。
あれから、もう一週間も経つ。
何も進展はない。みかげは、一度も目を覚ますことはなかった。
夫は、内心では焦っているのかもしれない。
だが、それが医者というものなのか。プライドもあるのか。妻にそうと気取られるような様子は、一切なかった。
自分といえば、眠ったままの娘を、毎日、眺めていただけだ。



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