ダンジョンズA〔4〕花束の宴(裏メニュー)

7.幕の筒(2)裏メニュー

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7.幕の筒(2)

「あと、どのくらい、かかるの、マダム・チュウ、+999?」
えっほ えっほ
駆けているリズムに合わせて、碧がなんとか問いかけた。

取り巻く光景が変わらないので、距離が全くつかめない。

「もう少しよ。頑張って、みんな!」
果てしなく明るく、マダム・チュウ+999が励ました。

野太い野郎の声で、乙女なエールを送られる。
背骨が、ぐんにゃりするような気分に陥る。
だが、陽だけはダメージゼロだ。

だしぬけだった。
それまで、どんなに走ろうとも、幕は一定の間隔を保って、周りに吊り下がっていた。
自分達と同じスピードで、筒が一緒に動いていたのだ。
それが、いきなり止まった。

「うわっ」
陽が、まともに布地に突っ込んだ。
ばさばさっ
赤い幕が、顔を撫でていく。視界が、しばらく赤一色で埋め尽くされた。

連結している碧も、桃も。陽が止まらなければ、一緒に突っ込むしかない。
「わっ」
「きゃっ」
テンポよく、悲鳴が続く。

三人は、幕から飛び出していた。
「着いたわよ~。お疲れさま~」
マダム・チュウ+999が、呑気な口調で(ねぎら)う。
ピンクの体が、幕の合わせ目から、ちょろちょろと這い出てきた。

いや、違う。
舞台の幕ではなくなっていた。

深紅の生地に、金の縁取り。同じデザインだが、丈が短い。
これはカーテンだ。
部屋の天井から、半円を描いてブースを仕切るように下がっている。

自分達は、そこから出てきたのだ。

同じようなカーテンブースが、ゆったりと間隔を取って、ずらりと並んでいた。
すごい数だ。いくつ、あるんだろう。

「試着コーナー、なのかな?」
「そうだなあ」
碧に、陽が同意する。

ただし、閉まっているのは一つだけ。
他はどれも、カーテンが全て両脇に寄せられていた。
空いています、と一目で分かるように。

桃も、目を丸くしていた。
「お洋服売り場みたい」

試着ブースの反対側には、天井から床まで、びっちりと洋服が下げられている。
しかも、きっと、とびきりのフォーマルウエアばかりだ。

靴もある。装飾品が(しま)われた棚もあった。

とにかく、めかしこむのに必要な物一式が、この細長い部屋に(ひし)めいている模様だ。

「花束の宴に行くんですもの、ちゃんとした格好をしなくっちゃね」
マダム・チュウ+999は、四つ足でカーテンを伝ってカーペットに着地した。

人間みたいに立ち上がって、三人の姿を改めて眺める。

陽、碧、桃。
みごとに全員、ひどい有様だ。
濡れ鼠なのに加えて、ここまでの行軍のせいで、髪もぐちゃぐちゃだ。

「うふふふふふふ……」
いきなり変な笑い方をする、オネエなネズミ。

碧と桃が、助けを求めるように陽を見た。
怖い。
目の前の小さな体が、ピンク色の炎を燃え上がらせているように見える。

「えっと、どうしたの、マダムチ」
「燃えてきたわあ!」
陽の問いかけを遮って、マダム・チュウ+999は吼えた。
ネズミじゃない。猛虎だ。

「はい! 陽はそこ! 碧は隣! 桃ちゃんはこっちね」
有無を言わせない迫力で、三人をそれぞれ試着室に追いやる。

シャーッ シャーッ
自動かと思う勢いで、両脇からカーテンが閉められた。あっという間に小部屋だ。

完全に呑まれていた碧が、ようやく態勢を立て直した。
「ちょっと、マダム・チュウ+999、なに?」

ピンクネズミが、碧の試着室に飛び込んで来た。
「まず服を脱いで、体と頭を拭いて頂戴。そこの引き出しに、タオルが入ってるから。すぐに着替えを用意するわね。あんまり動きにくいのも困るから、ホワイトタイじゃなくて、ブラックタイでいいわね」

言葉も仕草も、三倍速だ。
聞き取るだけで精一杯だった。最後の方は、なんのことやら分からない。

「いいわねって言われても、何のことだか全然分かんないよ。ホワイトタイって?」

「ま、堅苦しい正装じゃなくていいでしょ。略装で充分ねって意味よ」
それならば了解だし、賛成だ。碧は大人しく頷いた。

次の瞬間には、マダム・チュウ+999の姿は消えていた。

碧の試着室から、陽、そして桃のところへと。
服や小物をチョイスしては、運び込んでいく。
目にも留まらぬ速さだ。
「ピンクの彗星(すいせい)」を名乗ってもよいだろう。

湿った服を脱ぎかけて、碧は慌てて左手首を確かめた。
すっかり忘れてた! ブレスレットは?

ざあっ
一気に、血の気が引いた。

それも一瞬のことだった。すぐに、ほーっと深い溜息をつく。

青い玉の輪は、いつも通り手首に嵌まっていた。
大丈夫だ。失くしていない。

西センターの噴水から、この世界に引きずり込まれたとき。
衝撃で眼鏡はすっ飛んだが、これはすっぽ抜けないで済んでいた。

お守りなんだから、丈夫じゃないとね。

父がそう言っていた通り、付いている金具はしっかりとしている。
長さを調節できるアジャスター付きだ。
碧は、それをいつもジャストサイズにして嵌めている。それもよかったのだろう。

この先も、何があるか分からないな……。
わざと緩めて嵌めて、シャツの袖の中に入れておくか。

そう考えつつ、碧は用意された服に目を移した。
速攻で、口から文句が飛び出す。

「ちょっと、マダム・チュウ+999! 正装じゃなくていいんでしょ。なんでこれ?」
ピンクの塊が置いていったのは、どう見てもタキシードだ。

あっという間に、カーテンの合わせ目から、ピンク色の風が入ってきた。

止まる。ピンク色のネズミになった。
バサバサのまつ毛に囲まれた瞳に、炎が宿っている。やる気で燃えているのだ。

マダム・チュウ+999は、厳かに言った。
「ほんとの正装だと、燕尾服(えんびふく)よ。着たい?」

ぶんぶんぶん
無言で首を横に振る碧だった。 

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