ダンジョンズA 〔3〕嘆きの湖 (なげきのみずうみ)

7.落下(らっか)(2)

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7.落下らっか(2)

実際(じっさい)には、そう(なが)くなかったのかもしれない。
だが、()どもたちは、(すで)一生分(いっしょうぶん)悲鳴(ひめい)()()くした気分(きぶん)だった。

ただし、(よう)(じょ)(がい)だ。最初(さいしょ)だけ、うおっと(うめ)いたものの、それでお(しま)いだ。

(はこ)は、(いま)、ゆっくりと降下(こうか)していた。
いつのまにか、室内(しつない)()かりも復活(ふっかつ)している。
だが、(そと)()(くら)だ。(なに)()えない。

『まもなく最下層(さいかそう)(とう)(ちゃく)します。安全(あんぜん)バーを解除(かいじょ)して、お()ちください』

「なんか……すごかったね」
(あかつき)も、溜息(ためいき)()じりに(つぶや)いた。
いきなりの絶叫(ぜっきょう)アトラクション状態(じょうたい)だった。
心臓(しんぞう)(しっ)(かん)があったら、絶対(ぜったい)()まってる。

(もも)は、(こえ)()ない様子(ようす)だ。無理(むり)もない。
遊園地(ゆうえんち)のコーヒーカップですら、(まわ)さない(やく)(そく)で、ようやく()ったくらいなのだから。

(もも)ちゃん、大丈夫(だいじょうぶ)? もう()わったよ」
(あかつき)が、じたばたと()(よじ)った。
クッション(しき)安全(あんぜん)バーで、(かべ)()()けられたままだ。
「えっと、これ、どうやって解除(かいじょ)するの?」

(あおい)(こころ)みようとして、ようやく()()いた。
視界(しかい)がぼやけて、よく()えない。
「あれ? (おれ)()(がね)は?」
「ここよ」

胸元(むなもと)から()こえた。
語尾(ごび)にハートマークが()いていそうな、オネエ(ごえ)だ。

じーっ
()ているパーカーのファスナーが、(ひら)いた。
内側(うちがわ)からだ。
ぴょこんと、眼鏡(めがね)両手(りょうて)(かか)えたマダム・チュウ(プラス)(スリー)(ナイ)()()()る。

「はい! ど・う・ぞ!」
「なんでそんなとこにいるんだよ!!!」
(あおい)は、()(さか)()てて()(かく)する(ねこ)さながらだ。

「あらん。()(がね)()()んじゃったら、(こま)るのは(あおい)でしょ。感謝(かんしゃ)して頂戴(ちょうだい)
悠然(ゆうぜん)たる態度(たいど)で、マダム・チュウ+999は、ひょいっと眼鏡(めがね)(あおい)()けた。

そのまま、ちょろちょろと(かた)()ってくる。ピンク(いろ)(からだ)が、びろんと(たて)()びた。
二足(にそく)()ちして、(かべ)()したのだ。

がっしょん がっしょん
(おと)()てて、安全(あんぜん)バーが(はず)れた。
字型(じがた)のクッションを、あっさりと()()げる。やはり怪力(かいりき)ネズミだ。

「……ありがと」
(あおい)は、眼鏡(めがね)位置(いち)()えながら、(ちい)さく()った。ちゃんとお(れい)()べる(あおい)である。
だが、(みみ)()()だ。

ああ。(いや)なものまで、くっきりと()える。
オネエネズミの満足(まんぞく)げな表情(ひょうじょう)とかが。

次々(つぎつぎ)に、マダム・チュウ+999は、安全(あんぜん)バーを解除(かいじょ)していった。
(れい)もそこそこに、(あかつき)(もも)(そば)()()った。
よほど(こわ)かったらしい。(ゆか)にへたりこんだ(もも)()には、(なみだ)(にじ)んでいた。
これが一般的(いっぱんてき)反応(はんのう)だろう。

(あに)(かた)は、けろりとしていた。
「ありがとう、マダム・チュウ+999」
笑顔(えがお)(れい)()べる。
どんなときでもジェントルマンだ。

これでも平気(へいき)なのかよ。
(よう)をよく()(あおい)ですら、ドン()きした。
(うし)()きで()ったまま(さん)回転(かいてん)するジェットコースターから()りた直後(ちょくご)に、タップダンスを(おど)れと()われても、できる(やつ)はいる。
それは、こいつだ。

(よう)は、すたすたと(ちか)づくと、(いもうと)()()げた。
ゆっくりと()すりながら、ぽんぽんと(かた)(たた)いてやる。
(もも)は、ぎゅっと()()じて(ふる)えていた。
そりゃそうだろう。「コーヒーカップ回転(かいてん)なし」からでは、いきなりハードルが(たか)すぎる。

(あおい)大丈夫(だいじょうぶ)かあ?」
(おれ)大丈夫(だいじょうぶ)だよ」
心配(しんぱい)して()(かこ)んだ面々(めんめん)にも、(こえ)をかける余裕(よゆう)がある兄貴(あにき)だ。

(あかつき)も、」
「うわあ!」
(よう)途中(とちゅう)(さえぎ)って、(あかつき)素早(すばや)(うご)いた。
壁際(かべぎわ)突進(とっしん)して()く。
「あいつは大丈夫(だいじょうぶ)だ」
(あおい)()わりに保証(ほしょう)した。

いきなり、視界(しかい)(ひら)けたのだ。まるでトンネルから()たように。
(しん)じられない光景(こうけい)だった。

ここは地下(ちか)(はず)だ。

眼下(がんか)(ひろ)がっていたのは、(みずうみ)だった。
()っているのが透明(とうめい)(はこ)だから、360()上空(じょうくう)から見渡(みわた)せる。
(ひろ)い。

地底(ちてい)()、か……」
(あおい)呆然(ぼうぜん)とつぶやいた。
(もも)()れるかあ?」
無理(むり)()まっている。(よう)()っこされた(もも)は、()をつむったまま、ふるふる(くび)()った。

『ここは、ガルニエ(きゅう)真下(ました)位置(いち)します。巨大(きょだい)岩石(がんせき)(した)(ひろ)がった(くう)(かん)です』

ぽっかりと()いた、広大(こうだい)(あな)だ。
その(そこ)に、(ゆた)かな(みず)(たた)えられている。

上部(じょうぶ)壁面(へきめん)から地下水(ちかすい)(なが)()み、現在(げんざい)姿(すがた)になりました』
(あお)い。(みず)(つく)()す、透明(とうめい)(あお)さだ。

「すっごいね! 綺麗(きれい)だね!」
(あかつき)()(かえ)った。(いきお)()んで()う。
いつのまにか、(かた)にマダム・チュウ+999が()っていた。
ちょいちょい、(あかつき)(かみ)()()って指摘(してき)する。
(あかつき)ったら、おでこが()()よん」

「あ……」
(あかつき)が、間抜(まぬ)けな(こえ)()げた。
(かべ)()()()ぎだ。
(みじか)(かみ)は、急落下(きゅうらっか)のせいで、ぴょんぴょん()()ねている。

(あおい)(よう)も、(おも)わず(わら)ってしまった。
文句(もんく)なしの()少女(しょうじょ)のくせに、(すこ)しも自覚(じかく)がない。自分(じぶん)まで(わら)っている。

ごごごごご……
さっきから、(ゆか)小刻(こきざ)みに振動(しんどう)していた。
(ごう)(おん)は、(した)から(つた)わってくる。
透明(とうめい)足元(あしもと)から、(しろ)水泡(すいほう)(いきお)いよく(うご)いているのが()えた。

「これって、(みず)?」
(あおい)()いかけた。
案内板(あんないばん)音声(おんせい)が、室内(しつない)(なが)れる。
『はい。(みずうみ)から()()がっています。現在(げんざい)、このエレベーターは、湖面(こめん)から()(のぼ)(みず)(はしら)()っかっている状態(じょうたい)です』

(そと)から()れたなら、絶景(ぜっけい)(いき)()んだことだろう。
湖面(こめん)から、にょっきり、(みず)巨木(きょぼく)()えていた。
その、ぶっとい(みき)()っけられて、透明(とうめい)(はこ)(こう)()していく。
やさしく、(あぶ)なくないように。(みず)巨木(きょぼく)は、徐々(じょじょ)(たけ)(みじか)くしているのだ。

「ね、()こうに(しま)があるよ」
(あかつき)が、(ゆび)さした。
本当(ほんとう)だ。()(えん)(かたち)をした小島(こじま)が、ぽつんと()かんでいる。
(いろ)()(しろ)だ。(あお)湖面(こめん)()えている。
なんて綺麗(きれい)なんだろう。

どんどん、湖面(こめん)(ちか)づいて()る。
それにつれて、水音(みずおと)一層(いっそう)(はげ)しく()こえ()した。
(たけ)(ひく)くなったぶん、(みず)(みき)(ふと)くなっているのだ。

ずざあああ……
やがて、(みず)(はしら)は、エレベーターの(はこ)(した)から(つつ)()(はじ)めた。
透明(とうめい)(かべ)にも、(みず)()()がってくる。
(またた)(あいだ)に、視界(しかい)がゼロになった。

ひんやりと湿(しめ)った空気(くうき)が、室内(しつない)()ちこめる。(みず)(にお)いがした。
(たき)(なか)にでも(ほう)()まれたみたいだ。

ざんっ!
(うえ)から一気(いっき)に、(みず)()いた。

ごとり
エレベーターは、(しず)かに()ろされた。

到着(とうちゃく)(いた)しました。(なげ)きの(みずうみ)です』

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