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9.万変扇(ばんぺんせん)

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9.万変扇ばんぺんせん

それからが、ちょっと大変だった。

「ええと、私の義理の娘、大仏(おさらぎ)真維(まい)ちゃん。って言っても、この前、離婚しちゃったんだけどねえ」
あははは
笑いながら明かす経歴ではない。

だが、紹介された少女も、おっとりした笑みを浮かべている。
肩で切りそろえた黒髪が、愛らしい容貌に似合っている。コーチとタイプは違うが、ぱっと人目を惹く子だ。

そこに、ダンス部トップクラスの美少女が割り込んで来た。
「大仏(おさらぎ)さんは、私のクラスメイトなんです」

あれ? そういえば、さっきまでいなかったわよね。
真維は、小声で尋ねた。
「どこ行ってたの?」
「避難してたの。ドアの外にいたわ。一日に二回も忘却の舞なんて、勘弁して」
青鬼のクラスメイトは、声を潜めて口早に答えた。

そして、笑顔で爆弾を投下した。
「入部希望だって言うので連れてきたんです」

きゃああああっ!
ずらりと取り囲んだ先輩方が、黄色い歓声を上げる。

「いいいいいえ、けけけけ見学を、その、ちょっと見てみたかっただけで、」
どもって否定する真維に、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

「ダンスの経験はあるんでしょ?」
「鬼多見(きたみ)コーチの娘さんですもの」
あ、ここでは旧姓を名乗ってるのね、ニーナママ。

「いいいえ、ダンスは全然」
どもりつつ、正直に答える。
ニーナママがダンスが得意ってことすら知らなかったもの。

「でも大丈夫、未経験者歓迎よ」
「大仏(おさらぎ)さんは、もうどこか部活に入っているの?」
「……いえ、それはまだでして」

ああ、これ正直に答えちゃいけなかったかも。
全員の目が、同時に光った。
逃がさない。同じ言葉が顔に書いてある。

「まあまあ。とりあえず今日は見学していったら?」
二奈が取りなして、ようやく人垣が解けた。
通常メニューをこなすべく、ウォーミングアップに戻っていく。

青木さんが、パイプ椅子を持ってきた。
体育館の隅っこに、見学席を設けてくれる。
「青木さ~ん」
恨みがましい顔で睨んでみても、無駄だった。
こいつは確信犯だ。

「ええ~。お願い、入部して。一緒にやりましょうよ」
うるうる見つめ返される。
美人がやると質(たち)が悪い。

「……とりあえず見学してから考えるわ」
ほだされる予感が、怒涛のように襲って来た。
まあ、体を動かすのは好きだけれど。

期待に満ちた眼差しでダメ押ししてから、青木さんは更衣室へと消えた。
全力ダッシュだ。一年坊主がこれ以上遅れるわけにはいかないのだろう。

「どうやら、あの青鬼さんに大層気に入られたようですなあ」
「……う~ん、なんでかしら?」
「ま、入部したらいいんじゃね?」
「そうねえ、ニーナママとも一緒にいられるし、ってあれ?」
誰と喋ってるの、私?

足元に置いた補助バッグからだ。
ちょこん
頭が、二つ覗いていた。
赤い小鬼だ。揃ってこっちを見上げている。

「っ!!!!」
真維は、叫ぶ一歩手前で声を無理やり呑み込んだ。
バッグに手を突っ込むと、小鬼の頭に体操着をひっ被せる。
目にも止まらぬ早業だ。

「あ~らら、優しいの」
「さすがは姫様だの」

白い布地の下から、くぐもった声が聞こえてきた。
やんちゃな感じのと、古武士(こぶし)みたいに重厚なのと。

パイプ椅子に行儀よく座ったまま、真維は補助バッグにそっと目を落とした。

被せられた体操着から、悪びれない顔が覗いている。
あまり隠れる気がないみたいだ。

一人は、さっき暴露扇(ばくろせん)を引っ張り出した悪戯(いたずら)小僧。
もう一人の顔は……見覚えがある。今朝、出がけに家で見た小鬼じゃないの。

「えっと、その『姫様』って何?」
こしょこしょと小声で尋ねてみた。
見つかったら、また大騒ぎになっちゃう。

答えたのは、古武士の方だった。
「二奈様は、我ら赤鬼族(あかおにぞく)の族長の娘であられる。義理の娘とはいえ、真維殿は我らにとっても姫様じゃ」

「まあ、そうだったの」
びっくりした。
ニーナママったら、赤鬼だっただけじゃなくて、族長の娘だったの。

ん? でも、ひっかかる。
青鬼の小鬼さん達も、私のことを「姫様」って言ってたわよね。
それはなんで?

考え込んでいたら、あっという間に部活が終了してしまった。
空気を読んで、パイプ椅子を自分で畳んで持って行くことにする。

「ありがとうございました」
「どうだった?! 入部する?!」
お辞儀と共にお礼を述べると、先輩方に詰め寄られた。
「はい」か「YES」しか許されなそうな雰囲気である。

引き攣った顔で言葉を濁していると、再び二奈が間に入ってくれた。

「まあ、大仏(おさらぎ)さんもいきなりじゃ決められないでしょう。後で私からも勧めてみるから」
苦笑を浮かべたコーチに諫められて、さすがの先輩方も引き下がった。
しぶしぶ帰り支度を始める。

「ああ、久喜(くき)部長、着替えた後ちょっと残ってもらえるかしら。あと木田(きだ)さんと荒貴(あらき)さんも。ちょっとお話があるから」
「はい!」
指名された三名の返事が、気持ちよく揃った。

さすが体育会系。
内心で感心している真維に、二奈が微笑みかける。
「真維ちゃんも残ってね。あなたにも聞いて欲しいのよ」

よく分からずに真維は頷いた。
未練がましい顔の青木さんを、笑顔で見送る。
一緒に帰る気だったのだろう。

他の部員達も、ぞろぞろと退出した。
あっという間に、体育館がガランとする。

三名のダンス部員は、直立してコーチを待っていた。
セーラー服なのに、両足の踵(かかと)を上げ、手を後ろで組んだポーズだ。
きつそうだが、そういう決まりらしい。

「ああ、いいのよ、楽にしてちょうだい」
「はい!」
気合の入った声が、再び揃う。

「むしろ、私からお願いがあるの」
二奈は、やおら手のひらで顔を覆った。

ぼむ!
白い煙が頭を包み込む。

赤鬼の顔が現れた。
「あなた方の角(つの)を、ちょっと貸してもらえないかしら」

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