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9.大階段(1)
色とりどりのドレス。
タキシードは、黒が主流だ。他の色も、ちらほらしている。
民族衣装も、各国揃い踏みだ。
男も女も、着飾っていた。
でも、誰一人として、顔は見えない。
大きなマスクが覆っているせいだ。
お馴染みのデザインだった。
右半分が白、左半分が青。赤い唇が笑う、ピエロの仮面だ。
見たこともない乗り物に、そのでかいマスクは付いていた。
アポロンの巫女が生み出した水流に、ぷかぷか浮かんでいる。要するに、浮舟だ。
平らな甲板に、ぼん、と柱が生えている。
それに掴まり、板の上に乗る。単純な構造のフロートである。
ただし、全て黄金色だ。装飾も、ゴージャス極まりない。
ぐりんぐりん
ハンドル棒の天辺にくっ付いたマスクは、絶え間なく動いていた。
棒の上部分が、自由自在に曲がる仕様になっているのだ。
乗客の顔を覆い隠す、仮面の役割を果たすために。
浮舟に乗っている者の大半は、柱を握りつつ、陽気に踊っている。
ちょっとしたポールダンスだ。
そして、歌っていた。
集え! 今宵の宴に
称えよ! 咲き誇る花を
「この人たちは?」
碧が尋ねる。
白鳥の頸が、うにょんと曲がった。
滑らかな動きだ。筋肉二郎は、首輪の鞍に乗った碧に答えた。
「皆、胡蝶だ。花束の宴では、大抵が人の形を取る」
すごい数だ。
見渡すと、思わず溜息が出てしまう。
フォーマルを着せられた意味が、よく分かった。
まるで、場違いなパーティー会場に放り込まれた気分だ。
本当に、ここは劇場のエントランスなのか?
どこかの宮殿とかじゃないのかな。
後ろに続く陽と桃も、スワンに乗りながら、びっくりした顔で辺りを見渡している。
吹き抜けには、色彩豊かな天井画が、びっしり飾られていた。
その合間から、重たげなシャンデリアが、いくつも下がっている。
あちこちに飾られた像、階段の欄干まで、全てがピカピカの金だ。
盗人が迷い込んだら、狂喜乱舞するだろう。
こんなに豪奢な空間だというのに、急ごしらえの川が縦横無尽に走っている。
「いいのかな? これ、ほんとに……」
思わず、また心配になる碧だった。
床上浸水どころじゃない。
もはや流れるプールだ。
浮舟が、何台も行き交う。
舞い踊る乗客は、どこかに運ばれていく途中なのか。
それとも、ただ、乗るのを楽しんでいるだけなのか。
どっちか分からないくらい、誰もがノリノリだ。
すれ違うとき、スワンズ一行に手を振ってくる者もいた。
仮面で顔は見えない。だが、全身から楽し気な雰囲気が滲み出ている。
三人とも、思わず手を振り返した。
でも、笑い返すでもない、中途半端な顔になってしまった。
それでも、反応があったことで、浮舟から歓声があがる。
また、歌声。
お祭り騒ぎだ。
周囲がヒートアップするにつれて、碧の気持ちは、どんどん沈んでいった。
ド・ジョーの言葉が、脳裏に蘇る。
悪いが、俺抜きで行ってくれ。
宴の宵は、体が三枚下ろしになりそうなくらい忙しくてな。
すまん。また落ち合おう。
安心しろ。俺も必ず力を貸すからな。
碧は、きゅっと唇を噛み締めた。
ド・ジョーは、きっと助けてくれる。
でも、とにかく自分達でやれることをやらなくちゃいけないんだ。
ほどなく、マッチョスワンズは、大きな階段の麓に着いた。
段数は多くないが、呆れるほど横幅が広い。
正面から見ると、ほとんど雛壇だ。
しかも、ゴージャスな大理石製である。
その形状も、舞台セットのようだった。
途中で、左右二股に分かれて上がっていく。
珍しい。Y字型の階段だ。
間違いようがない。これが「大階段」だ。
「案内板は? ド・ジョーが言ってたんだ。大階段で、どこのボックス席か聞けって」
碧は、辺りを見渡した。
案内板は、どこにあるんだろう?
それらしきものは、全く見当たらない。
マッチョ・スワンズのリーダーが、水の上を華麗にターンして、こっちを振り返った。
無駄に派手なアクションだ。
自分だけ鞍が空だから、体力が余っているらしい。
「ああ、そうだな。じゃあ、碧が乗るか?」
「は?」
答えになっていない。
筋肉一郎を補うのが、二郎の役割だ。
不審な顔をした碧に、落ち着いた声で促した。
「ひとまず、降りてみてくれ。すぐに来る」
「来る? 案内板が?」
碧は、鞍の上から見下ろしてみた。
巫女の帯は、分厚い水の反物だ。
あっちこっちに広げられている。
だが、床一面を覆いつくしてはいなかった。
ところどころに、空き地が残っている。
ちょうど、右下にもあった。
ここに降りれば、濡れないで済むな。
二郎は、頸を傾けて、碧が降りやすいよう手助けした。
自分の騎手は、頭は切れるが、運動神経は鈍めである。前回からの付き合いで、よく分かっていた。
「ありがと」
ちゃんと、お礼も言える子だ。
だが、眼鏡を掛けた顔に、笑みは無かった。
暁が心配なのだろう。
筋肉二郎は、柔らかい声を出した。
「ほら、来たぞ。あの案内板に乗ればいい」



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